尽八は自分のことをこう言う。
神はオレに三物を与えた、と。
登れる上にトークも切れる、さらにこの美形だったか、何度も聞くうちに覚えてしまった口上だ。
登れる…は、自転車をしていないので私にはよくわからないが(クライマーは他の人間とは違うんだと熱く語られた)とりあえず運動神経がいいのは確かだし、トークが切れるのは見て明らかだ。
美形は自称してるだけあってよくモテるが、見飽きるくらい見てきた顔なので世間一般の評価が私にはできないが、まあかっこいいんじゃないかとは思う。
イケメンで運動神経もよくて面白い、イコールモテる。納得だ。
では私は?
「名字さん、俺1年の頃からずっと好きだったんだ。数学の時に先生のわからない問題も解いて、それで…」
別にモテるわけじゃない。
それでも、告白はごく稀にされる。
こういうのって普通男友達からされるもんじゃないのかな、なんて思うけど、私に想いを伝えてくれるのは全てあまり知らない男子だった。
そもそも私には男友達が尽八と、学校で話すくらいだけど尽八の自転車部の同級生しかいないのでその中から告白されるかっていうとそんなのはまずない。
尽八にその話をすると「ワッハッハ名前もオレの幼馴染だからな!」と意味不明な供述回答をいただいた。
「で、返事を聞きたいんだけど」
「…あー、ごめん」
私誰とも付き合う気ないの。
そういうと男子は項垂れて肩を落とした。少し泣きそうにも見える。
「応えてあげらんなくて、ごめん」
「いや、…聞いてくれただけで嬉しいよ。名字さん、憧れだったから。」
だったらそれは恋心じゃなくて憧れなんじゃないのか?
流石にそんな告白してきてくれた人にグリグリと塩を塗るようなことは言えないがそう思ってしまった。
現に、告白してきた彼が去る時、非常に満足げだったからだ。
「…てことがあったんだけど、さ」
「それは名前のファンだろう?よかったじゃないか」
「話聞いてないな」
こういう時の相談相手はたいてい尽八だ。
私は誰かに告白されるたび、尽八に電話をしていた。この日もそうだった。
誰とも付き合う気がないと言ったけど、それはちょっとだけうそになる。
もちろん、私に告白してきてくれるような本当に知らない人と付き合う気にはならない。
でも、身近な男友達とか、そういう人からなら考えてもいいかな…というか。
彼氏がいらないわけでもないし誰でもいいわけでもない。
限定するわけでもないけど、お互いのことを見知った人と付き合ってみたい。
こういうのを恋に恋してるっていうのかな、憧れていた。
「尽八もファンの子から告白されても全然付き合わないでしょ」
「そりゃ、ファンだからな」
「じゃあさ、女友達に告白されたら付き合う?」
「誰かによる」
というと、いつも絡んでる女の子の中に割とタイプの子がいるってことか?
尽八がいつも連れている(というのも変な言い方だが)女の子を思い出してみる。
よくはしゃいでいるのはキラキラした明るい女の子だけど、たまにクラスの端にいるような子とも話している。
おとなしい子グループにも話しかけにいくし、所謂おたく系の子と話してるのも見たことがある。
よく考えたら尽八はクラスメイト全員と仲がいい。範囲が広すぎる。
「…どういう子となら付き合うの?」
「なんだ名前オレに興味があるのか?名前なら歓迎だ」
「いやそういうのいいから、どういう子なら付き合うの?」
「だから名前」
「いやそうじゃなくて!」
「そうじゃなくてと言われても、名前以外にそんな女子はおらん」
「えっ、」
動揺してケータイを取り落とした。
かすかに尽八の心配する声が聞こえる。
慌ててとりなおして耳に当てた。
「っ冗談でもそういうのやめなよ、ファンの子が泣くよ!」
「冗談じゃないぞ。まずオレの隣にいる女子はお前しかいないだろう」
「はぁ?!」
なにいってんのこいつ!
顔が熱くて、赤くなっているのが自分でもわかる。
電話でよかった。こんな顔、見せられたもんじゃない。
「どうした名前、動揺しすぎじゃないか」
「するに決まってるでしょ、だって」
「名前はオレ以外の男が横に立ってるのを考えたことはあるか?」
尽八以外の男?
考えたことがなかった。
たしかに彼氏に憧れはあったけど、そのとき尽八がどうなるのか。
当然彼氏優先になるからこんな話もできなくなるし、一緒にご飯も食べなくなる。
帰省も別々にするかもしれない。
…想像できない。
隣に尽八がいるのは私にとって当たり前で、尽八が隣にいないのを想像できないのもまた私にとって当たり前だった。
そしてそれは私にとって赤面するようなことじゃない。
尽八も当たり前のことを言ってて、私が動揺してるのもおかしかったのだ。
「か、かんがえらんないよ」
「そうだろう」
「うん……なんか一本取られた気分。むかつく。今から殴りに行っていい?」
「なにっ?!殴りには断るが、ジュースくらいはおごってやろう」
「ううん、私がおごる」
なんだろう、このスッキリした気持ち。
財布をひっつかんでパーカーを着てから男女共同の玄関ホールへ走った。
「明日は槍が降るな!」
「やっぱりおごるのやめる」
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