その日は朝からだるかった。
やっと終わったテストの疲れが出たのか、連日の雨で気温が極端に変わったからなのか、昨晩の夜更かしが響いたのか、私は風邪を引いていた。
38.2℃。普通に考えて休むべきだと思う。
それでもやっぱり今回のテストに全力を注いだ身としては、結果が早く欲しくてたまらない。
額の暖かさを無視して制服に袖を通した。顔が赤い気もするが、マスクをすれば大丈夫だろう。
「季節の変わり目みたいだし、ちょっと風邪ひいちゃって」とでも言えば友達はそこそこに心配して流してくれる。
問題はヤツだけど、まぁどうになる…と、思いたい。
風邪引いたの?という母の問いの返答を誤魔化して家を出た。バスの時間はギリギリかもしれない。


どうにか走ってバスに乗り込み、学校へ来た。
朝から猛ダッシュしたせいで怠さが増している気がする。
テスト返しは1時間目の古典と3時間目の世界史と5時間目の数学だ。
それ以外はテストのない授業か、昨日受けたばかりでまだ採点の終わってないであろう授業だ。
5時間目まで受けて、6時間目は保健室に篭ろう。
そう決めて体力を温存すべく机に突っ伏した。

…はずなのだが、あまりの騒がしさに眠れない。

キャー東堂くん!指差すやつやって!とかなんとか、女子のキンキン声が耳に響いた。
こちとら体調不良なのにと思ったが、そうはさすがに言えなかった。
騒音の原因である東堂は女子のリクエストに応えて指差してたり、キラキラと笑顔を振りまいている。
いつものことながらよくやるなと思った。

「おはよ、名前、どしたの?」
「あ、おはようユカリちゃん…」

隣の席のユカリちゃんが登校してきて、私と東堂の間に一つ壁ができた。
騒がしさは相変わらずだけれど、ユカリちゃんの存在のおかげでいくらがマシになったように感じる。なんてったってユカリちゃんは美少女だ。

「ていうかマスクしてる?珍しいね、風邪でも引いた?」

ユカリちゃんの言葉に、東堂がこちらを向いたのが分かった。
めんどくさい、こいつにだけは体調不良を知られたくない。

「ちょっとだけ、ね。そんな大袈裟なものじゃないんだけどさ」

「そっか、お大事に」と言ってくれるユカリちゃんの後ろでヤツはずんずん近づいてきた。
女子の壁を掻き分けて、眉をいつも以上に釣り上がらせている。
ユカリちゃんが東堂くんおはようなんていうのも無視して、東堂は私の腕を引っ掴んで無理やり立たせた。

「な、なにす」
「風邪を引いているのか?!」
「いや離し」
「何故来たんだ!安静にしてなきゃ駄目だろう」

左手で私の腕を掴んだまま東堂は右手で私の額に触れた。
ひんやりする。東堂の手は冷たかった。

「熱いぞ、熱があるだろう」
「な、ないってば」
「嘘だ、お前のことなどお見通しだ!」

額から手を離してビシッとまた指を差した。
もし私がファンの子だったら絶叫していただろう。こんな至近距離で。

「…いくぞ」
「ちょ、どこに」
「保健室にだ!」

左手の掴み方を変えて、腕を引くようにずるずると教室を連れ出された。
ほら、ファンの子なんて絶句してる。怖い顔だ。
でも何より怖かったのは東堂だった。こんな顔、普段見せないのに。

「心配をかけないでくれ」

誰よりも苦しそうな顔で私を連れて行く。
そんな私は、死刑囚にでもなった気分だった。





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