ある休日、私は少し足を伸ばして一人東京まで来ていた。
神奈川から東京。まぁまぁ距離はあるものの、電車があればなんてことはない。
一人でくるのは初めてだったけれど、なんとかなるものだ。
いつもは友人と来るのだが、今日はその友人の誕生日プレゼントを買うために来たので、一緒に行くわけにはいかない。
こういうのってサプライズが大事だと、私は勝手におもっている。

都会にはたくさんの人が居て、色んな人が居る。
見たことがないようなブランドの服や、背の高い外人さん。
緑にいろんな色が混ざった長髪の人とすれ違ったときは、都会って怖いと心底思った。
で、ここにも都会怖いと思う要因が一つ。

「ね、いいじゃんちょっとだけ」
「あの本当にやめてもらえませんか」
「なんでよ、ケチだなぁ。そこがまたカワイイけど」

ナンパ、である。
かわいい友達と二人で歩いていたら時々声をかけられるけど、その時は友達が慣れた感じであしらってくれるし、相手もすぐに引き下がる。
でも、今日の相手は私が慣れてないからなのかしつこくつきまとってきた。ここまで悪質なのは初めてだ。
やっぱり、女が一人で歩いていたら彼氏もいない寂しい子に見えてイケルと思われるんだろうか。
…いや、彼氏がいないのは事実なんだけど。
駅前で声をかけてきたお兄さん。金髪で、少し根元が黒くなっている。
顔は…私が言うのもなんですが、お世辞にもかっこいいとは言えない。
チャラチャラしたシルバーアクセサリをたくさんつけてる。
ゴツゴツした指輪を嵌めた手で肩を強く抱かれると、それが肩にめりこんで痛い。
何度振り払っても、男の人はついてくる。
周りの人は見て見ぬフリで、私があからさまに嫌がっていてもどうにかしようという人は一人も居なかった。
当たり前だ。面倒なことには関わらないのが吉。私だってそう思う。

それでもそろそろこの状況に嫌気がさしてきた。
適当に走って逃げたいけれど、今日に限って下ろしたての高いヒールの靴。
足が速いわけでもない私がコレで逃げてもムダというやつだ。
最初に彼氏いるの?って聞かれたとき、適当に答えておけばよかった、と心底後悔した。
ついていく気は勿論ないけれど、抵抗するのもバカらしくなって立ち止まる。
相手は何を勘違いしたのか、より体を近づけてきた。
メンズ用の香水の香りが鼻につく。
適量ならいい香りなのかもしれないけれど、こんなに近くで、しかも多量にふられたであろうそれは悪臭にしか感じない。
スネでも蹴ってやろうか。男の寄せられた体を手で押そうとしたとき、後ろから聞き覚えのある声がする。
振り返ると、クラスメイトの荒北くんがいた。

「あ…」
「やっぱ名字チャンだ。何してんの」

指定の制服の中にTシャツを着た荒北くんは、部活帰りのようだった。
いつもは自転車部の面々と一緒にいるから、一人で居るのは珍しい。
「ソイツ誰?」と隣の男に指を差す。
人に指差すのは失礼だよ、と言ってやる気はない。
ナンパしてきた人と言うのも憚られてもごもごしていると、隣の男が荒北くんに噛み付いた。
「オマエこそ誰だよ」金髪の男が言う。いや、お前が誰だよ。
荒北くんはめんどくさい、というのを隠そうともせずに、舌打ちをした。
巻き込んで申し訳ないという思いと、助けてくれという願いが交差する。
荒北くんは頭をガシガシ掻いてから私の腕を掴んで言った。

「コイツの彼氏」

そのまま腕を引っ張られて、男の腕から抜け出し荒北くんの胸に鼻をぶつけた。
制汗剤のにおいがする。男の香水のような悪臭じゃない。
彼氏いねえつっただろ!と声を荒げる男を無視して、荒北くんは私が元来た道を進んでいった。

気がつくと男に声をかけられた駅まで戻ってきていて、やっと逃げ出せたと安堵して息を吐く。
荒北くんはきょろきょろ辺りをみて、男が追ってこないことを確認してから手を離した。

「っオマエバカか!」

突然怒鳴られて、肩が震える。
まわりの人も何事だと一瞥するけれど、男女のケンカだと見るとすぐにスルーした。
あんな男にホイホイついていくなとか、一人でこんなところ歩くなとか、ちゃんと抵抗しろとか、そういうことをがみがみ怒鳴られる。
心配性のお母さんみたいだと思う。
荒北くんは眉を吊り上げて怒っているのに(いつもこんなかんじだけど)なぜかそれが少しうれしい。
同時に安心感があって、急にほっとしたからか、涙腺が緩んだ。
口角は上がるのに、目からは涙がボロボロこぼれてくる。あれ、なんか変だ。
私の顔を見ると荒北くんはギョッとして、ポケットに両手を入れた後すぐ出して、カバンを弄ってからタオルを取り出した。
それで私の顔を力加減無視でガシガシ拭く。正直擦れて痛かったけど、嫌じゃない。

「なに泣いてンだヨ!」
「ご、ごめん。なんか安心して」

助けてくれてありがとうと、今更ながらに言った。
荒北くんは照れくさそうに目線を逸らして小さく頷く。
ただのクラスメイトなのに、彼氏のフリまでしてくれて助けてくれた。
その思いが嬉しくて、胸がいっぱいになる。
怖いイメージがあったけど、優しい人だった。
箱根学園の最寄り駅までを送られながら、隣の席の暖かさに小さな恋の芽生えを予感した。


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