※ちょっと閲覧注意





「名字チャン」


漫画みたいに、音を立てて起き上がった。
体が妙に熱い。
夏の蒸し暑さというよりは、火照っている。
なんだか体がじんじんして、掛け布団に触れた指先の感度がいつもよりいい気がする。
伸ばした足を折り曲げて、パジャマ代わりのショートパンツの中に手を入れて、下着に触れる。

「…最悪だ」

誰も居ない自室で呟いた。
何がいけなかったんだろう。レンタルしてきた洋画にあったセックスシーンだと見た。
いや、昼間に新開くんが友達と生々しい話をしてたのを耳にいれてしまったからかもしれない。
それから、下校のときに見かけた、汗だくの荒北くん。

下腹部がずくんと疼く。なにやってるんだ私。
気持ち悪い。シャワーを浴びよう。
朝風呂はお母さんに嫌な顔をされるけど、構ってる場合じゃない。
この火照りをどうにかしなければ。こんな体で、学校になんていけない。



となりのクラスの荒北くんが好きだった。
それなりに仲のいいクラスメイトである新開くんに教科書を貸せと尋ねてきた荒北くんに、新開くんが持っていないからと私が貸したのが知り合ったキッカケだ。
それから何となく話すようになって、一方的に好きになった。
相手はチームメイトの友達、としか思ってないだろうし、私が彼を好きなんて思いもしないだろう。
さらに加えて、自分がそのチームメイトの友達のエロい夢に登場してるなんて。

シャワーで汗を流して、下着を替えた。
髪の毛を整えて、制服を着る。
お母さんが用意してくれたトーストを、お小言をBGMに食べた。
適当な時間に家を出る。
学校までは自転車で20分くらい。
遠くないこの距離を理由にハコガクを選んだといっても過言ではない。
朝風呂に入ったから、少し時間が押している。
いつも通りいっても遅刻はしない時間だけど、普段と同じ時間に着きたくて立ち漕ぎをした。
通学中に異常に速い自転車とすれ違う。特に疑問に思うことはなく、自転車部かと察する。
ヘルメットを被っている上に速くて顔は見えないし、なんとなく自転車の色がわかるだけだ。すれ違っただけじゃ誰かなんて分かるはずもない。
向こうからはこっちがわかるみたいだけど、結局声もかけられないんだし、意味はないと思う。

立ち漕ぎのお陰でいつも通りの時間に席に着くことができた。
今日は英単語の小テストがあったなと思い出して、小さな本型の単語帳を開く。
チラホラとクラスメイトが登校してきて、その流れに乗って自転車部の朝練を終えた新開くんが入ってきた。

「おはよ、名字さん」
「おはよう」

今日小テストか、と新開くんは横から単語帳を覗き込む。
どうせ勉強しないんでしょと言うとまあなと笑う。
小テストだからって手を抜きすぎるのは如何なものか。
彼は私の前の席に座ると、カバンからお菓子を出して食べ始めた。
食べるのはいいけど、ぽろぽろ零すのは勘弁してほしい。

英単語を覚えながら世間話をしていると、開きっぱなしのドアから誰かが入ってくる。
また誰か登校してきたんだろう。そう思って無視した私の予想は大きく外れた。
靖友、と目の前の赤毛が言う。
忘れたと思っていた朝の夢が鮮明に思い出される。
掠れた荒北くんの声。私の苗字を呼ぶ声。
一気に顔が熱くなるのを感じた。せっかくシャワーを浴びてきたのに。
荒北くんはこちらへ歩いてくると私の椅子の隣に立ち止まる。
「前かした数学の教科書返せ」「あーあれね」新開くんが座席から立ち上がって、ロッカーのほうへ歩いていく。
代わりに荒北くんがそこに座って、単語帳に逃げるように視線を落としていた私を見た。

「オハヨウ、名字チャン」
「お、おは」

「名字チャン」
何度も呼ばれたその響きを聞くだけで、一度ずつ体温が上がっている気がする。
目を回してしどろもどろになりながら荒北くんに返事をした。
いつもなら嬉しくて嬉しくて、笑顔でおはようなんて元気すぎるくらいで言うのに、今日はそれができそうにない。
今日だけはとっとと教室に戻ってほしかったし、新開くんにも帰ってきて欲しかった。
その願い叶わず、新開くんはロッカーでゴソゴソしている。人のものをなくすのはよくないし、早く戻ってきて欲しい。
いつもと余りに反応の違う私に異変を感じたのか、顔が赤いのがバレたのか、荒北くんが眉を潜めた。
熱でもあんの、と手が伸びる。
荒北くんの冷たい手が私の額に触れた。
つい体を仰け反らせる。椅子が床と擦れて音がなる。
露骨な反応に、荒北くんが怪訝そうな顔をした。
どうみても、嫌がってるようにしかみえない。そうじゃないけど、いや、でも今は。

「ごめ、あの、わたし」

あった!と新開くんが教科書を見つけて、それと同時に私は立ち上がった。
単語帳を机に投げて、振り向いて何があったんだという顔をする新開くんも無視して、廊下を走る。
チャイムを聞きながら、私は教室から一番遠いトイレに駆け込んだ。



131225




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