「ねえあんた。あたしシャーペンわすれたんだけど。」
転校して三日目。
隣の席の女にはじめて話し掛けられた。
じとーんとした濁った丸い瞳が俺の目をゴーグルごしにみている。
俺はゴーグルをしているから表情が読み取りにくいと源田に言われたことがあった。
だが、こいつはそれよりも読み取りにくいんじゃないだろうか。
口許はヘの字をゆるやかにしたカーブ。
白い手を頬について、片手を俺に向けている。シャーペンよこせ、と言っている。
こいつの席は、端から二番目。
一番端のやつは今日は休みだ。
だから俺に貸してくれと言うのも正論だが…。
「…なんで俺なんだ。」
「なに、だめなの?けち。」
まだ何も言ってないだろう。
そいつはじゃあ貸してよね、と身を乗り出して俺のペンケースから勝手にシャーペンを奪った。水族館へいった佐久間からもらったペンギンシャーペンだ。
「へえ、かわいいのあるんだ。」
「うるさい。土産だ。」
「へえ、彼女?いいねえ」
…。
お前はそれを彼女からの貰い物だと勘違いしてもなんとも思わずさらさら使ってしまうのか。
そいつは、シャーペンの蓋をはずして消しゴム使わない派?みたいなことを言っていた。
「じゃあ借りるよ。」
なんの悪びれもなくさらさらさらときれいな指でシャーペンを大学ノートに滑らせていく。
時々止まって確認したり。ああ、こいつ頭いいな。俺は直感した。
俺も再び板書をはじめた。
理科の教師が、動物の分類について話している。
脊椎動物には哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類がいて…、
ガリガリと黒板には表が現れた。
将来必要になるとは思えない情報だが、勉強するのは一年後の自分の為だ。
彼女を横目にみると、睡魔と戦っているのか、がくんがくんと首が揺れた。
目を時々擦って、再び集中するがまた、首ががくん。
その連鎖だ。
「…大丈夫か?」
「死んでないから平気」
いや、そうじゃない。
また首をがくん、と下ろして目を擦る。
「…。」
「…。」
…変な女だ。
「お前なにか部活入ってるのか?」
「んぁ、ぅえ…あたし?」
「そうだ。」
小さな声でテニス部、と呟いた。
白くて玉のようにみえた手にはかすかにマメが潰れていた。
「…。」
「な、なに?」
「……無理するな。」
…へ?とすっとんきょんな声をあげて俺をみた。
手をみれば分かる。さぞや練習で疲れてるんだろうな。
「大丈夫だけど、」
「眠たかったら寝ろ。ノートは貸すから。」
「は?」
おれ自身もなにを言っているのかよくわからなかった。
だけど、なんとなく、なんとなくだが、こいつを気にかけている。
「じゃあお言葉に甘えて。」
と、そいつは突っ伏した。
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