数学の小テストが帰ってきた。結果はまぁまぁってとこ。新しく習った分野で7割とれたら上等でしょ。B5サイズのそれはノートに貼ったり提出の必要がないので、こうして帰ってきた時点で用なしになる。だからわたしはときどき、この数学の小テストにらくがきをするのだ。裏面は真っ白だから、なんでもかける。絵でも文字でも、好きな人の名前でも。

ちらり、と隣の席の彼を見た。真面目そうに数学教師の話を聞いている。真面目そうに、じゃなく実際真面目なのだ、彼は。ぴんと伸びた背筋に白い制服がよく似合っている。そう、何を隠そうわたしは彼にゾッコンラブなのだ。メロメロだ。桜庭ファンの友達の付き添いと称して毎回試合を見に行くし、練習もこっそり眺めている。おまけに彼が学校の周りを走る時間に合わせて学校を出る。少しでもすれ違えたりしないかな、なんて考えて。

数学教師の話は最近生まれた第一子の話になっていた。この先生は雑談が多い。まだいいや、と先生の話に耳を向けずにわたしは小テストの裏の白い面に向き合った。隣の彼は未だに話を真面目に聞いている。

《進清十郎》

と、我ながら綺麗な字で書いた。その字を見るだけでドキンと胸が高鳴り顔が熱くなる。単純?仕方ない、恋する女の子はみんなそんなもんなのだ。いい名前だなあ。清く真面目で誠実な雰囲気が名前に表れている。進くんの名付け親の方はすごくよい感性の方なんだろう。心臓はドキドキ、顔はニヤニヤ。周りの生徒は先生の馬鹿話で笑っている。

そんな最中、ピュウと風が吹いた。開くだけ開いたノートがい1ページ捲れる。小テストの上に乗せていた手を退けて乱れた髪に手を当てた。それが悪かったのか、はらりと舞い上がる小テスト。まずい、と思ったときには進くんの足元にそれは落ちていて、声をかける間もなく進くんは薄っぺらいそれを拾い上げた。

「…あ、あの」
「これは名字のものか?」
「そう……です」

やってしまった。顔が一気に青ざめた。進くんとこんな風に話す機会なんて、滅多にないのに。事実こうして隣に席になってからでも片手で数えられるほどしか二人で話したことはない。それなのに、こんなチャンスがこれ!

「なぜ俺の名前が?」
「え、あ…その」

それはわたしが進くんのことを好きだからだよ!なんて言えるはずもない。そんなことが言えたら、隣の席になった時点で進くんに話しかけまくっている。それすらもできないチキンなのに。ダメだ、顔が赤くなってきた。答えずに視線ばかり泳がせるわたしの顔を進くんが覗き込む。その顔が少しあどけなく見えて、普段はきりりとした面持ちか緩んだようで、そんなのさらに赤面するしかないじゃないか。

「名字?」
「いや、その、し、進くんの…名前が、素敵な名前だな……なんて」
「名前?」
「そ、そう!さっき先生子供の名前の話してたから、その、進くんをよく表してる名前だなって…」

ダメだ。無理がありすぎる。先生が第一子の話をしている時に名前の由来も話していたのでそれを無理やりこじつけてみたものの、進くんは不信そうな顔をしている。そりゃそうですよね、泣きたくなってくる。

が、進くんはど天然なのかちょっと抜けてるのか、真面目すぎて本当にそう思ったのか、そうかと納得の声をあげた。もしかしてなんとかなった…のか?
恐る恐る進くんを見ると、わたしの小テストを返すでもなくしばらく見つめてから自分の机に置いてからなにかを書き始めた。字がきたない、とか言われるのかな?間違ってはないはずなんだけどな(なんてったって好きな人の名前!)、と思っていたが予想は大きく外れてしまった。返された小テストには17年間見続けてきた名前。

《名字名前》

と、《進清十郎》の下に記されていた。筆跡が明らかに上とは違う。わたしの丸まった文字じゃなくて、少し角張って筆圧の所為で少し濃い、これは紛れもない進くんの字だった。進くんの字がわたしの名前をなぞっている。それだけで、それだけなのに心臓が過去最高レベルの速度で打ち鳴らされている。人間の生涯の心拍数は決まっているらしいけれど、もしかして進くんはわたしを早死にさせたがっているのか?彼の文字はそう思わせる程の衝撃をわたしに与えていた。

「お前もそうだ」
「えっ…?」
「いい名だと思う。」

ばっちりわたしの目を見て進くんは言った。進くんがわたしの名前を褒めてくれた!名付け親は確かお父さんだ。一週間かけて考えたんだぞ、なんて言われてハイハイ、なんて流していたけれど。お父さん、あなたの一週間はこの瞬間の為にあったのですね!帰ったら肩でも揉んであげよう、あまりの感動に涙目になりながらも、ありがとうと俯いて囁いた。目なんてみれるはずがない。

「わ、わたし…その、進くんの名前…すごく好きだよ!」

名前だけじゃなくて進くん自身も大好きだけど!そんな思いが通じれば、なんてなぁ。

儚く淡く強く色濃い思いを込めて放った言葉は弾丸のように撃ち抜かれたのでした。

「ああ、俺もだ。」


恋心表れちゃってますか?!


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