「え、うそ」
「…もしかして知らなかった?」

進くんと付き合い始めてもう2ヶ月。ぎこちなく、他のカップルと比べるとあまりにもゆっくりすぎるくらいだけれど、私たちは健全に少しずつ距離を縮めていた。
お互いのこともまだあまり知らなくて、相手の家族の顔すらも見たことがない。部活で忙しい彼に時間を割いてなんて言えるわけもなくて、マトモなデートなんてしたことがない気がする。
学校の間と帰り道と、たまにアメフトの試合を見にいく。彼と私のつながりはそれくらいで、こんなのでカップルなんて呼べるのか?なんて言われてしまいそうだけれど、私はこれで我慢できていた。
なんてったって相手は高校最速のアメフト選手。関東中から注目されていて、毎日のトレーニングも怠らない、真面目な人。そんな肩書きに惚れたわけじゃないけれど、私には勿体無いくらいの人。たとえ短い時間だとしても側にいられるだけで幸せだった。
だからこそこういう行事ごとは大事にしていきたかったのに。お互いを知らなすぎた私が進くんの誕生日を知ったのは今日その日、当日のことで、当然、なにも準備はできていなかった。さっき桜庭くんに「プレゼント何かあげるの?」と聞かれて知ったのだ。むしろ、何も言われなければ知らずに今日を過ごしてしまったのかと思うと悲しい。
青褪めた私を見て、桜庭くんはあちゃー、と額を叩く。そうですよね、彼女失格ですよね…。
プレゼントだけなら、進くんの部活の間にこっそり買いにいけないこともないのだが、まず進くんの欲しいものが全くわからない。
食べ物も制限していると桜庭くんに聞いたし、趣味も走ったりすることくらいしかないんじゃない?と桜庭くんは言うし、何かを欲しそうにしているところも見たことない、と桜庭くんは教えてくれた。あれ?もしかして私、桜庭くんより知ってること少ないんじゃ…彼女なのに…。
二重にショックを受けながらも考えていたが、そう簡単にいいものが見つかるはずもない。
進くんは何も欲しがらないというか、欲しいものは自分で手に入れるタイプだから、何をあげたらいいのか…全く検討もつかないのだ。
ランニングの道具にしても使いやすいのがあるかもしれないし、だったらトレーニング用のサポート機器とかどうだろう?と思ったが、重度の機械クラッシャーの彼ならそんなもの一瞬でゴミに変えてしまうだろう。
念のため先輩にも相談に行ったが、収穫はナシ。大田原先輩はアテにならないし、高見先輩には「リボンでも巻いて私がプレゼント!なんてどう?」なんて言われたけど、スルーだスルー。私は真剣に悩んでいるのに。
昼休みまではそう考えていたが、最後の授業が終わって、さすがにそれも視野にいれなければ…と考えるほど状況は深刻になってきた。
でもそんなもので進くんが喜ぶか?といわれたら…うーん、ないな。
もらって嬉しいものをプレゼントしなきゃいけないのに。本末転倒だ。
そうこう考えて教室で唸っているうちに、時計は7時前を刺していた。
まずい!と鞄を持って教室を出る。完全下校時間が7時だから、今頃アメフト部は部室を出る準備をしているだろう。特に進くんと待ち合わせをしているわけでもなく、私が待っていた(というよりは、ただ考え込んでいた)だけなので、運が悪ければとっくに帰っているかもしれない。
うるさい先生がいないのをいい事に廊下を猛ダッシュする。恐らく私が出せる一番のハイスピードだ。今なら進くんも抜かせる気がした。…いや、さすがに無理か…。
階段を転げ落ちるように降りて行く。無駄に白く綺麗でつるっとした階段は急いでいる生徒には優しくない滑りやすい素材でできていた。踊り場を回って、1階に繋がる階段に差し掛かったところで転げ落ちるように降りていた私は本当に足を滑らせて、転げ落ちてしまう。

「うわっ…っ〜〜〜!」

声にならない悲鳴をあげて、12段をずささっと転がり落ちた。頭をぶつける!と痛みを覚悟したが、それはなかなかこず、知らない間に体は止まっていた。

「うぅ…」
「…何をしている」

聞き慣れた低い声が、私の鼓膜を震わせた。普段の落ち着いた声とは違って、すこし、リズムのある調子の違う声色。
勢いのあまり閉じてしまったまぶたをあけると、至近距離に進くんの顔がある。なんで?と疑問を持つ前に体制を理解して、叫んだ。
進くんがしゃがんだまま私を抱えていて、お姫様だっこのような状態になっている。付き合ってまだ2ヶ月の私にはとにかく刺激が激しい。
進くんは驚いて、それから暴れるなと手で口を塞いだ。進くんの大きな手が、私の唇に当たっている。口付けた事もないそこに手が当たっている。顔が真っ赤になって、それから青くなった。さ、酸素が…。
ぽんぽんと手を叩くとようやく話してくれて、私は肺いっぱいに空気を吸い込んだ。ぜえぜえと喉が鳴る。私が落ち着いた頃を見計らってから、進くんは大丈夫かと声をかけた。

「へ、平気…っていうかなんでここに…」
「お前の声が聞こえて、つい走ってきてしまった。」

ついってなに!お前の声が聞こえて、ということは、さっきの声にならない悲鳴がどうやら進くんの耳に届いていたらしかった。おかげで助かったのだけれど、よく届いたなと思う。そう言うと、お前の声ならどこからでも聞こえるとくさすぎる科白がかえってきた。

「な、なんでそんな恥ずかしいこと言えるの…」
「…?恥ずかしいこと?」
「ごめん、なんでもない」

とりあえず降ろしてもらおう、とさっきしたのと同じように今度は私の身体を固定している手をぽんぽんと叩くが、それは離れなかった。むしろ、より強く締めている気がする。
降ろして、と口にするより先に進くんは私の言葉を遮るように口を開いた。

「今日は、なんの日が知っているか。」

ギクリ、とした。こんな時間まで残っていたのは、それが原因だからだ。
まさか、この話を進くんから切り出されるとは思わなかった。そういうのに興味がなさそうなタイプだったし、何かを催促するような人ではないと思ったから。
でももしかしたら、興味はないけれど恋人である私が全くの無干渉だから一応言ってみたのかもしれない。
反応に困ったが、とりあえず素直に祝いの言葉を告げることにした。何かを催促されるなら、いっそその方がありがたい。なんてったってこんな時間になるまで考えていても何も浮かばななったのだから。

「誕生日おめでとう、進くん…」
「ああ、だから俺からお前に頼みがある。」

叶えてくれないだろうか、といつもより幾分か真面目そうな顔で進くんは言った。
どうぞどうぞ、持ち合わせは全然ないけど、その範囲で収まるならいくらでも…。
しかし、彼の頼みは予想を大きく裏切った。

「…なまえを、呼んで欲しい。」

意外だった。そして、もの凄くときめいた。
というより好きな人に抱きかかえられて名前を呼んでくれなんて言われてときめかない人がいるのか?いや、いない。私の心臓は爆発寸前だ。距離が近いから、聞こえてしまうかもしれない。

「…せ、せいじゅうろう…。」

頬に熱が集まるのを感じながら私は少し目をそらして言った。心の中では何度も呼んだことのある、でも口には決して出せなかった名前だった。
進くん…清十郎くんは表情を変えずに私を見る。それがまた恥ずかしさを煽った。誕生日プレゼント用意できなかったのに、清十郎くんのこと何も知らないのに、私彼女でいいのかな、そんな不安が頭の中を駆け回る。
清十郎くんは抱えた私の姿勢を変えさせて、ぎゅっと抱きしめた。

「っ…?!」
「嫌なら抵抗してくれて構わない。…ただ、ずっとこうしてみたかった。」

抱きしめられているから、顔は見えない。私の顔ばかりが赤くなってるんじゃ、と少し視線を横にずらすと、そこに真っ赤な清十郎くんの耳があった。直に伝わる鼓動がうるさい、少しずれて、二つ分感じる。私のと、清十郎くんのだ。清十郎くんの硬くて筋肉のついた身体に腕を回す。しゃがんだまま抱きしめるのは体制的にはきつかったけれど、それでも幸せだった。

「お誕生日、おめでとう」





***

「ごめんね清十郎くん。私、誕生日知らなくて。」
「そうだろうと思った。」
「うっ…ごめんなさい。」
「構わない。教えていなかったからな。」

帰り道、二人で肩を並べて歩いた。手はまだ繋げないけれど、今はこれで十分。
実は、桜庭くんが誕生日を教えてきたのは清十郎くんの差し金だったらしい。つまり、私が誕生日プレゼントを用意していなかったのも知っていたということだ。それでこんなことをするなんて、もしかして意外と策士、なのかもしれない。

「そういう清十郎くんは、私の誕生日知ってるの?」
「当たり前だ。誕生日も血液型も好きな食べ物も、知っている。」
「…ずるい。」
「ならこれから、俺のも教えてやる。」

少しだけ緩んだ表情にときめきながら、私たちは夜道にまた一歩あゆみを進めた。



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