目の前に積み上がるティッシュの山は別に変な意味じゃない。ただ何度拭っても溢れてくる涙と何度かんでも垂れてくる鼻水の副産物というやつだ。
時間は既に5時を回り、一般生徒は殆ど校内に残ってない。つまりこの教室もカラだ。恐らく残っているのは生徒会と練習熱心な運動部とわたしくらいだろう。
どうして一般生徒であるわたしがこんな時間まで一人で教室で啜り泣いているのかと言うと、まあ平たい話フられたのである。半年前に告白された彼氏…いや、今では元カレに「他に好きな女ができた」とフられてしまったのだ。最初はわたしを振り向かせようと必死だった彼も、わたしが彼のことを大好きになった途端離れて行ってしまった。皮肉なものである。恐らく彼はわたしのことなんて好きでもなんでもなかったんだろう。男の子にあんまり興味のないわたしを惚れさせるまでの過程と、わたしを惚れさせた彼自身が好きだったんだと思う。ナルシストな男だ、と鼻をかみながら考えた。

「あのくそ男、性悪、ナルシストめ」

さっきまで大好きだった彼をこんな風に言えてしまうわたしも大概性悪くそ女だと思う。いや、きっとなんだかんだでわたしも別に彼のことは好きではなかったのかもしれない。きっと恋に恋していたんだ。わたしのことが好きな彼に惚れて、大好きな彼氏がいるわたし自身が好きだったのだ。似たもの同士じゃないか、お似合いじゃないか。また涙と嗚咽が込み上げてきて、わたしは声をあげて泣いた。それを見ている人がいるなんて気付かずに。

「あー……入っていいか?」

驚きのあまり肩が揺れた。机と椅子がぶつかり合う音がして、3cm椅子の場所がズレた。声がしたのは教室の後ろドアで、そこに立っていたのは元カレよりも背の高いクラスメイト、山本くんだった。

「ややややややややまもとくん」
「ははっどもりすぎな!」

見られた。見られてしまった。わたしの頭の中は焦りでいっぱいだった。さっきの嗚咽も聞かれてしまったし、机の上の山のようなティッシュもバッチリ見られている。確実にコイツ教室で泣いてやがる、と思われた。あわあわと目を回している間に、山本くんは一歩また一歩とわたしとの距離を縮め、気がついたら目の前に居る。心の中が読めないような笑顔で、彼は座ったままのわたしを見下ろした。

「や、やまともとくん…部活は?」
「今日は生徒会に5時までって言われてんだ」
「へ、へえ…なんで…ここに?」
「明日数学のプリント提出だろ?忘れちまってな」

はははといつも通りに笑う山本くんはわたしの目元が赤いこととか机の上のティッシュには全く触れようとしない。寧ろプリント忘れるなんて山本くんらしいな、なんてわたしも少し穏やかな気持ちになった。山本くんはわたしの二つ後ろの席だ。自分の机をガサゴソと弄るとグシャグシャになった数学のプリントが出てきて小さく笑ってしまった。プリント管理苦手なんだよなと声を漏らす山本くんがなんだか可愛くて、目元を腫らしたまま笑った。山本くんはわたしを見て言った。「んで、なんで泣いてたんだよ?」このタイミングで言うか、KYめと心底思った。

「え、なんでって、その」
「いや、ホントは気にしない方がいいのかなって思ったんだけど、やっぱり気になってな。」

ほっとけねーっつーか、と頭をガシガシ掻く山本くんはきっとすごくいい人なんだろう。対して仲良くもないわたしのことを心配してくれるなんて。でも今はその心配が胸に痛いよ。苦笑いで誤魔化そうとするも、元カレの名前を出されて硬直した。わたしもわたしで素直過ぎると思う。明らかに動揺し過ぎだった。やっぱりなと山本くんは口角を上げた。恐らくお察しの通りだったんだろう。わたしが元カレにフられてしまったこと。

「少し前からな、気になってて。アイツサッカー部だろ?たまにグラウンドで見るんだけど、1年のマネージャーの女の子に異様にベタベタしててさ。」
「き、気づいてたの」
「まあな、運動部内では結構な噂だったけど、まさかって。」

そんなに分かり易かったんだ。気づかなかったわたしは一体何だったんだろう。彼氏のことなのに、なにも見えていなかった。マネージャーの女の子か。きっと渾身にマネージメントしてくれているんだろうな。ポニーテールの爽やかなあの子を思い出してまた目頭が熱くなった。山本くんの前だというのに堪らなくなって、顔を手で覆って泣き出した。目の前に差し出されたティッシュに気づいて、遠慮なくそれを使った。山本くんはわたしが再び泣き止むまで、なにも言わずにそこに立っていてくれた。




「落ち着いたか?」
「うん…ごめん」
「いや、俺も悪かったのな。追い詰めるようなことして。」

父が娘にするように、優しく頭を撫でられた。山本くんの優しさが身に染みてまた目頭が熱くなる。今度は堪えて、ありがとうと掠れた声で言った。聞こえるかどうか不安な音量だったけれど、小さな返事を返してくれたところからきっと彼の耳には届いたのだろう。

「山本くんって、やっぱり優しいね」
「買いかぶりすぎだって」
「そんなことないよ、今だって。山本くんが慰めてくれなかったらずっと泣いてたから。」
「…そんな風に言われると困るな」

え?と顔をあげて聞き返すと、そこにいつもの山本くんはいなかった。どこか苦しそうな表情で、眉間にシワを寄せている。口元は笑っていたけれど、表情は決して笑っていなかった。どうしたの?と口を開く前に肩に手を置かれて抱きしめられた。背の高い山本くんが立ったままで、わたしが座ったままだから山本くんはほとんど腰を折るような状態で、わたしは縋られるように抱かれていた。

「俺、別に優しいヤツでもいいヤツでもないぜ。弱みに漬け込んでこういうことしちゃうヤツだから。」
「や、やまもとくん?」
「別に誰にでもこうやって慰めるわけじゃないって、そこで泣いてたのが」

お前だったから。耳元で囁かれて体温が一気に上がった。どうしたの山本くん、様子がおかしいよ。行き場のない手はとりあえず山本くんのシャツを掴んだ。これって、もしかして抱き合ってる様に見えるのかな。今はわたしたち以外無人だけれど、明日の朝になれば30人ちょっとで溢れるんだと思うと胸が切なくなった。さっきまでフられて泣いていたのに、今では別の男に抱きしめられている。なんて性悪な女なんだ。フられて悲しんでいるところに漬け込む山本くんだって性悪だ。優しいふりして、こんなことして。とんでもない男だった。でもそんな彼に心が揺らいでいるのも事実で、泣きそうな声で「俺にしねえか」なんて囁かれては天秤の意味もなくなってしまうのだ。





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