「ねえ恭弥さん、お願いがあるんですけど」「断る」「えっ?!」

恭弥さんは手元の資料から視線ひとつ動かすこともせずに、私の言葉を遮る。
まだ何も言っていないのに…。すこしムッとした私は恭弥さんのデスクにわざとブーツの音を立てて近づいた。
いつも通り黒いスーツに身を纏った恭弥さんはその音を聞いてすこしこちらに視線を寄越すが、またすぐに活字と向き合ってしまう。いかにも私に興味がないというように。

「聞くだけでも聞いてくださいよ、断ってもいいから。よくないけど。」
「ヤだよ。君はワガママだからね。願いが聞き入れないとすぐに拗ねる。だから最初から聞かないことにしたんだ。」
「そんな冷たい」
「実際そうだろう。もっと大人になりなよ。それに、またどうせどうでもいいような頼みなんだろ?」

ちら、と睨むように見つめられてうっと押し黙った。
図星だったからだ。私かワガママなのも、言い出したら聞かない性格なのも、いまの願いがすごく恭弥さんにとったらどうでもいいようなことであることも。
だが仕方ないか、とここで諦める私ではない。
なんせ『あの』恭弥さんに認められたほどのワガママなのだ。褒められたことじゃないのはわかってる。
彼がこうも私の頼みを鬱陶しがり、頑なに聞こうともしないのは、私が今まで幾千にも及ぶワガママをこの手で押し通して来たからに他ならない。
その時の恭弥さんといえば他に見ることのできないような表情で、全身に諦めの色を出しているのだ。こんな状態の恭弥さんを見ることができるのは私と、同席する哲さんくらいのようなものである。私は確かにワガママで強情だが、その頼みを聞き入れさせるのは勿論のこと、その表情を見るのも大好きだった。

「私、お寿司食べたいんです。」
「却下」
「ええー!!」
「君のことだからどうせ本場のお寿司がいいって言うんだろ、ヨーロッパのは違うって」
「あったりまえじゃないですか、恭弥さんもわかってるでしょ。」
「だから却下。そんなもの用意するほど暇じゃない。それにイタリアでそんなに生魚が揃うと思ったの」
「うう」

地中海はあるけど、私が食べたいのはやっぱり日本のお魚だ。
武くんのおうちはお寿司屋さんだけど、ここまで持ってくるような暇は、それこそないのだ。
ヨーロッパにもアジア人が出している寿司屋はあることにはあるのだが、やっぱりすこし味が違ってしまうわけで。
日本が恋しいよ、と項垂れると恭弥さんは小さくため息をついた。

「…それよりその書類なに?まさか寿司が食べたいってだけでわざわざ来たんじゃないんでしょ」
「あっ、忘れてました」

手の中でしわになってしまった書類を広げて渡すと、恭弥さんは目に見えて不機嫌になった。
なにこれ?とわかってるはずなのに聞く恭弥さんに、わざと大きな声で「ボス勅令の司令です」と胸を張って言ってるみる。

「…なんで君がこんなの受けてるの。君への任務は僕を通してからのはずなんだけど。」
「だって恭弥さんショボい任務しかくれないじゃないですか!私だってたまには外国に飛んで何日かかけてってしてみたいんですって!」
「場所フランスって…それ君が行きたいだけでしょ」
「えへへ…」
「えへへじゃない。却下。君にはいつも通りイタリア内ですぐに終わるようなのしかさせないよ。」
「ええ…」

そんな横暴な!部下のやる気を削ぐなんて!
抗議しても聞く耳を持たない恭弥さんは本日何度目かになるため息をまたついた。
私といるときはいつもこうだ。哲さんだって苦笑いを浮かべる。
でも恭弥さんが本気で嫌がってないというのを知っているから、私はこうしてワガママが言えるのだ。
これは学生時代からの慣れ、ってやつ。

「…なんでそんなに長期任務に行きたがるの。」
「だって楽しそうだし。っていうか、恭弥さんが渡す任務が私の実力に見あってないの恭弥さんならわかってるでしょ!役不足って言うんですよこういうの。ていうかなんで恭弥さん私にAランク以上の任務させてくれないんですか?!」
「危ないからに決まってるだろ。君はすぐに調子に乗るからAランクの任務を与えたところで最後に擦り傷を作ってくるに決まってる。」
「擦り傷くらい…」
「僕が嫌なの。君が怪我するところを見たくない。だから却下。」

顔に熱が集まる。耳まで赤くなったのを自覚して恥ずかしくなって俯いた。
だってそんなの、恭弥さんが私のことだいじって言ってるみたいじゃないですか!
そんなこと言われてしまったら、反論なんてできるわけない…。
なんてことはなかった。

「そ、そのお気持ちは…嬉しいですけど、でもやっぱり、いきたい…です。」

最後の「です」はほとんど聞こえないくらいの音量になったが、恭弥さんはしっかり拾ったらしい。
すこし書類とにらめっこしたあと、また私を睨んで言った。

「ねえ、これ最短でどれくらいかかるの?」
「え、えっと…1週間くらいってボスが」

突然書類と向き合い始めた恭弥さんに胸が鳴った。
もしかして、任務に行かせてもらえるのだろうか。
わくわくしながら次の言葉を待っていると、とんでもない言葉が飛んできた。

「そう。じゃあこれ5日で終わらせてきてくれる?6日目の夜までにここについてたら、ご褒美をあげるから。」
「えっ?!」
「できないの?」
「で、でき…ます…。」

初の長期任務でこんなことを言い渡されるとは。
すこし不安も覚えつつ、許可されたことに胸が踊っていた。

「じゃあもういいよ。」
「は、ハイ…。失礼しました。」

駆け足で恭弥さんの執務室を出る。
ドアのところで哲さんとすれ違ってやけに早足な私になんだこいつ、みたいな目をしながら入れ違いに執務室へ入っていった。
はやく部屋に戻ろう。武器の準備と、フランスのお土産も考えなきゃ。時間はない。





「…恭さん」
「ああ哲。ねえ、山本武の実家に寿司を注文しておいてほしいんだけど。6日後の夜に届くようにね。」




130327






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