久々の来客。開いたドアの向こう側からやってきた人間を見て、霊幻は目を見開いた。
数年振りに見る彼女の容姿は思ったより変化がない。髪は伸びたが背はかわらないし、年の割には幼い顔もそのままだ。ただ、雰囲気は変わったなと実感する。「自称」・霊能力者だが、人を客観的に見る目だけは本物だと霊幻は自負していた。

「…久しぶりだな」
「ここの相談所は初めて来たお客様に久しぶりなんて言葉をかけるの?」

開口一番の挑発的な科白。雰囲気は変わっても中身はあの頃と変わらない。どこか心の奥で安堵して、態度を変えないまままあ座れと促した。女はむっとした顔のまま、黒いソファに腰掛ける。

「ここは霊とか相談所、何かお悩みですか?」

あえて客に接するのと同じような口振りと笑顔を作る。女は顔をあからさまに顰め、形のいい眉を歪ませていた。
昔から霊幻は彼女のこういう顔が好きだった。学生時代から変わらない。久々に見たその表情に身体の芯がぞくぞくと震えるのを感じる。女は口を開いた。

「…その、最近、変な夢を見るんです。」
「ほう、それはどういった?」
「男が出てくるんです。高校時代の恋人なんですけど」

普段こういうことを言う客には適当なことを言って『除霊』をして(必要とあらばモブを呼んで)返すのだが、今回ばかりは別だった。彼女の言う男とは霊幻自身のことだったからだ。高校時代に自分以外の男と付き合っているという話は聞かなかったから、おそらく間違いない。上がる口角を引き締めて、それはお気の毒と演技がかった科白を吐く。

「失礼ですが、その彼とはどの様に?」
「高校の先輩後輩で、彼に告白されたんです。」
「では別れは?」
「私の受験です。彼が大学に進学して私が三年生になった時、母が別れろと迫るので、仕方なく。」

そういえばそうだった。遥昔のことをいま鮮明に思い出す。高校時代の最寄り駅でもう一緒にいられないと告げられた日のこと。あの時はヤケになってなれない酒に手を伸ばしたなと自分の幼さを痛感した。

「…どうして今頃になって彼の夢を見るのかと」
「何か心当たりは?」
「わかりません。ただ…もうすぐ、自分が結婚するので。」
「それは…、おめでとう。」

自然に、言葉が出た。取り繕った様な接客の言葉じゃなく、霊幻自身の言葉だった。
きっと彼女は自分の都合で別れてしまったことにずっと後悔をしていたのだろう。恋心自体なくなって、別の恋人が出来たとしてもどこかでひっかかっていたのかもしれない。そこに結婚という転機が訪れて、彼女も潜在的に後悔を切り捨てなくてはと思い夢を見た。それが霊幻の推理だった。本当は少し怯えていたのだ。彼女がここに来た時、まだ自分のことを好いているのではないかと。僅かな心配と期待だった。それがいま拭われて、霊幻は心が軽くなった様に感じた。おめでとう。そう言われた彼女は自然に表情を緩めた。霊幻が好きだったあの表情はもう二度と見られないかもしれない。いや、俺以外に見せてやるものかと心の何処かで思った。旦那にはあのカオは勿体無いな。お前はそうやって笑っていればいい。

「…ありがとう。」
「幸せになれよ。」
「うん。新隆も、早くいい人見つけてね。」

最後ににっこり笑って、彼女は事務所を出た。
ドアが閉まる音がしてから、霊幻は数年振りに涙を流した。






サヨナラの代わりに






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