「…スカートが短いね」

会って第一声がそれかと。






「もー、アカネちゃーん!」
「はいはい、泣きなや」
「泣いてないもん…」

コガネジムの控え室。
ピンクの小物が並ぶその部屋はアカネちゃんのお城。
私はいまそこで、アカネちゃんにすがりついていた。

「せやかて、それは酷いよなあ」
「だよねえ…似合ってなかったかなあ…」
「んなことあらへん!それだけはうちが保証したる!ハヤトも似合うとる言うとったし!」

原因は今お付き合いさせていただいている、ワタルさんのこと。
ワタルさんはセキエイの現チャンピオンで、ものすごく強い人。そして大人だ。
私はそんなワタルさんに追いつきたくて、アカネちゃんに相談して大人っぽく見える洋服を用意してデートに行ったのだけど、それがワタルさんには不評だったのだ。
楽しみにしていたデートもその言葉が頭の中をぐるぐる回ってなかなか手放しに楽しむことができなかった。
私の何がだめだったんだろう。
そんなことを考えてしまい落ち込んだ顔を見せて、ワタルさんに心配をかけてしまった。
あなたのせいです、なんて言うわけにもいかなくて、その場は笑って濁したけれど…。
現に今、アカネちゃんに泣きつくほど傷ついている。

「スカート短いのがあかんて、ワタルさんはなんや?おっぱい派なんか?」
「私アカネちゃんほど胸ないよ…」
「大丈夫!一緒に豊胸マッサージしよ!そしたらワタルさんもイチコロやわ!」

夏やし、ワタルさん悩殺するような水着とか買いにいこ!な?アサギの海とか行ったらええねん!
アカネちゃんは私をあやすようにして慰めてくれた。
アカネちゃんの胸にぱふ、と顔を埋めると苦しくて、世の男性はこういうのに憧れてるのかな…と的外れなことを考える。
私もアカネちゃんくらい胸があったら、ワタルさんに褒めてもらえたのかな。
ううう、大人の女性って難しい…。




再びデートの日。
前の意見を生かして今度はいつもの丈のスカートだけど、すこしだけ胸の開いた服を選んでみた。
でもそんなに胸が大きいわけじゃないので、すこし…みっとも無いかも、しれない。
アカネちゃんと、その場に偶然居合わせたハヤトくんはいいんじゃないかと言ってくれたけど、こういうのは胸の大きな人が着て似合うものなのだ。あまり自信はない。
そうだなぁ、例えば四天王のカリンさんとか…――
そうこう考えているうちに、ワタルさんが向こうからやってきた。

「あ、ワタルさん」
「待たせたね…って、…。」

ワタルさんの顔がみるみるうちに曇っていく。
ああ、やっぱりダメだったんだ。こんなときくらい鈍くなれたらいいのになぁ。
イヤでも察してしまって、顔が歪んだ。
それを隠すように俯くと、身の丈に合わないような高いヒールのサンダルが目に映った。
何やってるんだろう、私。

「…名前?」
「…。」

ワタルさんが心配そうに私の名前を呼んでいる。
やっぱり私じゃだめなんだ。
それが身に染みて分かる。
がんばって大人っぽくなろうと思っても、ワタルさんからしたら子供が無駄なことをしているだけなんだろうなあ。
はやく大人になりたい。カリンさんみたいな大人っぽいひとになりたい。
じわり、と視界が滲む。

「…名前、泣いてるのか」
「っ、ないてま…せんっ!」

声が震える。
俯いてるからワタルさんの顔が見えない。
前よりは長いスカートの裾をぎゅっと掴む手を優しく取られ、腕をひかれた。




「ここなら誰も見えないから。」

そういって連れてこられたのは落ち着いた雰囲気の喫茶店の一番奥の席だった。
居心地のいい喫茶店だけれど、どこか大人っぽくて、ワタルさんらしいと感じる。
同時に、私が来るところじゃないなと思った。
お待たせしました、とウエイトレスさんが何時の間にかワタルさんが頼んだアイスコーヒーとアイスココアを持ってきてくれた。
…ココアなんて、また子供扱い。
それがなんだか悔しくて、ワタルさん用に用意されたであろうコーヒーの方をすばやく手にとった。
ワタルさんは目を見開いて驚いている。そりゃあそうだ。
だって、すこし前までワタルさんのブラックコーヒーを少し飲んでは苦い苦いと顔を歪めていたんだもの。
そんな私を見て名前は子供だな、なんて笑うワタルさんの笑顔が大好きだった。

「名前、コーヒー飲めるようになったのか?」
「…。」

あえて返事はしなかった。
半分意地で、ミルクもシロップも入れないままコーヒーを煽った。
苦味が口中を刺激する。
…美味しくはない。
顔を歪めていると、ワタルさんは口直しにとココアを私に差し出した。
それをいらないと、首を振って拒絶する。
ワタルさんは小さくため息を吐いた。

「…どうしたんだ。今日は。」

ああ、呆れている。
私が子供だからワタルさんは呆れているんだ。
私が半分飲み干したコーヒーのグラスを寄せて一口飲んだ。
その様すらも絵になる。大人の男だと思った。

「わ、ワタル…さんは」
「うん?」

嗚咽混じりの声にワタルさんはできるだけ優しく声をかける。
膝の上で握った手に、爪が深く食い込んでいる。


「お、おっぱいと脚…どっちが好きですかっ…!」
「…え?」

なんでこのタイミング?
と言わんばかりにワタルさんは顔を引きつらせた。
だって、ミニスカートも胸元の空いた服も気に入らないなら、なにがいいって言うんだろう。
それともただ単に私の体に魅力がないだけで、本当はワタルさんはおっぱい大好きなのかもしれない。
…身近にイブキさんやカリンさんみたいな大人の女性が居るんだから、目が肥えるのも当然かも。
だから、胸のない私が無駄な努力をしたところで、嫌な気分にしかならなかったのかも、しれない。

「えーと、これはどう答えた方がいいのかな…」
「っ、ワタルさんの正直な気持ちを聞かせてください…」

あーうん…。
困ったように濁った返事を返す。
もしかして、胸や脚なんかでなくもっとマニアックなところ?
子供な私には想像つかない。イツキさんやマツバさんに聞けば分かるのかな。
涙は止まったけれどまだ水気の残る瞳で、ワタルさんを半ば睨むように見つめた。

「………………胸かな」

ややあって、ワタルさんは答えた。

やっぱりそうなんだ!絶望して目を見開く。
自分の胸に視線をやる。
触ってみても…平面ではないけれど、十分といえるほど、そこには膨らみがない。
アカネちゃん、何カップだったかなぁ。おっきいよなぁ。
私が落ち込んでいると、ワタルさんは慌てたようにフォローした。

「別に俺は巨乳が好きというわけじゃないよ、…えっと、脚か胸かって聞かれたらって話だから、その」
「でもあったほうがいいですよね…?」
「う、そ、それは否定しないけど…」
「やっぱり!」
「ちがっ」
「何が違うんですかー!」

半ばやけになって机に突っ伏した。
少し声をあげてしまったのが恥ずかしい。素敵なお店なのに。追い出されたらどうしよう!
やっぱりこういうところが子供なんだ。
机で顔を覆うようにしていると、ワタルさんの大きな手が頭の上に置かれた。
わしわし、といつものようになでてくれるけど、今日はあかねちゃんに髪を整えてもらったんだ。
ぐしゃぐしゃになるからやめてください、という意味でワタルさんの手を払う。
すると、払ったその手で私の腕を掴み、引き寄せるようにして私の上体を起こさせた。

「…ワタルさん?」
「………。」

目を涙で少し濡らしたままだったが、雰囲気的に拭くことも出来ず、そのままワタルさんと目を合わせた。
さっきよりも、真剣なまなざし。
もしかして、怒らせてしまった?

「名前。」
「っはい」
「…俺、なにかしたかな?」

じっと見つめられて、目が逸らせない。
なんだか嫌な雰囲気だな、そう思った。
つかまれたままの腕はぎゅっと握られていて、痛みこそないものの、私を逃がさないようにしている。
それがなんだか、怖かった。
…やっぱりワタルさん、怒ってる…?

「えと…」
「突然短いスカートを履いてきたり、そんな胸の開いた服を着てきたり。」
「…。」
「何かあったのかと思ったら散々苦手だって言ってたコーヒーを飲むし。」
「……ごめんなさい」
「謝ってほしいんじゃないよ。ただ、何があったのか知りたくて。」

俺じゃ頼りないかな、なんてワタルさんは眉を下げた。
ううん、そういうことじゃないんです。
私がもっと、大人っぽくて魅力的な女性だったら、こんなことで悩まずに済んだのに。
ワタルさんにこんな迷惑をかけずに済んだのに。

「っ、うぅ…」
「名前?」

泣き止んだはずなのに、また涙があふれてきた。
自分が不甲斐なくて、どうしようもない。
擦っちゃダメだとワタルさんがハンカチで私の目じりをちょいちょいとつついてくれた。
でも一向に涙が止まる気配はない。
どうしよう、ワタルさんが困ってるのに。

「…っすみま、せん…」
「…。」
「わ、たしが…もっと、おとなに…」
「…名前?」
「おとなっぽい、子、だったら…っ!」

こんな風に泣くなんて子供だなぁ。
私のなかの誰かがそう囁く。
目を擦るのに必死だから、ワタルさんの顔は見えない。
きっと、すごく困っているんだろう。
ワタルさんはこどもにも優しいから、きっとなんとか泣き止ませようとしてくれてるんだろう。

「…名前はさ、やっぱり何か勘違いしているよ。」
「うっ、…ぐす」

勘違いってなんだろう?
顔をあげようとしたけれど、鼻水も出てるし、こんなぐしゃぐしゃな顔を見せるわけにはいかないので、俯いたまま。
それでもワタルさんは気にせずに口を動かした。

「俺がなんで短いスカートとか、嫌がるかわかってる?」

やっぱり嫌がってたんですね。
そう直接言ってくれたほうが嬉しかった。
変に嫌な顔されるよりは、そっちのほうが。

「…言っとくけど、似合わないとかじゃないからね。」

ならなんで。
嗚咽が邪魔して声にはならない。
でもワタルさんは意味を汲み取ってくれたようだった。

「その、子供っぽい考えだよ。俺の。ただのわがままだ。」
「っわがまま…?」

今度は言葉が音になった。
顔がぐしゃぐしゃなのも気にせずにワタルさんのほうを向く。
ワタルさんは私の鼻にティッシュを押し付けてくれた。

「単純に、見られたくないんだ。俺の名前が、そんなに可愛い服をきて、知らない男に見られて、かわいいななんて思われて。それがイヤだった。笑ってくれ、名前が思ってるほど、俺は大人な男じゃない。」

それは自嘲的な笑みだった。
ティッシュを鼻に抑えて、目はぐしゃぐしゃのまま、ワタルさんのどこか寂しそうな目を見る。
ワタルさんは私の視線に気づくとまたぽんぽん、と今度は優しく頭をなでた。

「傷つけたなら謝るよ。でも…うん。そういう服を着るのは、二人っきりのときにしてくれないか。」

子供が親にいたずらしたのを謝るときのような目に似ているな、ふとそんなことを思う。
よかった、似合わなかったわけじゃないんだ。本当は、見せたくないくらい素敵だと思ってくれてたんだ。
それがただただ嬉しくて、大きく頷いた。

「泣き止んだ?」
「…はい」
「じゃあ今日は自然公園から俺の家にデートコースを変えてもいいかい」
「…っ、もちろん!」

カフェを出て、ワタルさんの腕を掴んで歩き出す。
ワタルさんのマントが、私を隠すように翻った。







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