幸村に告白されてから一ヶ月と三日経った。
他人と馴れ合うのがあまり得意じゃなくて、友達と割とドライな関係な私からすれば、こんな短期間で仲良くなるのは異例のことだった。
あとにも先にも、こんなに仲良くなれるのは幸村だけだろうな、と思う。
それくらいに私の心は幸村に侵食されていた。

「アンタさ、変わったよねー」

目の前でポッキーをくわえた友人が言う。
取っつきにくい性格の私とも割と相性の合う彼女は、幸村を除けば一番仲のいい友達だ。

「変わった、って何がさ」

そういえば、ここ最近昼休みは幸村と過ごしていたから彼女とこうして昼食を食べるのは久々だ。
彼女は友達が多いから、私がいないと一人飯なんてことにはならない。
むしろ、だから幸村と昼休みを共にしているというのもあるんだけど。
ちなみに、今日は幸村は部活関係の話で先生に呼び出されているようだった。

「いや、雰囲気。真田に告られてから?なんか…ねぇ」
「ねぇ、って何…」

彼女はポッキーを貪りながら薄い唇を嬉しそうに歪めた。
私だって薄々気づいている。
学校をサボる頻度も、遅刻の回数もぐんと減ったのだ。
それはもう厳しいと有名な担任にすら褒められるレベルにまで。
最近2週間は無遅刻無欠席である。
以前の私には考えられなかったことだった。

「ねぇ、真田と付き合ってんの?」

…付き合ってはいないと思う。
友達以上恋人未満といったところだろうか。
幸村は私を好きでいてくれてるみたいだし、私も幸村が割と好きだと思う。
友達は「じゃあ付き合っちゃいなよ」なんて軽く言うけれど、私にはそれが出来ずにいた。
だって、違いすぎる。
彼は真面目でかっこよくて成績もよくて、ちょっと変わってるけれど素直でかわいい一面もある人気者だ。
私はというと不真面目で可愛いとも美人とも言われない至って普通な顔立ちで、先生にテストの平均点を下げる原因とまで言われている。
…私なんかじゃ幸村と釣り合わない。
それが私の中で引っ掛かっていた。

「付き合える訳ないじゃん。私と幸村は不釣り合いだよ。」

チラリと廊下に目をやると、去年の文化祭のミスコンの一年の部で優勝を果たした山口さんがいた。
サラリと伸びた髪を遊ばせて廊下を歩く姿に見惚れる男子多数。
くりっとした目と天を仰ぐような長いまつげが特徴の彼女は女子からみてもかわいいと言わざるをえない。

「…山口サンじゃん。」
「かわいいよね。」

こういう子が、幸村と付き合うべきなんだろうなあ。
友達と擦れ違いざまに振り撒く笑顔はまさに魔性。
私も来世ではあんな美少女に生まれたい。

「そういやさ、山口サンって真田の事好きらしいね」

ぴく、と私の耳が無意識に動いた。
山口さんが、幸村を好き…。
二人が並ぶ姿を想像してみる。
誰がどうみてもお似合い美男美女カップルだった。
やっぱり、幸村は私なんかじゃなく山口さんみたいな子と付き合うべきなんじゃないかな。

「…アンタ何考えてんの?」

怪訝そうに友人が私の顔を覗き込む。
別に、と答えると、友人は眉間にシワを寄せて言った。

「アンタ、泣きそうな顔してるよ。」

友人の言葉を聞いてハッとした。
なんで泣きそうな顔なんてしてるんだろう。
山口さんが幸村を好きだから?
山口さんと幸村が付き合うのが嫌だから?
いいじゃん、お似合いだよ。応援してあげなよ。
頭の中でもう一人の私が言う。
なんだかここにいるのがいたたまれなくなり、私は教室を飛び出した。
後ろで友人が呼んでいたが、私にはもう聞こえていないも同然。
廊下でまわりの人にぶつかるのも構わず私は走り続けた。

走って走って、辿り着いたのは屋上。
いつぞやにみた爽やかな青空ではなく、私の気持ちを写した2のようにどんよりと曇った空が私を迎えた。
はしごを登り、貯水槽の上に移動しようとすると、そこには既に先客がいた。

「あ」
「Ah?」

カッターシャツから覗く青いTシャツと、右目を覆う黒い眼帯。
彼こそが校内で知らない人はいないくらいの有名人、伊達政宗だった。

「伊達…」
「なんだお前…あぁ、真田幸村のgirl friendか」

幸村のガールフレンド、それが伊達の中の私の認識だったようだ。
伊達が私を知ってると言うのも驚きだが、幸村との関係を知られているのにもびっくりである。
…と思ったが、伊達と幸村は仲がよかった気がする。
お互いをライバル視しているとかなんとか、そんな感じのことをずいぶん前に友人が言っていた。

「ガールフレンド…」
「違うのか?アイツが付きまとってるって有名だぜ、アンタ」
「付きまとってる、って」

付きまとってはいない、と思う。
むしろ友達の少ない私に幸村が構っているような。
どちらにせよ、付きまとわれているという認識は私にとって不快でしかなかった。
幸村はそんなんじゃない。

「不服そうじゃねーか」
「当たり前でしょ、ただの友達だし。付きまとってるとかじゃ、ないし」
「friendねぇ…」

コイツも友人と同じく、意味深な笑みを浮かべる。
伊達も私たちと同じようにあまり素行はよくないらしいが、私は伊達とは仲良くなれそうにないと思った。

「…friendってなら、これから何があってもイイよな?」

何があっても、の部分を強調して伊達は言う。
意味がわからない、といわんばかりに首をかしげると、下方でドアが開く音がした。
ドアは貯水槽の真下にあるから誰が開けたのかはみることができない。
せめてフェンスの方まできてくれればわかるんだけど。

…だが、その必要はなかったようだった。

聞こえてくる二つの声。
綺麗なソプラノボイスと、聞きなれた堅苦しい口調。
…幸村と山口さんだった。

「幸村、と…」
「山口だな」

どうやら伊達と山口さんは同じクラスだったらしい。
いや、そんなことは今心底どうでもいい。
問題はこのシチュエーションだ。
屋上に男女二人。
私も幸村と二人で来たことはあるけれど立場が違う。
山口さんは、幸村に告白しにきたんだろう。

「…聞きたくねェのか?」

再び眉間にシワを寄せる私に伊達が言う。
いちいち伊達は友人に似ている気がする。
友人も伊達も私の心を読んでいるみたいだ。

「そんなんじゃ、ないけどさ。」

ここで大声を出せば幸村はきっと私に気付いて駆け寄ってきて、山口さんの告白は失敗するだろう。
でも、それができない。
山口さんと幸村がお似合いだと思う反面、幸村は私が好きなんだと余裕を持っている自分がいた。

「あの、真田くん」

山口さんの小さくて高い女の子らしい声。
とうとうくるのか、と思い私は身を強張らせた。

「私、真田くんが好きなの」

ホラ、やっぱり。
耳元で伊達がやるねェと囁く。
私にとっちゃそんなことはどうでもいい。
幸村の返事が大事なのだ。

「…その、想いは嬉しゅうござりまする…。」

相変わらずの堅い返事。
文脈からして、OKではないだろうなと緊張を解いた刹那、

「返事は…少し時間を頂けないだろうか。」

それは否定でも肯定でもなく。
完全に否定すると思っていた私に冷水をぶっかけられたような衝撃が走った。


「ただのfriendって言う割には余裕なさそうじゃねーか」
「うるさいだまれほっといて」

伊達の声が耳障りで仕方ない。
私は今日、久々に授業をサボった。



|


- ナノ -