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数日前の部活見学後、すぐに入部を決めた料理同好会。
さて今日はその活動日である。


「緊張するなー…」
「ちゃんとできますかね…」


調理室の前で立ちすくんではや5分。
ただ単に調理室の鍵が開いていないだけだった。
活動日だからと張り切ってきたものの、鍵が開いていなくては意味が無い。私達は途方にくれていた。


「今日作るのって、クッキーだっけ」
「たしかそうですよ!いろんな味のクッキーが作れるらしいです!」


まつ先生に配布されたプリントを鞄から取り出して見る。
其処には簡単なレシピと道具などが書かれていた。
作れる味は抹茶、イチゴ、チョコなど割とバリエーション豊富で、『まつ先生の一口メモ』という欄には、プレゼントにぴったりですよ!

と書かれていた。
そっかぁ、自分で食べる以外に人にプレゼントって言う手もあるのかぁ。


「プレゼント…ですか!わたしも宵闇の羽の方にプレゼント…できたらいいんですけどねぇ」
「会えないもんね…。」
「はい!でもきっと先輩だと思うんで、今日部活の先輩に聞いてみようとおもうんですよ!」


会って、お礼をいいたいんです!
鶴姫ちゃんは前に見たキラキラした瞳で言った。
やっぱり恋する女の子は可愛いなぁ…。

と、そうこう話しているうちに、活動開始前3分になっていた。
先生はまだ来ないんだろうか…。
するとふと後ろに大きな影が出来て、


「ん、なんだお前たち。そんなところで」


気づかないうちにかすが先輩が背後にいた。
突然の出来事にびくっ、と肩を震わせる。
全く気配がなくて、声をかけられて初めて気づいたくらいだった。

「えっと…」
「ああ、鍵が開いてなかったのか。遅くなってすまなかった。」
「いえ!こちらこそ早く来過ぎたみたいで…!」
「すみません…」
「謝る事なんて無いだろう、ほら」

開いたぞ、とドアを開けてかすが先輩が先に中に入る。
調理室の綺麗なシンクの上には既に調理道具が用意されていた。

「おお…」

つい声をあげてしまうほどにその部屋はピカピカだった。
まだ授業で調理室は使ったことがなかったから、調理室に入るのは今回で二度目だ。
私が通っていた中学校にも調理室はあったが、こんなに本格的ではなかった。

それにしても、別に料理学科があるわけではないのにどうしてこんなにも豪華なんだろう…。
まぁいいか。

「少し早いが…先に始めるか。」

時計の長針は既に開始時刻を指している。
かすが先輩が持参のエプロンをつけ始めるのを見て、私達も鞄からエプロンを取り出した。
聞くと、まつ先生は多忙な方だから活動日には火などに気をつけていれば先に料理を始めていてもいいらしい。
材料は既に用意されているので、必要な分を測りとる作業から私達は始めた。






*






料理開始から一時間。
オーブンが焼きあがったことを知らせる音を鳴らした。
最初はかすが先輩と私と鶴姫ちゃんだけだったが、途中から用事を済ませた佐助先輩、市先輩もやってきていた。
先輩達はさすがというべきか手馴れていて、私達がやっと完成させる頃にはもうラッピング作業に入っていた。
オーブンで焼く時間は同じはずなのに…。やはり生地を作る作業がはやかったからだろうか。
それに、心なしか先輩達のクッキーのほうがおいしそうに見える。

そういえば、かすが先輩と市先輩は物凄く綺麗にラッピングしているけど、誰かにプレゼントするんだろうか?
やっぱり彼氏さんとか?
2人とも美人だしなぁ…。きっとかっこいい人がいるんだろう。


「先輩達は誰かにプレゼントするんですか?」
「市は…長政様に…」
「私は謙信様にだ」
「長政様?謙信様?」


聞いたことのない名前だ。
彼氏さんだろうか。に、しても様呼び?変わったカップルもいるもんだなぁ…。

「お市ちゃんの長政様ってのは彼氏で、かすがの謙信様ってのは三年の古文の先生のことだよ」
「あ、そうなんですか」


お市ちゃんが長政様って呼んでるのは尊敬してるからなんだってー。

私が悩んでいるのを読み取るかの様に佐助先輩が教えてくれた。
…三成君といい佐助先輩といい、心を読むスキルってのが備わっているんだろうか。

に、しても…いいなぁ。そうやってクッキーを渡せる相手がいて。
鶴姫ちゃんも、渡せるかは分からないけれど宵闇の羽の方を想って作ったっていうし、やっぱり誰かを想って作るとおいしくなるんだろう

か。
料理の隠し味は愛!というくらいだしなぁ。

と、其処まで考えて思い出した。


「…そういえば鶴姫ちゃん聞かなくてもいいの?宵闇の羽の方」
「あっ!そうでした!あの、先輩!」


鶴姫ちゃんは、佐助先輩に宵闇の羽の方について特徴を挙げて尋ねた。
――鶴姫ちゃん曰く、宵闇の羽の方は格好は目立つのに、あまり目立たない、という矛盾した容姿だそうだ。
けど、それだけ到底じゃあ特定できないだろうなぁ。

と、思っていたのが甘かったらしい。


「あー…。多分それ風魔だよ」
「ふうま?」
「風魔小太郎。多分そいつ。俺様と一緒のクラスだよ。」

なんと佐助先輩はその宵闇の羽の方のことを知っていた。
名前を聞いた鶴姫ちゃんは目をキラキラ輝かせて、素敵な名前…!と言っていた。
恋は盲目とはこういうことなんだろうか。

「風魔にそれ渡すの?」
「はい、一度助けていただいたのでお礼にと思っていたんですが…。もしかして風魔先輩って甘いの苦手な方でしょうか?」
「甘いのねぇ…別に苦手じゃなかったとおもうよ。っていうかアイツあんまり喋らないから俺様わかんない」

どうやら風魔先輩は謎の多い方らしい。
呼び名が宵闇の羽の方の時点で謎だけど、前髪が長くて顔がよく分からず、異常なほどに無口で声を聞いた人もいないとかなんとか。
なんか、ものすごい先輩だ。
けれどそれだけでも知れた鶴姫ちゃんは物凄く嬉しかったらしく、風魔先輩にクッキーを渡して貰えるよう佐助先輩にお願いしていた。


「風魔先輩…!名前ちゃん、私今すっごく幸せです!」
「よかったね、クラス聞いたんでしょ?」
「はい!孫市ねえさまの隣のクラスだそうです!」

また伺ってみます!と、鶴姫ちゃんは目を輝かせて言った。
と、いうことはだ。佐助先輩と私以外は皆意中の殿方にプレゼントするということか…。

なんだか少しだけ寂しくなってきた。
まつ先生が用意してくれていたラッピングは全てプレゼント用でかわいらしいものばかりだから、やはりプレゼントしたほうがいいんだろ

うか。
とりあえず作った分の半分をプレゼント用、もう半分を普通のシンプルな袋に入れてはいるけれど、相手もいない。
だからといってせっかくラッピングしたのを自分であげるのも…うーん。


「名前ちゃんは誰にあげるんですか?」
「いや、全然きまってないんだよね…」
「そうなんですか?てっきり三成君にあげるのかと思ってました」

三成くんかぁ…。
甘いもの嫌いじゃないみたいだし、いいかもしれない。
今日帰りに道場に寄ってプレゼントしてみようか。

「…じゃあ三成君にあげようかな」
「本当ですか!?」
「えっ、うん。ていうかなんでそんな喜んで…」
「いえ!なんでもないです!こっちの事情です!」

さっきの幸せにまたさらに幸せがプラスされたように鶴姫ちゃんは笑顔になった。
けれど、前の喫茶店の日のように何かを隠している様にも見える。
どういうことなんだろう。何かあるのかもしれない。

「じゃあ絶対に三成君に渡してくださいね!絶対ですよ!」
「うん…」

鶴姫ちゃんは念に念を押すように言った後、かすが先輩の声で解散となった。
やっぱり、なにかひっかかるなぁ…。




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