15 放課後までの時間はほんの一瞬のように感じられた。 ウチの高校には大きな道場があり、場所を区切ったり、交代したりしていろんな部活が使っている。 鶴姫ちゃんの所属する弓道部もそうらしいが、今日は基礎練で体育館だそうだ。 剣道部の隣では柔道部が練習している。 どちらにも見学者はいるが、圧倒的に剣道部が多い。しかも、女子が。 物凄い黄色い声の数々。 その殆どは『伊達先輩』という人に向けられていた。 多分その伊達先輩とは前に見た英語を使う眼帯の先輩だろう。 彼が出るたびに伊達先輩ー!と声があがる。 そんな黄色い声に頭痛を覚えつつも、私は三成君の出番を待っていた。 前に部活見学に来たときはちょっとしか見れなかったから、一度フルで見てみたかったのだ。 これだけの歓声を受ける伊達先輩はきっと相当強いんだろう。 前に見たときも両者一歩も譲っていなかった。 むしろ、少しだけ伊達先輩が優性にも見えた。 今回はどうなんだろう。 と、そうこうしているうちに伊達先輩と三成君の試合が始まるらしい。 ちなみに応援するのは当然三成君だ。 胴着を来た三成君は、いつもと違ってちょっと新鮮だった。 試合が始まって、道場は歓声に包まれた。 主に女子の伊達先輩ー!とか、 がんばってくださぁーい!とか、そんなあたり。 やっぱり応援があると違うんだろうか、伊達先輩が少し推しているようにみえる。 こういうのは声を出して応援するべきなんだろう。 しかし私は一度も試合が始まってから歓声の中に参加していなかった。いや、できなかった。 こういうときにシャイってのは損だと思う。 家康君や鶴姫ちゃんみたいに、もう少し積極的に慣れないものだろうか。 ほら、またそんなうちに三成君が端に追いやられ始めた。 ますます観客の伊達先輩への声は大きくなる。 私は勇気を振り絞って、大きく深呼吸をした後に一度だけ叫んだ。 「みつなりくんまけないで!!!!」 たった一言だったから、こんな歓声の中だったから、きこえなかったかもしれない。 自分で思った以上に声は小さく聞こえた。 けれど、彼には何か届いたようだ。 突然、推されっぱなしだった三成君と伊達先輩の形勢が逆転し、いっきに詰め寄る。 気がついた時には、 ―――伊達先輩の竹刀が弾き飛ばされていた。 一瞬無音に包まれる道場。 柔道部ですら音を発することができなかった。 きっと誰も予想してなかったんだろう、あんなに推されていた三成君が――― 「Ha!前とは大違いじゃねえか」 「フン、当然だ」 再び道場は歓声に包まれた。 きっと、試合中よりも大きい。 伊達先輩、という黄色い声はひとつもなかった。 男女入り交じった興奮の声。 三成君て、すごいなぁ 単純に純粋に、ただそれだけを感じた。 試合形式の練習が終わり時間がたち、観客がまばらになっていく。 私はせっかくだから三成君と一緒に帰ろうと、道場の隅っこでしゃがんで待っていた。 三成君は、竹刀の素振りをしている。 しかしノルマ分を終えたのか、突然、こちらにずんずんと歩み寄ってきた。 ぼーっとしていた私はびっくりして、少しだけ後ずさる。 すると、三成君は不機嫌を顔にあらわにして歩幅を広くした。 あっという間に距離をつめられる。 気がつけば立ったままの三成君に、しゃがみこんだ私が見下されるような状態になっていた。 「貴様の声だけが聞こえた」 「え」 言葉の意味がわからない、というような間抜けな声を出せば、私と視線を合わせるように三成君がしゃがんだ。 切れ長の目が私だけを捉えている。 遠目に見ると一切汗をかいていないくて、涼しそうにすらみえるのに、こんなに近くだとうっすら額に汗がにじんでいるのがわかった。 「伊達との試合中、他の音は聞こえなかった。竹刀の音と伊達の息、あとお前の声だ」 「こえ…?」 「負けないでと言っただろう」 どうやら、本当に私の応援は届いていたらしい。 「きこえたの?」 「当然だ」 「あんなに周り、煩かったのに?」 「貴様の声しか聞こえなかったといっているだろう」 「そうだけど、でも、え」 「負けるなというから負けなかった。それだけだ」 それだけ言い切って、三成君はすっくと立ち上がり再び道場の真ん中へと戻った。 それは多分、 (私の応援のお陰ってことで いいんだろうか) --- ←→ 表紙へもどる |