福富寿一


私の彼氏、福富寿一という男はときどき突拍子もないことをする。
告白だってそうだった。高校を卒業し、淡い片思いに別れを告げて心機一転大学生活を開始した二ヶ月後、友達から福富にメアド教えていい?と言われ許可すればあれよあれよとなぜかお食事にいく流れになり、そこで「三年間ずっと好きだった」と思いを告げられた。居酒屋のスピードメニューが出た後に。普通は全部食べ終わったあとじゃないの?ていうか今言うならなんで卒業式で言わなかったの?いろんな疑問はあったが私だって彼が好きだった。
で、付き合い始めてもう7年。長い、よくここまで持ったものだと思う。
喧嘩はなかったとは言わないが、しばらくすれば「あのことについてはオレが言い過ぎた」と謝りに来るし、私が間違っていれば謝りはしないがわざわざ指摘をしにくる。普通ならここで掘り返さないでよ!とキレるところだがら、寿一に言われると呆れるというかなんというか、煽ってるわけじゃないんだなというか。仕方なく折れてしまうのだ。
そんなわけで、私たちの交際は順風満帆。割と幸せな毎日を送っている。
スポーツ選手が彼氏っていいねとは言われるが、食事も気を遣わなければいけないし、度々海外のレースに出るためにそちらへ行くので、ちょっとした遠距離恋愛にもなる。
まあこれも刺激になってちょうどいいのかもしれない。
なんてことを考えていたある日、私が切ったリンゴをその手に似合わない細いフォークで食べながら寿一は「お前の両親にご挨拶をしたい」と言った。隣で流し見している私が内容を覚えるくらいには何度も再生されている、なんとかという世界規模のレースのDVDがモニターに写り続けている。
いいけど、とリンゴをひとつまみ。じっと私を見る視線に、「一人で全部食べる気だったの」と返すと、テレビに視線を戻した。逃げたな。


そして来たる福富寿一・みょうじ家初訪問日。
なぜ7年も付き合っていて寿一が両親に会ったことがないかというと、両親の仕事が特殊だというのと寿一の都合がつかなかったためだ。
初めてだというのに緊張の色ひとつ見えない寿一を見上げ、もう離れてしばらく経つ実家の門をくぐる。久々に会った愛犬がきゃんきゃんと吠えるので名前を強めに呼ぶと、大人しくなった。コイツ、忘れてやがったな。
愛犬に興味を示した寿一を連れて家へ入ると、誰よりも緊張した面持ちの両親がいる。寿一の話は何度もしたし、写真だって見せたというのに、本物に会うとなると緊張するらしい。
リビングに通してお父さんお母さん、その向かいに寿一私と座った。なんだか居心地が悪い。お父さんなんて、緊張してお母さんが出したお茶をちびちび飲んでいる。

「改めまして初めまして、なまえさんとお付き合いをさせていただいている福富寿一と申します」

なまえさんなんて、初めて聞く音に耳がこそばゆい。
吹き出しそうになるのを堪え向かいを見ると、母も震えている。父は別の意味で震えていた。確かに、寿一は25に見えない貫禄と威厳があるし、今だってある意味父よりも堂々としている。
震えて声で挨拶をする両親と、なぜか自己紹介をさせられる私。寿一の横顔からは、何を考えているのか全く想像がつかない。
今日はお話ししたいことが、と寿一が話を切り出す。
お話ししたいこと?思い当たる節はない。最近は特に喧嘩もなく平和で、ベッドのスプリング煩いから高いの買ってよジュイチえもんああそうしようなんて恋人らしい会話だってしていたというのに。
仕事のことか?寿一がロードレーサーになってから母が異様に海外のDVDを見るようになったとは言ったが、そんなそぶりは…。

「単刀直入に申し上げます。お義父さん、お義母さん、なまえさんを私にください」
「っはあ?!」

立ち上がったのは私だった。ごとん、とテーブルの烏龍茶が並々注がれたグラスが揺れる。
集まった視線に座らされ、寿一は何事もなく話を続けた。

「自分はロードレーサーとしてはまだ若く、不安に思われるかもしれません。ですが、必ずなまえさんを幸せにしてみせる自信はあります」

常に自分を強いと自称する寿一からは聞いたことのないような声だった。
固まったまま話は進み、最終的には寿一の提案で、自分のことをよく知ってもらい、それから改めて娘の婿に相応しい人間か見極めてもらうということになった。
その間私のセリフゼロ。実家を出て犬を一撫でし、最寄り駅へ歩く道でようやく口を開く。

「寿一!」
「どうした」
「どうしたもこうしたもない、なにあれ!」

あれとは?と言いたげに首を傾げる寿一の目が見れない。
プロポーズ、と今にも消え入りそうな声で言うと、寿一は「どうだった」と質問返しをしてきた。どうもこうも、まず私聞いてませんから。
両親が驚くのも当たり前だ。私だってびっくりした。後にも先にも、こんなに驚くことなんてない。
睨みつけるような姿勢になった寿一への視線は緩まらず、仕方なくというか、当然というか、そんな空気を纏い寿一は口を開く。

「嫌だったのか?」
「そんなわけない、けど」
「オレはお前がオレと同じ気持ちだと思っていた」
「っ…そうだけど!」
「ならば」

地面は住宅街のブロックだというのに、汚れるのも気にせず寿一はその場に片膝を着いた。
取られた左手、ひっくり返して、手の甲が空を見上げる。
ポケットから出てきた濃紺の箱がなにかなんて、言うまでもない。いつの間に測ったのだろう、サイズはぴったりで、私の指に元々あったかのように収まった。

「オレと結婚してください」




結婚の申し込みは先にしとけよ
140226

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