あれからどうやって私は寮に戻ってきたのだろう。気がつけば女子寮の前に立っていて、荒北が向こうのほうで自転車に乗って走っていくのが見える。ライトの光が段々小さくなっていって、荒北のジャージも同じようにして見えなくなった。
おぼつかない足取りで寮の自室へ入り、ベッドへ転がってから数十分。意を決してポケットから取り出したケータイで電話をかけたのは、新開だった。
アイツの隣の部屋は荒北だった気もするけど、そんなことはどうでもいい。新開はバカじゃないから、上手いことやってくれるはず。たった三つのコールですら煩わしく、もしもしと言いかけた新開の言葉を遮って名前を連呼した。

「っ…な、なんだよ名前、珍しくかけてきたと思えば」
「新開新開新開新開…」
「お、おお…どうせなら名前で呼んでくれてもいいんだぜ?」
「よくねーよ。ちょっと聞いてよ新開」

掛け布団をかぶって、隣に聞こえないように声を潜めた。ここにあの子はいないし、私の隣人は両隣とも知らない子だというのに。
告白された、と相手も告げずに言ったのに、新開は「やっとか」と安心したような、そんなトーンで言った。
全部がお見通しでした、みたいな新開の態度がイラついて、ケータイ電話を握る手に力が入る。知ってたの、と出来るだけ低い声で聞くと、肯定。
多分それは私がウサ吉の前で新開に「おめさん、靖友のこと好きなんだろ」と言われたときからだろう。
よく考えれば、新開は自分が嫌いな女と自分の友達が付き合うかもってだけで告白を勧めるようなヤツじゃない。
福富たちと私が同じ中学出身だと荒北に教えたのも新開だったし、荒北が新開と私のクラスに尋ねてきたときに決まって声をかけるのも私だった。
多分あれは、同じ中学のよしみとかそういうんじゃなかったんだと思う。新開なりに、最善の結果を導くために色々裏でやってたんだろう。
そう思えば福富だって怪しい。新開伝てに渡せばいいものを「今日荒北にノートを貸しにいくのならついでに」と荒北へ渡すものを私に託すし、福富が珍しく見に来ないかと誘ったレースは荒北がはじめて福富のアシストとして出た公式レースだった。
色々と裏で糸を引いていたのだ。私が友人の為に頑張っている傍らで、あいつらは私と荒北をくっつけようと画策していたと。そういうわけか。
文句を言うと、新開は悪びれなく笑う。きっと悪いとも思ってない。お似合いだぜ、と言った新開のにやけ面が目に浮かんだ。

「返事、どうしたんだよ?」
「…わかんない」
「え?」
「何て返事したのか、覚えてないんだよなぁ…」

スピーカーから向こうで嘘だろとか何やってんだとか聞こえるが、そう言いたいのはコッチだ。なんて返事したのか覚えてないなんて、自分にため息しかでない。
もしOKしていたら明日からどんな顔をして友人に会えばいいというのだろう。だけどOKしたにしては、あの背中は寂しげだったような。
まさか断ったとか?無意識のうちに返事をしていたというなら考え辛いけれど、友人を慰めたあとのことだから分からない。
頼りなさすぎる私に痺れを切らした新開が「オレが聞いておくから」と言ってくれたため一旦通話を切り、私たちは夕食をとることにした。
男子寮と女子寮が離れていてよかったとこんなに思ったのは、後にも先にも今日くらいだ。
今荒北に会うような状況になれば、気まずいどころの騒ぎではない。夕食のカレーが普段より辛く感じて、山盛り福神漬けを入れた。
なんて返事したのだろう、私。カレーを食べ終えて風呂へ行き、湯船につかりながら考える。
温泉に浸かりながら考え事なんて贅沢なことが出来るのは、我が箱根学園の寮くらいだろう。おかげさまで肌はツヤツヤだし、なんだかいい匂いもする。友人は温泉に浸かっていなくてもいい匂いがしたけれど、それはまぁ、女子という生き物はそういうものだから。
そういえば新開や福富も荒北も同じ寮生なのだから、この温泉に毎日浸かっているのだな。アイツらもいい匂いするのかな、と考えて、一人赤面した。
男子の匂いなんて死ぬほど興味がないし、運動部の男子からいい匂いがするわけがない。いや、してたまるか。アイツらは制汗剤と汗の匂いだけで十分だ。特に新開。福富からは洗剤のいい匂いがしそうだし、中学時代にジャージを借りたときは実際にそうだったけれど、新開からいい匂いがフンワリ、なんてのはちょっとムカつく。
荒北…については、今は考えたくない。ついさっき告白してきた男の匂いを考えるなんて、そんなの、めちゃくちゃ乙女じゃないか。そういうのは友人みたいな子がやるべきだ。
あの子も家の風呂で、きっと温泉じゃないだろうけど、こういうことを考えたのだろうか。それから、荒北の知らないこととか、見たことないとことか、そういうものに思いを馳せて、赤面していたのだろうか。
………やめよう。
バカっぽい。今の私って、最高にバカっぽいじゃないか。前言撤回だ。映画鑑賞会の日、私は不毛な恋をする人間をバカっぽいと罵った。だけどこれは間違いだ。
片想いをしている人間、全員バカっぽい。残念ながら、私もこれに含まれた。


140225







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