荒北の存在を知ったのは1年の夏だった。
短縮の為午前中で終わった授業のあと、明日提出の課題をするのを忘れたから写させてほしいと新開に頼み込まれ、既に問題を解き終えたノートを持って自転車部の無駄にデカい部室へと向かうと鍵がかかっており、異変を感じながら仕方なく部室前に座り込んで待っていた時にやってきたのが荒北だった。
今よりずっと短い髪の荒北は私を怪しむように睨み、流石に私も自分の不審者っぷりに自覚があった為わけを話すと、今日は午後から大会があるから6時まで誰も帰ってこないと教えてくれた。
ノートを写させろと言ってきたくせになんてヤツだと思ったが、よく考えれば部室に来いとは言われていない。きっと学校に戻り次第連絡を入れて取りに来るつもりだったのだろう。
ため息を吐く。せっかくこのクソ暑い中来てやったというのに。だが勝手に来たのは私だ。
エアコンの効いた寮に戻ろうと思い腰を上げると、「ソレ」と荒北が私の脇に挟まれた水色のノートを指差す。
これかと確認するように脇から抜いて拍子を見せると、「数学のノートか」と端的に尋ねた。
頷くと一歩荒北が私に近づく。時刻は2時、新開が帰ってくるにはまだまだ時間があった。貸してくれと頼まれて、断る理由もない。

キッカケはそれだけ。時々新開に回すノートを荒北も借りるようになり、話すようになった。
最初のうちはノートを借りておきながらも警戒心をむき出しにしていたが、福富と同じ中学だと告げるとそれも次第になくなっていった。
あの日なぜ部員全員が大会で出払っていたのに荒北だけが居たのかという疑問については、「人が走ってるのを見るなら練習してる方がマシだ」と先輩に抗議…いや、先輩と言い争った結果だというのを知ったのも、親しくなってからのことだ。
しばらくして、私と話す荒北を見るようになった友人が私に「荒北のことが好きだ」と暴露し、芽生えかけていた想いは摘まれ、今に至る。
誰にも悟られていないと思っていた想いは無駄に鋭い新開にバレていて、それをつつかれたのが2年の夏。インターハイ出場を断った新開の横でウサ吉を撫でていたとき。
「おめさん、靖友のこと好きなんだろ」と言われたときは、比喩抜きで心臓が止まるかと思った。何かを察したウサ吉が私の腕から飛び出すくらいには動揺していた。
そんな反応をすれば、肯定も同じだ。ほらなと笑った新開に返す言葉など何もない。
告白を勧められること数度。その度に断っても、新開は引かない。新開が友人を好いていないというのを感じ取っていた私が見るに、きっと友人と荒北が付き合うのを見たくないのだろう。
荒北と新開は仲がいいから、あの子が荒北の彼女になれば関わることは自然と増える。それこそ私以上になるかもしれない。
新開があの子を毛嫌いする理由はよくわからなかったが、人を嫌いになることの少ない新開の、自分が知る限り始めての人間なのだ。無理に仲良くさせるよりは、波風立てないように離れさせたほうがいいと考えた。
だが、それとこれとは話が違う。だからと言って、私が荒北に告白する理由にはならない。そもそも荒北のことをはっきり好きと言えるかと聞かれれば首を振るし、荒北のことを好いていたとしても新開の為に告白するというのが嫌だった。
それに、私が告白したところで受け入れられないだろうし、あの子が告白してしまえば結果的に何も変わらない。
出来るだけ話さないようにガンバレ、と背を叩くと、新開は前髪を突いた。ナルシストっぽい新開のそのクセが、私は嫌いじゃない。



映画鑑賞会から一ヶ月が経ち、学年が一つ上がった。久々に会った新開は髪型を変えていて、好きな子でも出来たのかと肘で突くとはぐらかされた。
そういうおめさんこそどうした、と指摘されたのは腕に下がったブレスレットで、友人と色違いだと言うと新開は露骨に嫌な顔をする。
分かりやすい新開を弄り倒しながら新しいクラス分けの載った紙を見に行くと、友人と新開が同じでまた新開は顔を歪めた。
福富とは結局三年間同じクラスになることはなかったな、と中の下に載っためでたい名前を指でなぞると、隣の新開に肩を叩かれる。新開が指さしたのは、私が載っているクラス表の、上の方だった。2番、荒北靖友。

「よかったな」
「よくねーよ」

冷やかされるのはあまり好きじゃない。友人が悲しい顔をするだろうなと言うと、「そういえばオレあの子と同じクラスか」と新開は肩を落とす。ここまで嫌いだと、寧ろ面白いくらいだ。
手を振り別れ各々の教室に入ると、荒北は既に席に着いていた。

「よォ」
「よー、一年よろしく」
「ノート頼むヨ」
「またそれ?たまには自力で頑張ってよ」
「そう言いながらちゃんと貸してくれる名前チャンのことオレは好きだけどォ?」
「うっせー」

軽口を叩き合える仲なんて理想的な男女関係じゃないか。お互いのことを意識しすぎず協力し合える素敵な関係じゃないか。
あの子みたいにかわいいわけでも、女の子らしいわけでもない私が、一番落ち着ける場所。友達とはなんといい言葉なのだろう。
新開と友人はどうなっているだろうか。修羅場を想像して誤魔化そうとしても、好きという言葉だけが耳から抜けない。


140219







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