朝一番、登校するなり荒北くんは私に話しかけてきて、ただ一言「写真を戻せ」と言った。 目の下の酷いクマを見る限り、私と同じ現象が起きたのだろう。ただでさえ悪い目つきがさらに悪くなっている。 念のために夢の内容を確認すると、荒北くんが私を殺す夢だということについては一致したけれど、細かい内容は全く異なっていた。 悪夢を掘り返すようで詳しく内容を聞きだすのは申し訳なかったけれど、自分の殺され方がすこし気になったので殺害方法を聞いたが、荒北くんは頑なとして口を割ろうとはしなかった。 表情がいつもと違う。本気で嫌がっている。昨日の写真の件のように、追及する気にもなれなかった。 校舎は赤い。箱根学園の校舎にはそんな奇抜な色は使われていないので、すぐに夢だと理解した。 私は一人中庭の噴水の前に立っていて、周りには人気がない。 今日は荒北くんはいないのだろうか。辺りを見渡すと、どこかからかすかに男の人の怒声が聞こえてきた。 荒北くんよりも低い声だったので彼でないことはわかっていたけれど、このままここにいてもしかたがない。声の聞こえる方へ走り出すと、案外すぐにそれは見つかった。 夢の中のハコガク敷地内は実際のハコガクとは大きく違っていた。本当なら鳥小屋があるところに、自転車部のやたらと大きな部室がある。 部室の前には先輩と思われる男の人がたくさん居て、人垣をなしていた。 先ほどからの怒声は真ん中から聞こえてきていたらしい。外からでは背の高い男性のせいでなにがあるのか見えないので、運動部らしく鍛えられた男性達(顔はぼんやりしていてよくわからない。夢だからときにしないことにする)を押しのけて前へ前へと進んだ。 「…!」 校舎の色は血の色だったのだろうか。 中心を取り囲むようにしてできた人垣の先には、血が飛び散っている。 何人かの男性の手には工具が握られていて、先にはべったりと同じ赤色がついていた。 その男性たち囲んでいるのは血を流す荒北くんで、部室の壁にもたれかかるようにして座り込んでいる。 「荒北くん!」 工具を握った男性を押しのけて、荒北くんに駆け寄った。 意識はある。目がうっすら開いて、私を視認したのか名前を呼んだ。 「おい、この子誰だ」 「さぁ」 「やっていいのか」 「いいんじゃないか」 男性達は、私がいつか見た夢のクラスメイトと同じく生気がない。本人ではないのだろう。だけど、いま重要なのはそこじゃない。 工具を振り上げずんずんと寄って来る男性たちが距離を詰めてきて、恐怖のあまり荒北くんを抱きしめる。 (これってもしかして……私が荒北くんを助ける番なんじゃない?) 荒北くんはどうすれば私が助かるか夢の中では知っていたと言っていた。理由はしらないけれど、なぜかわかっていたと言っていた。 今の私は、どうすれば荒北くんが助かるかなんてまったく知らない。わからない。だけど、私が守らないと荒北くんが死んでしまう。夢の中だけど、そんな気がして。 「荒北くん、大丈夫だよ!私がついてるからね!」「周りの人が何言っても、私は味方だから、その、平気だから!」 口からすべり落ちてくる言葉は、まるで荒北くんが誰かにいじめられていて、それを慰めているようなものばかりだった。 私の意志ではなく出てくる言葉に、どこかで聞いたことがあるような感覚を感じる。私はどこかで、こんな言葉を誰かにかけた? 「荒北く、荒北くん!」 大きな音を立てて、工具が降ってくる。 すっかり動かなくなった荒北くんを庇うように抱きしめぎゅっと目をつむった。 たくさん降ってきた工具のどれもが私にぶつかっても痛くはなかったのに、なぜか手首に当たったレンチの痛みだけが骨に響く。骨折するって、こんな感じだろうか。その痛みにさまされるようにして、瞼を開いた。 目が覚めてすぐに、手首に違和感があった。 ちょうどレンチがあたった場所。見ると、青いあざが出来ている。寝ている間に同じ場所にぶつけたのだろうか。まさか、夢の中の怪我が現実に出るわけないだろう。いくら予知夢に近いもので現実の荒北くんと繋がっていると言えど、夢は夢だ。 いつもは教室で会う荒北くんに、その日は珍しく校門前で遭遇した。 ジャージを着ているから、部活中らしい。 そういえば、昨日の夢の荒北くんを取り囲んでいた顔のよく見えない男性達は自転車用のジャージを着ていた。 もしかしてあれは自転車部の先輩だったのだろうか。自転車を校門に立てかけて誰かを待つようにしている荒北くんの名を呼びながら駆け寄った。 「荒北くん!」 「オウ、みょうじ」 どうやら荒北くんが待っていたのは私だったらしい。あんな夢を見た後だから、荒北くんも不安なんだろうか。 大丈夫かと口にするまえに、頭を撫でられた。女の子にするというよりはぐしゃりと、犬にするように雑な手つきだったけれど。 「ありがとな、昨日はヨ」 「え、あっ、ああ!うん、なんてことないよ、平気。それより、荒北くんは大丈夫なの」 「オレは別にィ」 なでられたのが恥ずかしくて、早口になってしまった。 箱根学園と横に大きく書いたジャージを着た人が、荒北くんに「誰だそいつ、彼女か」と笑いながら声をかける。 荒北くんの軽い対応から、不仲というわけではないようだ。あの夢を見てなんとなく考えていた、実際に荒北くんが先輩に虐げられているのでは、という一つ心配が消える。 ほっとしていたのを見抜かれたのか、荒北くんがいつものにやにやした笑いで私を見る。 「何、もしかしてみょうじチャンはオレが先輩にイジめられてるとでも思ったのかヨ」 「っ…!わ、悪い?心配してあげたんだけど!」 「悪かねェけど、そんな心配かけるほど弱くはねェヨ」 つまり、荒北くんは私が「大丈夫だよ」だのなんだの、慰めの言葉をかけなくても平気だったということか。 必死に慰めていた自分が恥ずかしくなってきた。りっちゃんのときもだけれど、どうしてああいう場面だと必死になって予想もしないことを口に出してしまうのだろう。 よく考えたら好きとか口走っていたし、変な風におもわれたんじゃないだろうか。 「1年の頃はそりゃ色々あったけど、今は平気だヨ」 「え?1年?」 「………アー、覚えてねェか」 思い出したのはリーゼント頭だけ。 居心地悪そうに「そォだよなァ」と言いながら頭をかく荒北くんに首をかしげた。1年生のときはクラスも違ったし、特に関わりもなかったはずだけど。 もしかして1年のときは先輩にいじめられていたとか?それ以上語ろうとしない荒北くんを見上げると、デコピンをひとつ食らわされた。 「ンな顔すんじゃねェヨ!今はアレだろ、『大丈夫』なんだろ?」 「え?」 「だァから!オレが億がイチお前が考えるみてェにイジめられてたとしてもってことだヨ!」 飲み込み悪ィ!と怒鳴られて、謝って、それからどうして私が謝るのだと頬を膨らませた。 1年の時とか、先輩との仲のことは全く分からなかったけれど、ただ荒北くんは今は平気だと言うのだ。 それでいい。それだけわかってれば、私は大丈夫だ。 もしも荒北くんが困っていたとき、私が助けよう。夢で荒北くんがそうしてくれたように。 140417 <<>> 戻る |