見たくないときはいやでも見てしまうというのに、いざ夢を見ようとするとなかなか眠れないものだ。
布団に入ったのはいつもより早かったのに、寝付くまでには普段以上に時間がかかってしまった。
浮上した意識のなか、周りは現実離れした空間で、夢だとすぐに気づく。
私が居るのは壁も床も一面真っ白に塗りつぶされたような部屋で、広さはあまり広くなく、例えるならば教室と同じくらいだろうか。だけど、真っ白で殆ど何もないため余計に広く感じる。
部屋にあるのはドアノブの付いたドアと、椅子が二つ。ショッキングピンクと原色に近い青色で、私が座っているのはその青色のほうだった。
真っ白な部屋に似つかわしくない派手な色は目を鋭く刺激して、瞳への配慮優しさなんて皆無だ。目にやさしい緑色を見習って欲しい。

どれくらい待っただろうか、時計もないので時間がどれだけ経ったのかわからない。
ここから出てみようかとドアノブを引こうとしたりしてみたが開くことはなく、何もすることができないまま結局椅子に座ったままでいた。
荒北くんは今夜話そうと言っていたけれど、本当に話せるのだろうか。
今までこんな夢を見ているなんて話を誰かにしたことはなかったから当たり前だけれど、こんな風に自分で望んで夢を見たことは一度もない。
だから望んだシチュエーションどおり荒北くんと話すことができるのか、少し不安に思っていた。
夢の中なのだからもしかしたらまた命の危険に晒されるのではと思ったけれど、回りには何もなさ過ぎて警戒のしようがない。上から剣山でも降ってこなければ、大丈夫だろう。
このまま何もないまま目覚めてしまうのだろうか。足をブラブラと揺らしながら椅子に座っていると、何の前触れもなく白い部屋に唯一あったドアが開いた。
私がいくら引いても押しても開かなかったドアはドアノブがついているのに、まさかの引き戸だったらしく、自動ドアのように横にスライドして開く。そのドアノブは何用なんだ、飾りなのか。
ドアの向こうは真っ白い光に包まれていて、奥に何があるのかは全くわからない。だけど光の中から荒北くんが現れたのがわかって、そのまま彼は部屋の中へ入ってきた。
ヤンキー歩きで私の前に立つ、ピンクの椅子を睨みため息を付く。座らないのかと手で示すと、ギロリとにらまれてしまった。

「オレがこっちかヨ…」
「変わろうか?」
「いや、別にいい」

どうやらピンクの椅子が気に食わないらしい。文句を言いながらも荒北くんはそこに腰掛け、足を大きく広げる。
横に並んでいたはずの椅子は、荒北くんが座ると突然方向転換して、向き合うようなならびになった。
これはこれで恥ずかしい。自動的にお互いの顔を見つめ、座高の差が私を見上げさせる。

「今夜話そうぜっつったけど、まさかこんなお誂え向けな場所を用意してくれるたァな」
「え、これ荒北くんの意思でここにいるんじゃないの」

荒北くんが頭をバリバリと片手で掻いた。私より夢に詳しいように見えた荒北くんだったけれど、どうやら全てを知っているわけじゃなさそうだ。
てっきり荒北くんがこの場所を用意したと思っていたのに。

「違ェヨ、お前も気がついたら学校とかにいたろ」
「そうだけど…それって誰かが選んでるの?荒北くん、それ知ってるの?」
「知るワケねェだろ!話そうぜっつったのもどっかしら夢で会えたら適当に会話しようぜって言ったし、まさかこんな会話する専用の部屋が用意されてるなんて思ってなかったんだヨ!」
「は、はい…」

色々聞いたら機嫌を損ねてしまったようで、強く怒鳴られ思わず怯んだ。口が悪いのはいつものことだけど、面と向かって言われるとうろたえてしまう。ここがどこかはお互いわからず、ただいつもほど危険な場所ではないだろうということだ毛は共通の意識のなかにある。
潜在意識の中で、お互いに会話したいと思っていたから、それ専用の部屋ができたのかもしれない。不思議なものだ。そうなれば私が毎日夢の中で危険な目に遭ったりしてるのも……と思ったが、私にそんな趣味はなかった。
夢なのだから、頭で考えてもしかたない。意識が反映されるといえど全てを決めることなんてできないのだから。それよりまず、あの荒北くんと夢を共有して、その中で一緒にいられるなんて状況がまず夢物語だし。いや、夢なんだけど。

「…こういう夢、ずっと前から見てたっつーわけじゃなさそうだな」

ドアに視線を投げて、荒北くんは言う。

「うん、先週くらいからかな。見るようになって。荒北くんは?」
「お前がどっから意識あんのかわかんねェけど、ここ連日お前が出てくるようになったのは先週の月曜からだ」

先週の月曜日、というと、忘れもしないりっちゃん事件の日だ。
どうやらこういう変な夢を見るようになったのは、お互い月曜日かららしい。
ふむと考える仕草をすると、荒北くんが何かを思い出して付け加えるように口を開いた。

「ア、連日つったけど、日曜は見なかったな、そういや。」

日曜日、というと、徹夜した日だ。昼寝をしたときも見なかった。それを荒北くんに伝えると、曲げた太腿に肘を置いて、器用に頬杖を付く。

「つーことは、同時に寝てねェと共有しねェってことかァ」
「そうなの?」
「知らねェヨ勘だヨ」

何かを考えているのだろう、私に口を挟ませないようなオーラで、彼はぶつぶつ何かを言っている。よく聞き取れないけれど、つーことはとか、夢がなんとかとか言っている。
ひとしきり悩むと満足したのか、荒北くんはいくつか夢に関する質問を私に投げかけた。内容の細かい照合というのだろうか、あの時誰がどうしたかとか、どこをケガしたかとか、そういう話だ。
必死に思い出しながら答えて、覚えていないところは素直に覚えていないと伝えた。荒北くんは私が一つ答えるたび小さく頷き、また何かを考えるように視線を彷徨わせる。

結論、やっぱり私たちが見ていた夢は同じだということになった。
内容を確認したが、相違はない。荒北くんも月曜日はりっちゃんが自殺するのを眺めていたし、火曜日はひいちゃんがカレーになるのを見ていたらしい。
水曜日あたりから体が自由に動くようになって、私がガラスをたたいているのを見てもしかしてと思ったそうだ。
木曜日は自分の意思で私を助けてくれたらしく、背中は血を噴いていたものの痛くはなかったらしい。
どちらかというと、それが正夢となってレース中に痛み出したときのほうが冷や汗をかいたと言う。確かに、大切な試合中に身体が痛むのは不安になる。謝るとぶっきらぼうに「お前のせいじゃねェヨ」と言われ、どうにも照れくさくなった。
話を戻す。荒北くんになぜ私を助けようとしたのかと尋ねると、荒北くんはぐっと眉を顰めた。理由なんかない、そういいたいのだろうか。確かに荒北くんは、見殺しにはできなさそうなタイプだ。
今度はどうして私を助けられたのか、と尋ねてみた。が、よくわからないらしい。今度ははぐらかしも何もなく、はっきりと答えてくれた。
コールドドリンクを持っていた理由や、小さくなってバリケードを作った理由はよくわからない。だけど、持っている飲み物が炎に強くなれることを知識として夢の中では知っていたし、私を外出させてはいけないというのは直感だった。……だ、そうだ。

そう、荒北くんは私の妄想や夢の中だけじゃなく、ちゃんと意志をもって私を助けてくれていたのだ。

「ありがとう、荒北くん…」
「別にィ、夢の中なんだから礼言うこたねェだろ」
「夢の中のことだから、夢でくらいお礼言わせてよ。夢の中でも死ぬのはいやだよ…」
「オレだって目の前でお前に死なれたら気分悪ィんだヨ」

こみ上げた嬉しさを照れ隠しで薄めて荒北くんに伝えるのが精一杯だった。自然に緩んだ口元を指で示され「ニヤけてんじゃねーヨ」と言われたので必死に引き締めるが、どうにもこれは難しい。
数十秒後、諦めた荒北くんは大きなため息を付いて別の話を提示する。じゃあ昨日の夢は、なんなのだ、ということだ。
この一週間で起きたイレギュラーなことは二つ。夢を見なかった日曜日と、いつも助けてくれていた荒北くんに殴られた昨晩だ。
日曜日は寝る時間が違ったから夢を見なかった。これは説明が付く。だけど、昨日はどういうことなのだろう。
荒北くんに夢の様子を尋ねると、リーゼントの私を殴ってきた荒北くんは今居る荒北くんではない、とのことだった。
分かりやすく言うと、あれは荒北くんの姿をした別人だという。そうはっきりと語る荒北くんの昨晩の夢は、リーゼント荒北くんが私を殴っているのを遠くから眺めている夢だったそうだ。だからアレはオレじゃない、という言い分らしい。

「それこそ夢でよく言う、潜在意識ってヤツなんだろ」
「私、荒北くんに殴られたがってるの?」
「それかオレが心の中でお前に悪いコトしてるって思ってるかだな」
「…そうなの?」
「さァな」

はぐらかされた。とにかく、あのリーゼント荒北くんは荒北くん自身ではないらしい。
ということは、よかった、私が荒北くんに嫌われているわけじゃないんだね。荒北くんが夢の中で私に対する怒りやらなんやらをぶつけて殴ってきたとか、そういうのではないんだね。
安堵の息を吐きながらそう口にすると、荒北くんは「どォだろなァ〜」とにやにやした笑みを浮かべた。
完全に人をばかにしている。遊んでいる。人が怯えているというのに!助けてくれるときはすっごくかっこいいのに!
荒北くんが私を小ばかにするようなことを言って、私がそれに言い返す。そんな会話を繰り返していると、荒北くんが不意に黙り込んだ。
瞬きした目がどこかを見ている。もしこの部屋が教室だったならば、壁掛け時計がある位置だ。

「あんまり時間、ねェな」
「そうなの?」
「お前さっきからそうなの?ばっかだな」

むっとしたが、言い返す言葉もない。仕方ないじゃん、ボキャブラリー貧困なんだもん。

「……なんで時間ないってわかるんですカ、荒北クン」
「棒読みすんじゃねェヨ。なんとなくそんな気がすんだよ、朝が近ェんだろ。ここも所詮夢だからなァ」
「なるほど」
「醒める前に、とっとと原因考えようぜ。お前、心当たりなんかねェのかヨ」

荒北くんの伸びた人差し指が私の心臓を差す。心当たり、心当たり。
この夢が始まったのは月曜日だ。月曜日、なにか特別なことをしただろうか。
必死に記憶を遡り、特に自室での出来事を必死に頭の中で再生させる。一週間前のこと、三日前の晩御飯のメニューですら覚えていない私に何が思い出せるだろう。
ふわふわとした記憶の中、一つの事柄がやけにはっきりとした輪郭を持って浮かんでいる。そうだ、私、たしか――

「…あ」
「ア?」
「教科書、教科書だ。私、教科書を枕の下に入れて寝たんだよね。それからだ、多分。この夢見るようになったの」

夢に気をとられて、あの日枕の高さを変えたことを忘れていた。
そうだ、私はあの日、枕の高さを変えるために保健の教科書を枕の下に挟んだのだ。それを言うと、「何でソレ忘れンだヨ」と呆れられてしまった。我ながらバカだと思う。どうして今のいままで気づかなかったんだろう、枕もとの下に何かを入れるだなんて、迷信では有名な話じゃないか。
好きな人の写真を入れて眠るとその人の夢を見ることがあるというし、もしかしたら保健の教科書にはそんな効能があるのかもしれない。もしくは、保険の教科書の中の写真に何かがあるのかもしれない。でなければ、他に心当たりがないのだ。

「じゃー明日、それ外して寝てみろヨ。見なくなるかもしんねェからな」
「……外すの?」
「アァ?この夢メンドウだろ、だるいし気分悪ィし、無駄にグロいし」

見るより見ないほうがいい。たしかにそうだ。いい夢かといわれると、殆どが悪夢だと言い切れるものばかりで、ぐっすり何も夢など見ずに眠れるほうがいいにきまっている。
……だけど。

「…そしたら、荒北くんと夢で会えなくなるよね」
「ハァ?」
「え?!あ、声に出てた?!うそ、いやそうじゃなくて、助けてもらってたから、その」

本当なら悪夢なんて見ないほうがいいし、前まではこんな夢見たくないと思っていた。
だけど、だけど……。夢でなら、荒北くんにこうやって会えるから。
現実とは少し離れた校舎、立派なバリケード、そんな場所の中で荒北くんは私を守ってくれるから。
夢で助けてもらったから好きになりました、なんて言えるはずもない。単純すぎるし、アホっぽすぎる。これだけで、これだけで好きになってしまうなんて。
言いよどんでもごつく私に、乙女心がわからない荒北くんは何モゴモゴしてんのと睨むばかりで、私の反応に何も感じていないようだった。当たり前の反応なのに、どうしてか胸が痛む。視界が段々白くなってきて、この空間の終わりを身体に感じた。理屈じゃなくて、もう終わるんだって、なぜか知っている、そんな曖昧な感覚。
消えゆく視界のなかで、荒北くんが口を動かしている。

「別に、一晩だけ外してみろってだけだろ。それに」
「それに?」
「会いたいってンなら、学校で会えるだろうがバァカ」

バァカ、のあとのにやっとした顔。薄い唇がゆがめられたのを最後に、私は目が覚めた。
学校で会える。確かにそうだ。私たちはクラスメイトなんだから、会おうと思えばすぐ会える。会えるんだけど。

「…バカじゃないのか、私…」

夢の中なら二人っきりだからとか、荒北くんに助けてもらえるからとか、そういう不純なことばかり考えてごめんなさい。
枕の下の保健の教科書を取り出して、表紙を睨んだ。今日も一日が始まる。



140408




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