日曜日は徹夜でゲームをしていたからか、夢どころか眠りにつくこともなかった。
昼の10時には眠さに耐えられなくなって眠ったけれど、その時も夢は見ず爆睡、気がつけば夕方だ。
何も考えずに目覚めるのは久々なことで、夕方まで寝ていたせいで一日を無駄にしてしまった気分だけど、何かまた変なことが起きるんじゃないかとか、そんなことをを考えないで生活できたから、悪くはなかったように思う。心身共にリフレッシュ、できたような、できなかったような。


おかしな夢を見始めてもう丸一週間が経つ、月曜日。
生存フラグだと荒北くんを例えたのはいつだっただろう。
その夜、その“生存フラグ”荒北くんに殴られる夢を見た。
広場のような場所、周りは一面お花畑で遠くには山が見える平和な空間。
にも関わらず持っていたお花をばら撒いてしまい、それを見た荒北くん(リーゼントだった)が激昂して、グーで殴ってくるのだ。確かにその花はばら撒いたせいでどれがどれだかわからなくなってしまったけれど、そんなにすることはないじゃんと殴られている割には軽い気持ちを抱いていた気がする。
何度も殴られてボコボコにされて、現実世界なら骨が凹んだり骨折したりするくらいには殴られているはずなのに、不思議と感覚はなく痛くない。
荒北くんは怒鳴り声をあげ怒っていた。だけど、そこに恐怖心を抱くことはない。やめてよとは思いながらも、彼を拒絶したりする気持ちは全く浮かばず、むしろ荒北くんが何かに怯えているようにも見えた。これもまた、幼い荒北くんのように何かを示しているのだろうか。そして、今まで通りのパターンでいくと……私は今日荒北くんに殴られるのだろうか。
ほんの少し警戒心を抱きながら登校し、いつも通りのふりをしながらも荒北くんを意識しながら過ごしていたが、結局その日は荒北くんと特に話すことすらもなく、本日最後の授業を迎えてしまった。

(……あ)

ホームルーム中にだるそうに頬杖を着く荒北くんが目についた。
今日一日も、彼を見るたびにかっこいいなと思ってしまっている。自然な風に見せていたけれど、私は嘘を付いたり隠し事をするのは得意じゃなく、友達にも「もしかしてなまえ、荒北のこと好きなの?」と言われてしまう始末だ。
ここ数日助けてもらってばかりだからか、何もしていないのにかっこいいなという思いだけが段々増している。
潜在意識って恐ろしい。私の夢を見せている部分が、荒北くんのことを好きになるようにし向けているような気がしてきた。……んなわけないか。


置き勉派の私はいつもロッカーに教科書をぶちこんでいる。
机の中でもいいのだが、中学の時にロッカーに置かれている教科書の盗難が流行っていたため、なんだか鍵がかかっていないと不安なので、毎朝ロッカーから一日分取り出して使っているのだ。
今日はいつもに増して教科書が多い。なんとかロッカーのある教室外まで運び込んだが、気が緩んだのか、ばさばさとなだれ落ちてしまった。
最悪だ。面倒くさい。
申し訳程度に残った薄いワークをロッカーの上に置いてから拾い始めた。
思ったより広がってしまったらしい。しゃがんだまま、少し遠くに落ちた教科書を拾おうと手を伸ばすと、それは誰かに拾い上げられた。

「ありが…荒北くん」
「だァれがありが荒北くんだヨ」

教科書を拾ったのは、荒北くんだった。思ったより近い距離に驚いて、不自然に退くと、ぴくりと荒北くんの眉が上がる。
少し怯えたまま教科書を受け取って、拾った分とあわせてロッカーに無理矢理詰め込む。
うわ、と声が聞こえたけれど無視だ無視。
妙にうれしくなってしまう気持ちを押さえ込むように、ロッカーのドアを勢いよく閉めた。閉まる前に教科書が雪崩れそうになっていたけれど、知らないことにする。きっと次にあけるときにはザササと流れてくるだろう。
荒北くんも置き勉派なのかな。苗字を呼ばれて見上げると、手が伸びてきた。
デジャヴ、頭の中からすっかり抜けていた夢の内容を思い出し、殴られるような気がしてとっさに目を閉じた。
手で頭を庇うように構えたけれど感覚はなく、ぎゅっと瞑った目を恐る恐る目を開けると、荒北くんはぶっと盛大に吹き出した。

「ッハ、殴られるとでも思ったのかヨ!」

ゲラゲラと笑う荒北くんに、勘違いしたことに対する羞恥がこみ上げてくる。真っ赤な顔で否定の言葉を口にするけれど、荒北くんはまるで聞いていなかった。
そうだ、私は夢を見たからとっさに構えたけれど、荒北くんは何も知らないのだ。知っているはずがないのだ。
だけど、私の口からは自然に言葉が滑り出ていた。抑えることも疑問に思うこともなく、それは廊下に広がって荒北くんの耳にまで届く。

「だって、今日夢で荒北くんに殴られて……」
「あれはオレじゃ……ア?」
「え?」

笑い声が止み、私の慌てた声も止む。一気に静かになった廊下が私の顔の火照りを冷やし、違和感を浮き彫りにする。気づかなければいけないことがあると私の中の何かが言う、おかしいのだ。
私は『今日夢に荒北くんが出てきて、私を殴ったんだよ』という意味合いでその言葉を伝えた。
そこからは普通なら、「なんつー夢見てんだヨ」とか「お前の夢にオレが出てきたのかヨ」とか言うところなのに、荒北くんは『あれはオレじゃない』と言いかけた。
これじゃまるで私の夢に荒北くんが出ているのを荒北くんが知っているみたいだ。まるでじゃない、彼ははっきりと「あれはオレじゃない」と言った。あれってのは当然、夢に出てきた荒北くんのことで。夢の中の荒北くんが本物の荒北くんでないのは当たり前だけれど、本当の荒北くんじゃないなら私がそういう夢を見たってことも知らないわけで。

……お互い理解できていないのか、目を見合わせた。

「…あ、荒北くん。違ったら、違ったら全然いいんだけどさ……。さ、最近変な夢見ない?」
「夢なんて全部変なモンだろ。例えば?」
「……学校が燃えてたり、バリケード作ったりする…夢とか」

賭けのような気持ちだった。ここで笑い飛ばせればそれでいい。もしかしたらちょっと気になる荒北くんと仲良くなれるかもしれないし、会話のネタになる。こんな夢を見たんだよ、って。
だけど、もしかして、もしかすれば。
私が頭に浮かべたのは、
『夢を共有している』ということだった。

またテレビで得た知識で申し訳ないが、ごく稀に他人と同じ夢を見る現象が起きることがあるらしい。
双子や親子に多いらしいけれど、私たちは他人で、ただのクラスメイトで、友達というには少し遠い。
だからそんなわけないと、意味わかんねーと一蹴してくれればよかった。
の、だけど。

「苗字チャンって夢は結構はっきり覚えてるタイプ?」
「はっきりっていうか…最近は変な夢、よく見るから」
「宝くじ当たって、クラスメイトに追いかけられたりとかァ?」
「そうそう、よくわかったね…って、え」
「やっぱりネ」

やっぱりね、じゃなくて。
荒北くんはにやりと笑っている。
もやもやしたものが一つの固形になるように、すっぱりと何かがそこに収まった。
荒北くんは確かに私の夢を知っていて、私の夢を見ている。
つまり、夢を共有している。

「そっ…そ、それって……ど、ういう、」
「そういうことォ。信じられないってんなら、今夜話してやってもいいぜ」

ロッカーを私よりも乱暴に閉めた荒北くんは、私に疑問をたくさん置いて廊下を歩いていった。
荒北くんの口ぶりからして、きっと夢を共有しているだけでなくて、お互い自由に動けるようになっているんだろう。
じゃなきゃ、今夜なんて言わない。電話番号はお互い知らないし、連絡手段もない。
話すっていったら、非常に非現実的だけれど、夢の中だということで。

「…うそでしょうそでしょ」

私を助けてくれる荒北くんは、どうやら私の妄想の産物ではなかったらしい。
割れた背中、コールドドリンクを投げ渡す手、抱きついてきたときの瞳を思い出して、風の通る廊下で一人赤くなっていた。


140407




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