金曜日。長かった平日がやっと終わる日。学生にとっては、四日間ずっと待ち望んだ日だ。 そして私はこの日を他の学生以上に待ち望んでいた。だって、変な夢を見るようになってから、学校の知り合いがあんなことやこんなことになってしまっているから。 何か変なことが起こる前に、とっととぱぱっと一日を終わらせてしまいたい、その一心だった。 今日の夢は、学校が燃えていた。 出火の原因は何だっただろうか。今日の夢は普段に比べると記憶がぼんやりしていてあまり覚えていない。 ただ覚えているのは、火事のなか平然と校舎を歩く荒北くんに『コールドドリンク』なるものをもらって、火に怯え汗をかき怯えていた私はそれを飲んで助かったということだ。 コールドドリンクという割には見た目はコーラそっくりで、味はというと見た目を裏切らないくらいにはコーラだった。 確かに冷たかったし、自動販売機なら『つめた〜い』に入っているだろう。だけど本当にただの冷えたコーラという感じで、それなら冷たいコーラでいいじゃないか、何がコールドなんだと思っていたら、飲み干すとあら不思議。周りが火に囲まれていても全く熱くなくなったのである。 不思議なことに服に火が燃え移ることもない。道を知っているという荒北くんについていくと、火がやけに落ち着いた玄関口までたどり着いた。そのまま二人で校舎を脱出し、無事生還だ。 今回は珍しく痛々しくないし人の死なない夢だと楽観視していたが、よくよく考えてみれば学校が火事の時点で大惨事じゃないか。 人が死んだかはわからないけれど、私の目が届かない場所では死んでいるかもしれない。まぁ、夢なんだから私の見えないところなら何が起きても大丈夫なんだけど。五日目になると感覚も麻痺してくるらしい。 寝坊して普段より少し遅めに学校へ行くと、荒北くんの席は既に埋まっていた。 平然と頬杖をついているから、特に大きな怪我はなさそうだ。とりあえずまずは一安心と息を吐いた。 荒北くんの顔をまじまじと見てしまったのは、わざとじゃない。今までなんとも思っていなかった彼のことがちょっとだけ、ほんのちょっとだけかっこよく見えてしまったのは、連日続く夢のせいだろう。 今まで荒北くんには申し訳ないがあまり興味がなく、この一年、クラスメイトとして生活していても深く関わることはなさそうだと思っていた。まず話すキッカケすらなかったし、相手のことをよく知ることもなかったのだ。 だけど、二夜連続で助けられる夢を見ると、どうしても……意識してしまう。 目つきは悪く鋭いのに女子かよと言いたくなるくらい長い下睫毛につい目がいって、ついじっと眺めてしまっていたようだ。向こうもそんな私に気づいたのか、ぐっと眉を顰める。どう考えても私が悪い。不審者だ。 目をさっと逸らしたが、ごまかしは利かない。無駄だった。 「人の顔ジーっと見て、何か用かヨ、みょうじチャン。」 「え、用っていうか、あー…その、昨日」 「昨日?」 「そう、昨日!どうして休んだのかなって。」 流石に夢で助けてもらってかっこいいなと思ったので眺めてました、とバカ正直には言えない。言えるわけがない。 そんなことを言ったら本当に不審者扱いされてしまうし、気持ち悪いと思われて次に夢の中で会ったときに助けてもらえなくなるかも、なんて。 咄嗟のごまかしとはいえ、昨日の欠席については本当に気になっていたし心配だったため尋ねると、荒北くんはどうみても怪しい私に疑うそぶりも見せずに答えてくれた。「大会」と、簡潔に。 確か荒北くんは、自転車の速さを競うスポーツをしているんだったか。大会って普通は休日にあるものだと思っていたけれど、そうでもないらしい。 フクチャンという人をゴールまでヒいて、優勝したんだと言う。 正直フクチャンって誰だよ、ゴールまでヒくってどういう状態だよ、と疑問だらけだが、ここで聞き返すのも面倒なのでうんうんと頷いた。テレビで「男の話はとりあえず頷いとけ」って言ってたし。 「…わかってねェだろみょうじチャン。」 バレていた。 「と、ところでさ、荒北くん」 「ナァニ?」 「背中とか…昨日、痛くならなかった?」 一番気になっていた、夢に関することをそれとなく尋ねてみる。怪しまれないだろうかと思ったが、荒北くんの眉がぴくと動いた。心当たりがあるらしい。 「……昨日レース中に突然裂けるみてェに痛くなったな、そういや。」 「やっぱり」 「何?みょうじチャンなんか知ってンの」 「い、いやいや!滅相もございません」 荒北くんの探るような目に居心地が悪くなり、目線を逸らして口角を上げていると、荒北くんはありがたいことに詮索を諦めたのか、舌打ちをしてカバンの中を弄り始めた。ちらりと覗き見したそこは男子高校生らしく色んなもので散らかっている。 程なくして出てきたのは茶色の液体の入ったペットボトルだった。まさかコールドドリンクじゃ、と思ったが、ラベルには一部で有名なコーラのラベルが貼られている。なんかテレビで見たことある気がする。 それが綺麗に弧を描いて投げられ、私の手の中に納まった。 「これやるヨ」 「え、なにこれ」 「自販機でベプシ買ったらなぜかコレ出てきて、オレベプシ以外のコーラ飲まねェからやる。」 やると言われましても、私コーラ好きじゃないんですが。 そう言って飲めないからと返品しようかと思ったけれど、なんとなくこのコーラがコールドドリンクに見えてしまい、付き返すことができなかった。 悩んでいる間に先生が来て自分の机へ戻ると、荒北くんは頬杖をついてどこかを眺めている。 (かっこ…いい、のかなぁ?) 万が一火事が起きたらコレを飲もう。助かるかもしれない。 …なんちゃって。 家に帰ると、不思議なことに鍵があいていた。 ドアを開けて玄関に入ると黒いパンプスが脱ぎ散らかされていて、珍しくお姉ちゃんが先に帰宅しているのだなと察する。ちょっと、心の準備がいるかもしれない。深呼吸をしてから、リビングへと入る。 「ただい…どしたの」 「あーもう…なまえか…ハァ」 パンプスが揃っていない時点でそんな気がしていたが、えらくご機嫌斜めな模様である。 朝時間をかけてセットしていった髪はグチャグチャで、彼氏に買ってもらったというネックレスは適当に投げられていた。高いのに、これ。 定期的にくるお姉ちゃんのイライラタイムだ。うちのお姉ちゃんは、普段人ができている分突然イライラして家の中で暴れまわったりする。 最初のうちはお母さんも怒鳴っていたが、これが彼女のストレス発散方法なのだということで今は放置されていた。 正直、この時期のお姉ちゃんに絡むのはめんどくさいのだ。 散らかった部屋にため息でもつけばカバンが飛んでくるだろうし、でかかったそれを喉の奥にぐっと押し込む。カーペットに寝っころがったお姉ちゃんの瞳は涙で濡れている。 「ほどほどにね。これあげるから機嫌直して。」 ……お姉ちゃんの怒りの炎は、コールドドリンクで収められるのだろうか。 荒北くんに貰ったコーラをお姉ちゃんに投げた。顔にぶつかったらどうしようと思ったが、仰向けに転がったままでも持ち前の反射神経でお姉ちゃんはそれを掴んでみせる。 もらっておいてなんだと思われるかもしれないが、帰る前に一口飲んだところ…正直不味かったのだ。 なんともいえないあの風味。どこかで嗅いだことはあるけれど決してコーラではないあの香り。 お姉ちゃんが飲まなかったらお父さんかお母さんか、最悪捨てるかと思っていたけれど、お姉ちゃんは一口飲むとお気に召したらしく機嫌よくガブガブ飲んでいた。元から炭酸好きなのもあるが、この味がどうやら好みだったらしい。 心の中でお姉ちゃん対応だったコールドドリンクをくれた、今自転車に跨っているであろう荒北くんにお礼を言った。 140328 <<>> 戻る |