宝くじの一等が当たる確率というのは、交通事故に遭う確率に近いものらしい。
お母さんの暢気な、「宝くじが当たったわよ」の声を聞いて、そういうことを考えてしまったのは一種の現実逃避というものだろう。
渡された紙の切れ端には0がたくさん並んでいて、見るだけじゃいくつあるのか数え切れないほどだった。右端からイチジュウヒャクと数える前に、舞台は家から学校へと切り替わる。
この急な場面転換はどう考えても夢の中だ。変な夢生活四日目、慣れてきてしまっている自分に苦笑が漏れる。
夢の世界の舞台が教室になるのは、初日以来だ。パッと見た感じでは、現実世界とは全く変わらないのに、違和感を覚えるのはクラスメイトの私を見る目が獣のようにギラついて、敵意や殺意がそこに篭っているように見えるからだろうか。虚ろで焦点の合っていない目は、どこかで見たことのあるような。

「なまえ、それ、あたったの?」
「いいなあ」
「ね、わたしにちょうだい」

私の手には、いつの間にかさっきの紙の切れ端が握られていた。差された指にを見て、『それ』というのはこの紙のことだとすぐに理解することができる。
ピンク色の、春の新作なんだと嬉しそうに自慢してきたグロスの塗られた唇がにやりと歪み、夢の中では死んでしまったはずのりっちゃんの言葉を合図にして、クラスメイトが襲い掛かってくる。
手の中の紙のゼロの数を数える暇なんてなく、等間隔に並んだ机がクラスメイトの足止めをしているうちに、逃げるように一番近い教室後ろのドアから飛び出し、廊下を全速力で走り抜けた。
他の教室には人気が無く、私の教室にだけクラスメイトが揃っているようだ。私の夢の中故に、私の記憶から構成されているからか、窓から見える他の教室の中身はぼんやりしていて曖昧だ。
階段を駆け下りて、踊り場を回りそこから一気に12段飛び降りた。上手く着地できなかったせいか、足首に響くような痛みが走ったが、気にしている暇はない。
階段脇に控える角を曲がり再び走り出そうとしたとき、私の身体は何かにぶつかり、勢いよく跳ね返った。

「っ、」
「アァ?」

床に尻餅をつき、咄嗟に出かけた謝罪の言葉を言うよりも早く腕を捕まれ、乱暴に立ち上がらせられた。
顔を見なくても、声だけで誰なのかということはわかる。こんな特徴的な話し方をするのは同じクラスの荒北くんしかいない。
見詰め合っていたのは3秒ほどだろうか、後ろから追いかけてくる大きなたくさんの足音に気づくと、すぐにその場を離れなければと頭の中で警鐘が鳴る。
捕まれたままだった腕を振り払おうとするが、当然力では叶わない。近づいてくるクラスメイトたちの足音に焦りを覚え、力いっぱい腕を振る。

「っ、離して!」
「ンでだよ!何から逃げてンのォ?」

私を睨みつけるようにしてそう言った荒北くんが、さっきのクラスメイトとは明らかに空気が違うことに気づいた。普段と変わらないというか、なんというか、生気があるのだ。
襲ってきたクラスメイトたちは、映画に出てくるゾンビのような雰囲気を纏い、明らかに敵意を持ってぬらりぬらりと歩いてきた。
だけど、今目の前にいる荒北くんは、クラスで見かけるのと全く同じ様な姿だ。ぶっきらぼうで、目つきが悪くて、言葉も鋭い。だけど、誰よりも頼りがいがある気がして。
…もしかして、荒北くんなら助けてくれるのだろうか。そんな考えが私の頭に浮かんで、一つの案として確立する。
他に手段は選んでいられない。逃げていても、体力があまりない私なのだから、追いつかれて終わりだ。
この紙を捨ててしまえば逃げ切れるのだろうけれど、それじゃダメな気がする。縋りつくように、掴まれていない腕で彼のシャツを掴むと、荒北くんがうろたえて一歩足を引いた。

「おねがい荒北くん!かくまって!」
「ハァ?!」

はいだのいいえだのの返事が帰ってくる前に、ドドドと大きな音を立ててクラスメイト達が階段を駆け下りてくる音が築20年ほどの校舎に響いた。踊り場をはさんですぐ向こうには、もう数十名のゾンビ状態のクラスメイトがいるのだろう。
恐ろしさから申し訳ないとは思ったが、咄嗟に荒北くんを盾にしてサッと背中に隠れると、小さく舌打ちが聞こえた。後ろ手にまた腕を引かれると、荒北くんの前に招かれる。
まさか見捨てられるのだろうか、でも荒北くんに私を助ける義理はないし。縋るような思い出その横顔を見つめていると、階段を背にするようにして、突如身体が抱きしめられる。
かくまってくれているのだと思う。この状況じゃなければ可愛く悲鳴を上げてドキドキして、「急なことに頭が付いていかない!」なんて思うのかもしれない。
だけど今はそれどころではないし、まずこれは夢の中の出来事だしで、頭の中は自分が思っている以上に冷えていた。
クラスメイト達が降りてくる。荒北くんが壁となっているせいで私が見えなかったのか、彼らはそのまま私が行こうとした曲がり角を進んでいった。
正気でないクラスメイトの振り回された腕が当たったのか、荒北くんが「イッテ」と声をあげ、目を細める。
クラスメイトも去ったし平気だろうと荒北くんの胸から顔をあげると、背中から血が噴出しているのが見えた。突然のことに思わず目を閉じたが、ぽたぽたと顔に赤色が滴る冷たさに、再び目を開いた。
血液が抜けて力が入らなくなってきたのか、荒北くんが段々私にもたれかかってくる。だけど私の身体を抱きしめる腕だけは一向に緩むことがなく、私は崩れ落ちた荒北くんの身体を支え続けていた。
階段の壁が真っ赤に染まり、付かれきった私と血液を失った荒北くんが倒れそうになったところでようやく目が覚める。ベッドの上で吐いたため息は、過去最大級に大きい。

「…」

どうして私の見る夢はこうもグロテスクなのだろうか。
もうすこしファンシーでデフォルメされた表現にしてくれればいいものの、内容は意味不明なくせにこういう血みどろなところだけやけにリアルだ。気分が悪い。
どくどくと荒北くんの体から血が流れていく感覚は私の手にまだ残っているし、細められた視線を受けたときの感覚ですら、まだ思い起こすことができる。それから、真っ赤な血しぶきも。いずみちゃんの夢もグロテスクさでは中々だったが、今日の夢はあまりにも直接的だった。今まで見ることがなかった血が、残虐さに拍車をかけている。
目覚めたときの心拍数も、今までで一番速いだろう。だけど昨日と違い、その理由は恐怖や焦りだけではないことに、なんとなく気づいてしまっていた。

「こういうのって、不謹慎…っていうべきなのかなあ」

今更ながら、夢の中で抱きしめられたことを思い出して。
ときめきというか、照れというか。あんな夢を見てしまったことが、ただただ荒北くんに申し訳なかった。



学校へ行っても、荒北くんは居なかった。
いつもはチャイムが鳴る少し前には教室にいるのに席は空席のままで、先生が気にしている様子もないところから届出済みなのかもしれない。
普段は荒北くんが居ようが居まいが全く気にすることなんてないのに、何かあったのだろうかと心配になってしまうのはあんな夢を見た後だからだ。
背中を怪我したりしていないだろうか。守ってもらった挙句に怪我をさせてしまったら、申し訳がなさすぎる。私の夢に出たからといって、怪我をするという確証があるわけではないけれど、可能性はゼロではないのだ。
ちらちらと空席にどうしても目がいってしまうのは、怪我をしていないか心配だ、ということだけではなく、また別の意味もそこに重なって、深く重みをかけていたりする。
夢の中だとはいえ、私のことを身を挺して守ってくれたのだ。気にならないという方がおかしいと思う。この気になるはもちろん「気になる人」の気になる、だ。
あの出来事は私の空想世界の中に過ぎないというのはよく分かっている。それは重々承知の上だけれど。
実際に現実の世界であんな状況になっても、きっと荒北くんは「ハァ?」と言って取り合ってくれなくて、その隙に私は殺されてしまうんだろう。
こんな言い方をしてしまったが、これは荒北くんが悪いんじゃない。立場が逆になって、私がクラスメイトに「かくまって」と突然言われたとしても、きっと頭にはてなをいっぱい浮かべて混乱して、そのままその人は殺されてしまうだろうから。
だからこそ、夢の中の荒北くんはとてつもなくかっこよく見えた。話を聞かずに守ってくれたのだ。私のつまらない空想に登場させてしまって申し訳ない、荒北くん。
今どこに居るのか知らないけれど、どうか背中だけは気をつけてほしい。大切な身体なのだから、血を噴出したりするような怪我がないように。


余談だが、その日の放課後私は帰り道で1000円札を拾った。
だからといって周りの人が襲ってくることもない。近くにあった交番に届けておしまいだ。
何が言いたいかというと、今日も結局夢にかすっていた、ということだ。


140315




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