懐かしい夢を見ていた。あれは確か…1年の頃だったかな。 体を起こすと、すぐに違和感を察した。違和感というか、世界がおかしい。 夢から醒めたと思っていたけれど、そんなことはなかったらしい。 明らかに異常なこの空間は、夢の中だ。ためしに頬を引っ張ってみる。…痛くない。 隣を見ると、荒北くんが横たわっている。死んでないだろうか。 ゆさゆさと揺らすと薄らと目をあけて、起き上がった。よかった、生きている。 「ここどこだヨ」 「わかんない…多分夢」 「ハァ?オレさっきまで寝てたんだケドォ?」 「私もさっきまで寝てたんだけどぉ?」 「真似すんじゃねェ!」 立ち上がった荒北くんに怒鳴られた。真似したくらいでそんなに怒ることないのに。 伸ばされた手を掴んで勢いよく立ち上がる。この空間には、なんとなく見覚えがあった。 白い床。空は黒くて、奥が見えない。 今日の朝の夢の空間とそっくりだ。荒北くんも察したのか、警戒している。 だけれど周りは見渡す限りの白色で、端が見えないのだ。警戒しようにも、どこから何がきてもおかしくない状況だ。 なんだか怖くて、ぐるぐると回った。が、それが悪かったらしい。 足音を察知したときにはもう遅い、気がついたら目の前には牙を剥いた獣がいて、飛び掛られていた。 「ッチ」 「ぎゃ!」 荒北くんに抱き寄せられて、色気のない声が出た。心臓はドキドキバクバク。一応言っておくが、これは恐怖と驚きでだ。 前にも似たような状況はあったけれど、喜んでいられない。命の危機に晒されたのだから。 「な、何今の」 「…犬だな」 勢い余って床に頭をぶつけたのか、私に飛び掛ってきた獣――犬は、白目を剥いて倒れていた。 少しかわいそうな気もするが、私の命を狙ってきた子なので、迂闊に近づけない。 犬が走ってきた方向を見ると、さっきまでは何もなかったそこに階段が現れていた。 他には何もない。この犬も、いつ復活するかわからない。道は一つだ。 階段は幅1mほどだが、左右には壁も何もなかった。 例えるならば、『RPGの落ちたら死ぬ部分』だ。底は当然奈落。夢でみたあの場所と、やはり同じところらしい。 荒北くんが先に歩いて、私がそれについていく。 階段は長く、らせん状になっているわけでもないのにどこまでも続いている。 会話しようかと荒北くんに話しかけても反応が悪い。どうやら、物凄く周りを警戒していてそれどころじゃないらしい。 この状況で気楽でいられる私がボケているのだろうか。一抹の寂しさを覚えながら、ただただ着いていく。 突然荒北くんの足が止まって、距離が近づいた。何かあったのだろうか。 どうしたのと言う前に振り返って、口に指をあてられた。しー、黙ってろのサイン。 荒北くんの背中を避けるようにしてその先を見ると、踊り場のように広くなった場所があり、そこで階段が折れ曲がっている。 それだけならやっと中間地点かと喜べたのだが、そうじゃない。そこにはまた、獣がいた。 しかも今度は大きい。横幅は、ギリギリこの階段に収まるくらいだろうか。 幸い今は眠っているようで、大きないびきを立てている。つまり、起こしたらDEAD ENDだ。 足音を立ててはいけない。暗黙の了解に頷いて、忍び足でそこを通った。 音が鳴ったら即終了のこの状況で、私の精神力はゴリゴリ削られた。 特に獣との距離が50cmもなかった時なんかは、今コイツが起きて一口パクリとすれば私の足は私の体とさようならするんだなと考えると心臓がとてつもなく速く動いて、その音だけで起きてしまうのではと思ったほどだ。 甲斐あって踊り場を二人とも潜り抜け、息を吐く。油断したのがいけなかった。 折れ曲がった階段4段目。まだ踊り場からは遠くない。この場所で、私は足を踏み外してしまった。 ヤバイと思ったときにはもう遅い。いびきが止まったのを聞いて、全速力で階段を駆け下りた。 もちろん左右に落ちたらDEAD END。追いつかれても同じだ。 大きな体の割に獣は落下を恐れずものすごいスピードで追ってくる。 荒北くんはさっさと降りていくけれど、私はドン臭いのか焦りでそれどころじゃないのか、上手く階段を下りられない。 獣がぐるると鳴いて、思った以上に近くにいることを知った。 思わず振り返る。振り返ったら、速度が落ちると分かっていたのに。 大きな口が目に入って、腰が抜けた。獣は目の前で、にたりと笑う。 「みょうじチャン!」 荒北くんが私の名前を叫んだ。それどころじゃない。 また一つ獣が大きく口を開けて、私に近づいた。 死を直感する。首から食われて死ぬんだ。手足が震えてどうにもならなくなって、思わず目を瞑った。 何かのぶつかった音。ギャンと大きな声。落下の感触。 目を開けるとそこには獣の姿がない。ぎぎぎと鈍い動きで振り返ると、片方靴を履いていない荒北くんが居た。 「…ら、きたくん」 「ッテメ!何やってンだよマジで!死ぬかと思った!死ぬかと!」 しゃがみこんだ私に視線をそろえた荒北くんに、思わず飛びついた。 バランスを崩して一段腰を落とす。左右に壁のない状況で、落ちたらどうすんだと怒鳴られたけれど、涙で返事ができない。 「荒北くん、ほんとありがとう。荒北くん、荒北くん」 「っセーな!お前のせいで寿命縮んだだろうが!」 「荒北くん…」 「服に鼻水つけんじゃねェ!」 結局私は泣き止むまで座り込んで荒北くんに抱きついていた。 うぜェ泣くなと言いながらも荒北くんは頭をなでてくれて、手馴れた動きから妹かなにか居るのかなと察する。 顔を埋めたブレザーは自分じゃない匂いと汗のにおいが少し混ざっていて、ドキドキした。釣り橋効果は、今更いらない。 <<>> 戻る |