今までの夢は、荒北くんとの対話を除き多少の違いはあれど自分の記憶にある場所だったけれど、今日はどうやら知らない場所らしい。
夢の中の場所なんて正直どこでもいいと思っていたけれど、これは勘弁してもらえないかな。まず思ったのはそれだった。

宙ぶらりん。一本の紐が垂れていて、私はそれを握っている。
下は奈落。真っ暗で底が見えない。
見上げると白い壁で出来た崖になっていて、その上にはピンク色の椅子と誰かの足が見えた。
このピンクには見覚えがある。あの日の荒北くんの椅子だ。
となると座っているのは荒北くんか。落ちない程度に体を逸らして見ると、予想は的中した。
ただし、違うところが一つ。荒北くんの首に首輪のようなものが着いている。
首輪は木製で、二重になっているのかと思ったら、左の一点だけくっついている。
右はスカスカで、荒北くんの首がなければ紙くらいなら通りそうだ。
それだけならいいのだが、首輪からは右に銀色が伸びていた。
中世ヨーロッパでよく用いられたとかいう、ギロチンというものをご存知だろうか。
あれをちょうど横向きにしたような金属が荒北くんの右から荒北くんの首を狙っていた。
それには紐が伸びていて、荒北くんの首を回ったあとに後ろの柱を伝って上に伸びている。
そのヒモを引けば荒北くんの首がチョンパ、という仕掛けになっているのだろう。
だけど、周りに人はいないしそれを引けるのは荒北くん一人だ。
誰かに殺されるわけではないのだろう。ひとまず安心したところで、腕が疲れてきた。
よくみるとその紐はもう一本に続いていて、それは崖の下に伸びている。
もしかしてこれ、私が握っている紐なんじゃないか?いや、そうだ。間違いない。
仕掛けを理解して、冷や汗が背中を伝った。なんて恐ろしいものを用意してくれたんだ。
荒北くんは椅子に座っていて、一本のヒモをひくことができる。
それを引くと私の紐が持ち上がって、崖のヘリに手が届くようになるため私が助かることができる。
しかし、それを引くと荒北くんの首がチョンパだ。ようは、どちらかが生き残るためにはどちらかが死ぬしかないのだ。
荒北くんが紐をひかなければ、いずれ私は力尽きて手を離す。
だけど、私を助けようとすれば荒北くんが死んでしまうのだ。

「あ、荒北くん!」
「っせ喋ンな!響くんだよ!」

下は奈落だというのに、声はよく響いた。
目線だけで下を向いた荒北くんは首が固定されているので俯けない。
荒北くんは待ってろ、というと頭上の紐を掴んだ。少し引くと、待ってましたとばかりにギロチンが動き出す。
引いた分だけ近づくらしく、私の体もその分上へ持ち上がった。

「あああああらきたくん何してるの!」
「何って、お前そのままじゃ落ちンだろ」
「いやいやそれ引っ張ったら荒北くん首なくなるよ!?荒北くんは人間だから首がなかったら生きていけないんだよ!?」
「それくらいわかってンだよ!つーか夢なんだから死ぬわけねェだろ!」
「わかんないよ!ていうか夢でも荒北くんに死なれたら困るし、私前テレビで見たよ、夢の中で死んだと思い込んだら本当に死んじゃうことがあるんだって!」
「テレビの話真に受けるてンじゃねェよ!すぐ引くから暴れンな!」
「ダメだって!」

ギロチンが荒北くんの首にぴったりとついて、筋がひかれた。
このままじゃ本当にチョンパしてしまう!想像するだけで血の気が引いた。
私が荒北くんを助けると決めたのに、どうして逆の立場じゃないんだろう。
下を見る。何度見ても、底は見えない。
足元から襲ってくる寒気から、これを離したら死んでしまうのだと悟った。
夢の中だ。大丈夫。死なない。
荒北くんがなにか叫んでいるのをシャットアウトして、自分に暗示をかける。
それから、ゆっくりと手を離した。




目覚めたのは、普段より一時間早かった。
手と何かが震えている。振動源は枕元。マナーモードに設定されたケータイだ。
なんだったんださっきの夢は。荒北くんは大丈夫なんだろうか。
目覚めたばかりの割に覚醒した頭でケータイを開くと、東堂くんと記されている。
東堂くん?たしか、一年の頃同じクラスでなぜか連絡先を交換した男子だ。
まだ6時。特に親しくもなかったけれど、こんな時間になぜ?
電話はなかなか切れなくて、もしかしたら緊急事態なのかもとコールボタンを押した。

「もしも」
「もしもしみょうじチャァン!?」

思わずケータイを耳から離した。東堂くんの高い声を予想していたのに、朝からこれは耳に悪い。
声の主は、さっき紐をひいていた荒北くんだった。ものすごい剣幕だ。
さっきのアレで、怒らせたのだろうか。
落ち着いてもう一度、もしもしと言った。

「生きてンの?」
「あたりまえじゃないですか…」
「っハァア…」

荒北くんは私の声を聞いて、盛大なため息を吐いた。
ため息をつきたいのはこっちだ。朝からなんだというのだ。あんな夢を見たからって、夢は夢だというのに。

「感覚がヨ、完全にお前が死んだときのだったんだヨ」
「…ふあ?」
「起きてすぐに、絶対死んだと思った。今までとは匂いが違ったんだヨ」

夢には匂いなんてなかったけど、という突っ込みは無視された。
人一人がいなくなったようなリアルな喪失感がして、荒北くんは心配になったのだという。
人がいなくなった気配なんて私にはわからなかったし、まずなんで東堂くんのケータイからかけてきてるのかもよくわからなかった。
ケータイについては、よくよく考えたら私たちは連絡先を交換していなかったということを後で気づくのだけど。

「アー、みょうじ。家ハコガク近いんだよなァ?」
「え、まぁ徒歩通学ですが」
「どの辺りなんだヨ、小田原?」
「え?」
「迎えに行く。そんとき連絡先教えろヨ」

む、かえに?
耳を疑った。誰が?荒北くんが?ここに?なぜ?そんなに心配なのだろうか。
言われるがままに家までの簡単な順路を説明すると、頭の中で整理できたらしくすぐに行くと言って一方的に電話を切られてしまった。
機械的な音しかしなくなったケータイをベッドに投げて、立ち上がる。
来るならきっと、自転車だ。時間は5分もあれば十分だろう。




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