嫉妬する話




「おかえり塔一郎」
「ただいま、姉さん」

夏が近づいているといえど、7時になればもう暗い。
弟の荷物を預かってからご飯できてるよと声をかけた。

「今日の夕食は姉さん?」
「うん、お母さん残業だってさ」

豚カツとサラダと味噌汁。運動部の弟のために、バランスの悪くない食事を作る。
家庭科の授業を熱心に聞くようになったのは、弟が本格的な体作りを始めてからだ。
少し前までは肉のついていた体も、今では立派な筋肉に包まれている。
そういうフェチではないけど、わが弟ながら惚れ惚れした。
味噌汁を少し温めてからお碗に入れてから、ご飯を自分でよそって欲しいと頼むと、私の分までお茶碗を出してくれる。
姉さんはこれくらいでいいよねと自分の半分ほどはいったお茶碗を見せてから、それを机へ持っていった。

「ありがと」
「いえ、食べましょう」

二人していただきますをして、お箸を持った。
姉弟同じ学校に通っていれば、食事中には当然学校の話題になる。
特に、お互いの共通の知り合いの話は盛り上がるもので、塔一郎は同じスプリンターの新開くんの名前をよく出し、私は三年間同じクラスで出席番号も前後の荒北の名前を出していた。
「新開さんのスプリントがすばらしい」「でもお菓子は食べすぎじゃないか」
そういう話。

「でさ、そのとき荒北が」
「…ねえさんって」

その日は珍しく、人の話はちゃんときく塔一郎が話を遮った。
何か気に障ることでも言ったのだろうか。言葉をとめて、首をかしげる。

「姉さんって、もしかして荒北さんのこと、好きなんですか?」
「…え」
「よく名前を出すし、楽しそうだし」

少し怖い顔をして、塔一郎は言う。
こんな顔をしてるのを見るのはレースのとき以来で、私に向けることなんて本当に滅多にない。
もしかして、荒北のことが嫌いなんだろうか。
先輩を嫌うよりは慕うタイプの子だからそんなこと考えもしなかった。
多くもないが信頼できる友達もいるみたいだし、まさか塔一郎に嫌いなタイプがいるなんて。

「荒北はいいヤツだよ。ちょっと怖いけど、優しいし。塔一郎嫌い…なの?」
「嫌いじゃあない…けど」

塔一郎が目を伏せた。私より長い睫毛がうらやましい。
割とはっきりした子なのに、もごもごしている。顔を覗き込むようにすると、こちらを向いた。

「荒北さんのことは嫌いじゃないし、勿論尊敬してますよ。けど、姉さんがあんまり楽しそうに話すから…」

ちょっと妬いたんです。
申し訳なさそうに言うこの弟を、どうしてやろうか。
こんなかわいいことを言われてただでいられるお姉ちゃんがこの日本にいるか?いや、いない。
お箸をおいて、隣に座る塔一郎に抱きついた。焦っているところもかわいい。あー、弟ってかわいい!

「なにもう塔一郎!おねえちゃんが荒北にとられるって不安になったの?もー、かーわーいーいー」
「ちょっと姉さん、やめ」
「大丈夫だよ!お姉ちゃんはちゃんと塔一郎のことが一番好きだからね!」

幸せな気持ちでいっぱいになってしまった。本当にかわいい。
逃げるように風呂へ走った塔一郎の食器を片付けながらも、ゆるむ口は戻らなかった。









「おはよー荒北、んふふ」
「オハヨ…って何キメェ顔してんの?」

翌朝、昨日の弟のかわいさを思い出しながら登校すると、珍しく朝練を終えた荒北が既に席に座っていた。
聞いてよ聞いてよと荒北の半そでを掴んで昨日の話をする。弟ののろけ話なんて、女友達は聞いてくれない。
めちゃくちゃ可愛くない?!と同意を求めると、荒北は気まずそうに「アーそれでか…」と微妙な声を出した。なんだこいつ。

「なんか朝突然スプリント勝負挑まれたんだヨ。いつもは新開にベッタリなのに」
「え、そうなの」
「いきなりだったから理由聞いたら、『姉さんは荒北さんには渡しません』って言われてヨ。そんでか、とおもって」

そんなこといってたのか…!
また口が緩んだ。えへ、と頼りない笑いが出る。キモイと言われたけどどうでもいい。荒北くん、君いい仕事したよ。
やっぱりウチの弟が世界で一番かわいい!






「荒北さん、あなたに姉さんは渡せません。」
「ハァ?何の話だヨ」
「最近随分仲がいいみたいですけど、ダメですからね。ボクが認めませんから。」
「ハッ!認めてもらわなくってもオトせばこっちのモンなんだヨ!」

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