こぼす話

荒北がうちに来るのはもう三度目になる。
一度目は確か塔一郎が4人を連れてきた時だ。
今日誘ったのは塔一郎でなく私で、テストが近いからお互い教え合おうということだった。
教え合おうというか、成績は私の方がいいのでほとんど教えることになるけれど、数学の問題については荒北が時々変な勘を発揮して先に理解するので、難しい数学の問題は荒北に任せることにしている。
私の部屋に通すと、驚きなのかなんなのか、妙な反応をされて恥ずかしくなる。
別に今更荒北を部屋にあげて恥じらうことなんてないけど、ジロジロ見られると困ってしまう。
折りたたみ式のローテーブルを出してそこに勉強道具を広げた。
しばらくはお互い無言だったけれど、荒北が詰まったと英語のワークを見せてきた時から、会話がちらほら交わされるようになった。
世間話と勉強の話がほとんどで、そこに甘さなんてものはなく。
年頃の男女が二人きりなのに、逆に心配してしまうくらいなにもない。

「今日泉田…弟はァ?」
「ユキくんと走りに行ってるってさ」
「フーン」
「荒北も行きたかった?」
「そりゃ走りてェけど、今回やんねーといろいろ面倒だからな」
「じゃあ引き続きやりましょう」

高校三年生というのは色々面倒だ。自分はそんなことないけれど、1年の頃荒れていた荒北は今でも目をつけられていて、少しでも成績を落とすとチクチク言われるらしい。
志望校がなかなかの名門なだけに先生も気になるのだろう。

「アー疲れた…頭いてェ」
「半分終わってるじゃん。休憩する?」
「オウ」

私の進度もなかなか、荒北は英語の課題を半分ほど終えている。いい頃合いだと見て、休憩を入れることにした。
ジュースでも淹れてこようと席を立ち、荒北を一人置いてリビングへ向かった。
親が買ったのか、私も塔一郎も飲まないのに500mlの炭酸飲料が冷蔵庫に入っていたのでそれとパックのオレンジジュースを自分用のコップに注いで持って行く。
階段を上がろうとすると鍵の音がして、玄関に顔だけ出すと塔一郎とユキくんがいた。

「姉さん、ただいま」
「ゆうきサン」
「おかえり塔一郎ユキくん。早かったね」
「途中で天気悪くなってきてさ、一雨きそうだったからとっとと戻ってきた」

確かに、窓から見える空は灰色に見える。
雨の準備もしてなかったのだろう。リビングに上がってきた二人にジュースがあるよと言って階段を登ろうとしたとき、塔一郎が玄関に並んだ靴を見て言う。

「ところで姉さん、誰か来てます?」
「よくわかったね。今荒北きてるよ」
「えっ?!」
「荒北さん?!」

そんなに驚くことなのか。確かに二人からすれば先輩が来ているのだから、ちょっと緊張するのかもしれない。
何かいいたげな二人をおいて階段を上がり、自分の部屋へ到着。
ローテーブルにジュースを置こうと近づいて、荒北の叫び声と同時に足を滑らせた。


「っうわ」
「オイ!」

荒北に抱きとめられたのだろう、痛みはあまりない。
恐る恐る目を開けると、近くに荒北がいて冷や汗をかいている。
プラスチック製のコップでよかった。無残に零れたジュースはフローリングに広がっていて、コップはからからと転がっている。
感触が気持ち悪くて服を見ると、白いブラウスに大きなオレンジのシミができていた。
荒北のTシャツも黒色だから目立たないものの、少し色が濃くなっている。

「やってしまった…」
「ったく、気ィつけろヨ!」
「ごめん荒北、服…」
「んなことどうでもいいからはやく退い」
「姉さん、荒北さんがいるって…あ」
「ゆうきサ…ん?」

私は荒北の膝に跨ったまま、部屋のドアが開く。
濡れた床にユキくんが「うわ」と漏らして、塔一郎が呆然と立ち尽くしていた。

「な、なにってるんですか姉さん!大丈夫ですか?!」
「大丈夫だけど…あ、そうだ服だ!塔一郎、荒北に服貸し」
「ユキしたから雑巾持ってきてくれる?姉さんも荒北さんもちょっと立って」
「オ、オウ」
「床はボクが拭いておくから二人とも服脱いでください」
「わかった、ごめん塔一郎」
「ちょっとゆうきチャンなに普通にボタン外してんのォ?!」
「え、ごめん荒北」

バタバタと塔一郎の指示で立ち上がり、びしゃびしゃになった床を見て「パックじゃなくてよかった」と心底安心した。
お気に入りだったのに、オレンジ色になってしまったブラウスを脱ごうとすると荒北に止められ、そういえば荒北がいるんだったと思い直し部屋から出てボタンを外す。
いつも塔一郎と二人だと平気で脱ぐから、慣れてしまっていた。家の中だからなおさら。
はあ、色々やらかしてしまったなあ。
私も塔一郎みたいになんでもそつなくこなせたらいいのにな。
ボタンを外しきったブラウスを脱いで腕にかけながらリビングへ行くと、ユキくんと目があった。その後のことはお察しだ。
140218

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