「姉さん、姉さん」
「んん…とおいちろ…」
「ソファで寝ちゃダメですよ、ちゃんとベッドで寝てください」
「ん…」
「姉さん?」
「運んで…」
「……仕方ないですね」
まったく、困った姉さんだ。
そう言いながら塔一郎は私をゆっくりと抱きかかえた。
少し揺れを感じながらまぶたを閉じる。
しばらくして、ベッドの上に寝かされたのだと気づいて薄っすらと目を開けた。
「…起きてますね」
「寝てるよお」
「もう、ちゃんとしてください」
「んー…」
「(聞いてないな…)ボクももう寝るから、おやすみなさい」
「とおいちろ」
「…はい?」
「ちゅーして」
「………」
「ね」
「…仕方ないですね」
ため息一つ。それから、ひたいにキスが落ちてくる。
昔は私が寝付けない塔一郎にしていたというのに、いつの間にか立場が逆転している。
それを合図に緩やかに眠りへ落ちていって、遠くでドアの音が聞こえて塔一郎が出て行ったのだと察した。
*
「ゆうきチャン?」
「…」
「ゆうきチャアン」
寝不足なのか、朝からゆうきチャンはずっと机に突っ伏している。
センセイに注意されそうになるたび起こしてやってんのに、起きたと思ったらすぐに寝る。
この調子で4時間つづいて、今は昼休み。
いつもは腹が減ったとすぐに弁当を開くのに、今はまだ夢の中だ。
「起きろヨ、昼だぜ」
「とおいちろ…」
「誰が弟だバァカ。荒北だよ荒北、言ってみろ。」
「あ…ん…」
「おい」
自分の名前があから始まるのにこんなに感謝したことがあっただろうか。
妙なことを考えてしまって、顔が赤くなる。オイオイ、ちょっと無防備すぎじゃナァイ?
このまま放っておいてもいいが、そしたらとばっちりに怒られるのはオレに決まってる。
面倒なことになるのは目に見えてるし、ここは起こしてやるしかない。
「起きろー」
「…」
「昼飯いらねェのかァ」
「と…いちろ」
「だから弟じゃねェって」
「んん、ちゅーして」
「っはぁ?!」
思わず椅子から滑り落ちた。ガタンという音で、教室の目線が一気にオレに集まるが、すぐに戻る。
こいつなんつった、ちゅーしてって。
オレのことを泉田だと思うのはまぁいい。だけど、これはないんじゃナァイ?
泉田は寝る前に姉ちゃんにキスしてんのかよ。子供じゃあるまいし。まさか口じゃないよな?
「とーいちろ…?」
「塔一郎塔一郎うっせ!オラ起きろ」
「っぎゃ!」
弟の名前しか呼ばない口がウザくて、思いっきり椅子を引いてやった。
最初からこうすりゃよかったんだ。
驚いて起き上がったゆうきチャンは状況を把握できてないようだ。
「…寝てた?」
「オウ」
「いま…お昼か」
「とっとと食え、時間あんまねェぞ」
いそいそと弁当の用意をし始めるゆうきチャンを眺めながら頬杖を付く。
な、がんばって起こしたオレに一回くらい、靖友って言ってくれてもいいとおもうんだけどォ?