5月の話

めんどくせーからイヤだ。そういって出て行った荒北をゆうきは見つめていた。
先生はほどなくして授業を再開させる。
みんながみんな、荒北に怯えていた。
怒らせないように、面倒ごとが起きないように。
そんな扱いに荒北がイラつきを募らせていたのはゆうきの目から見て明らかで、最初がおとなしいと思えるほどに荒北の素行は悪くなっていた。
だからと言ってどうにかするすべもなく。
ようやく話せるようになってきたクラスの女子に荒北について尋ねたところ、「こわいし関わり合いになりたくない」と言われてしまい、同意を求められたゆうきはそうなんだと視線を伏せるしかなかった。


それから何日か経った頃。
授業はやっぱりさぼりがちな荒北をゆうきが見つけたのは、学校裏の道だった。
通学生のほとんどがバスまたは電車を利用するため、この道を通るハコガク生は自転車か徒歩通学の生徒で家がそちら方面の生徒だけだ。
人通りの少ない道で、ひっそりと荒北は空色の自転車に跨っていた。
偶然にもそれは自分が乗ることができなかった、弟のものとハンドルもペダルの形もよく似ていて、ロードバイクだと気づくのに時間はかからなかった。
前に見かけた時は、原付に跨っていたはずだが、どうしたのだろう。
そんなほいと買えるものじゃないと言うことは両親と話し合いを重ねる弟の姿を見てよく知っている。
ならば誰かに借りたのだろうか。
そういえば、この色の自転車を自転車競技部部室近くで見たことがある。
似ているだけだろうか。
ガチャガチャとギアを鳴らしながら荒北はフラフラと進む。
乗りこなせているとは言えないその姿を昔の弟に重ねて懐かしんだ。
そういえば、とゆうきはスクールバッグを開ける。
中にはお気に入りの銘柄の紅茶のペットボトルと、自販機についているスロットのあたりで手に入れたスポーツドリンク。
元々は弟にあげようと選んだものだったが。ゆうきは自転車の速度を上げて荒北に並んだ。

「荒北くん」
「ア?!ってお前、えーと」
「泉田だよ」
「そうそれ。何の用だヨ!」
「用っていうか、その、これ」

スポーツドリンクをちらつかせる。
どういうつもりだと荒北は怪しんで、それを露骨に顔に出していた。
荒北が思っているほど粗暴な人間でないことをこの一ヶ月で知ったゆうきは怯まない。

「弟が自転車に乗ってて、自転車って汗かくから。よかったらって思ったんだけど」
「ハァ?どういうつもりだよ」
「どうもこうも…ん、まあいらないなら捨ててもいいよ。それ当たっただけだし」

おせっかいだと言われてもいい。
ただ、弟を重ねた途端他人事だと思えなくて。
じゃあねと手を振ってゆうきはママチャリの速度をあげて一気に坂を下った。
後ろで荒北の声が聞こえたけれど、振り返らない。
余計なお世話。中学の頃、なんども言われた言葉だ。
それでもやめられない。
いつか弟に並ぶくらい、荒北くんも速くなるのかな。
想像しながら、青い空を見上げた。


140216

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -