4月の話

新品の自転車で、20分ほどの距離を漕いだ。
弟が持っているようなロードバイクに乗ればもっと早く着くのかもしれないが、ママチャリではこれが精一杯。
本当は、自分も同じような自転車が欲しかった。
断念したのは、一度借りたときに思いっきり転んで落車し、目いっぱい心配をかけたからだ。

大理石に彫られた学校名を誇らしげに眺めてから、自転車を降りた。
ゆうきは昨日、箱根学園に入学したばかりの1年生だ。
自転車部用の自転車置き場を抜けて、一般生徒用の駐輪場へ愛車を止めて、教室へ歩く。
友達はまだいない。教室に入りどことないアウェー感を感じながら席へ着いた。
窓際、前から三番目。出席番号3番泉田ゆうきの座席。
去年の卒業生が使っていたであろう机は磨かれた跡がある。
中学の頃と高さの違う椅子に戸惑いながらなにをするでもないのにケータイを開いた。
弟はもう学校へいっただろうか。弟はまだケータイを持っていないから、暇つぶしの相手にはならない。
泉田ゆうきはさみしかった。
周りの生徒に話しかけようにも、人見知りのゆうきには勇気が出ない。
気さくな女子たちは入学式の時点で周りでグループを固めているようだが、不運なことにゆうきの出席番号付近は全て男子だった。
女の子たち、私にも話しかけてくれたらいいのに!
理不尽な怒りを覚えながら、先生が来るまでの時間を何もしないで過ごした。
この日々がいつまで続くのだろうか。

一日目は校舎の説明が主だった。
それから時間割の配布。大切な校則や食堂のこと。
ゆうきは入っていないが、寮の話も。
真面目にメモを取りながら先生の話を聞いていたが、周りできゃいきゃいと先生に注意されながらも仲良さげに話すクラスメイトがうらやましかった。
後ろの席の男子はぼんやりと空を眺めていて、話を聞いていなさそうだ。
前の席の男子は…
その後頭部を見るたびに、思わず吹き出しそうになる。
だが、そうすれば面倒なことになるのは見えていた。ゆうきは口を抑えてなんとかやり過ごす。
前の席の男子はリーゼントだった。





人を見た目で判断するのはよくない。
そう思っていたが、やはり印象は多少なりとも左右される。
最初のうちは髪型がこうなだけで、意外と普通の人なんだと思うようにしていたものの、しばらく見ていた前の座席の荒北という男子の素行は、決していいとは言えなかった。
座り方がまず雑だし、授業もノートどころか教科書すら出さない。
名前が名前なだけに、荒れていた。
中学時代、学級委員長をしていたゆうきは注意すべきか悩んだが、荒北は姿勢や授業態度が悪いだけで五月蝿いわけでもなく、周りに迷惑をかけているかといえばそう言い難かった。
勿論、雰囲気が悪くなるというのはあるのだが、その程度で注意するなら授業中にも話す女子にも言うべきだ。
何より、目つきが怖い。
中学の頃にも荒れた生徒は居て時々注意することはあったが、なんだかんだで長いこと一緒に居たので恐怖心はなかった。
ゆうきの中学は小学校から受験する者以外はおおむね持ち上がりなので、殆どが幼馴染のようなものだ。
それに比べて荒北は先週初めて会ったばかり。
注意して、もし殴りかかってきたら。そんな想像が頭を過ぎる。
結局荒北と会話することは一度もなかった。
あの時までは。

その日の化学の授業は実技教室の紹介も兼ねて移動教室だった。
出席番号順に座るため、隣の席は荒北のはずだったがそこは空席となっていた。
配布された次の授業までの提出課題と、教室を利用する際の諸注意が書かれたプリントがちょうどの枚数なところから、荒北がいないことを先生は認知しているらしい。
授業が終わって、一人教室に戻ろうとしたとき、先生に声をかけられた。
「コレ、荒北くんに渡しておいてもらえないかな?」優しそうな笑顔に大きなメガネの中年女性の先生は、有無を言わせずにクリアファイルに入ったそれを渡してきた。
戸惑った。なぜ私、と。
聞き返そうと思った頃には先生は手をヒラヒラ振って片付けに取り掛かっていて、仕方なくゆうきはそれを教科書に重ねた。
頼まれたことは断れない。そんな自分の性質を見抜かれた気分だった。

教室に戻ると、多くのクラスメイトが席についていた。
次の授業まで5分もない。次は数学だったような。席に着こうとして、荒北が自分の前の席に座っていることに気づいた。
さっきの授業はいなかったのに。サボりか?首をかしげながら近づいた。

「あの、荒北くん」
「アァ?何ィ」

…怖い!
口はでかいし、態度もでかいし、声もでかい。
同じ男子なのに、弟とは大違いだ。
ゆうきの愛する弟は、真面目で優しくて礼儀も正しい優等生だった。
人を比較してはいけない。小学生のときにそう言われたじゃないか、泉田ゆうき。
怯えながらも、ゆうきは教科書の上に乗ったそれを荒北に差し出した。

「これ、さっきの授業の。あの、いなかったみたいだから」
「あー…化学ゥ?」
「そ、そう」

ヘー、と荒北はクリアファイルをあけた。パラパラと見てから、机に仕舞う。
手持ち無沙汰になったゆうきは座ってもいいのかと自分の席をちらりと見て、荒北に視線を戻す。
荒北は、ゆうきをギロリと睨んでいた。
いや、本人は睨んでいるつもりはなかったのかもしれない。それでもゆうきにはそう見えた。

「……と」
「え?」
「…アリガト、つってンだよ!」
「ヒッ、いえ、こちらこそ!」

お礼を言うだけなのに、そんなに睨むことないじゃないか!
涙目になりながらゆうきはガタガタ音を立てて席に着いた。
チャイムが鳴る。先生が入ってきて、急いで数学の用意を準備した。
怖かったけど、ちゃんとお礼を言う人なんだな。
少しだけ荒北のことを見直しながら、黒板と共に黒い特徴的な髪を見た。


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