朝練を終えるとななこちゃんからメールがきていた。
内容は爽やかな朝の挨拶。昨日寝落ちしてしまったからだろうか、律儀な子だ。
オレも朝起きた時にメールしようかと悩んだが、朝練のある自転車競技部の朝は普通の高校生よりも早いのでななこちゃんはまだ寝ているだろうということで今は控えて、練習後にでも送ろうかと考えていたのでちょうどよかった。
教室へと向かいながら、朝練だったという旨と簡単な挨拶を返信した。

教室へと辿り着き、ドアを開けるとまだ早い時間だからか人はまばらだった。
後ろの方の席に固まった女子3人と、奥の自分の席でケータイを触っているななやまさん。
ここからじゃ後ろ姿しか見えないが、今日もかわいい。
他の女子高生のように常にケータイを手放せないケータイ依存症というタイプではないので、画面に向き合っているところはなんだか珍しく感じる。
自分の席へと向かいつつ女子たちにおはようと声をかけて、短い会話をする。
これくらい気軽にななやまさんにも話しかけられたらいいのに、他の女子とどう違うのか、相手がななやまさんとなると途端に難易度があがるのだ。

ポケットでケータイが振動したのが、太ももに伝わった。
すぐさま取り出したケータイのサブディスプレイには案の定ななこちゃんと表示されている。
先に準備をしてから、メールを開封することにして、教科書を机に突っ込み、横のフックにカバンをひっかけた。
教科書の束の中から生物の教科書が見えて、そういえば今日は生物があったなと思い出し、どんよりと気分が落ちた。
眉をひそめ心の中でため息をつく。憂鬱だ。水滴の拡大写真が表紙になったそれを眺めていると、なにか柔らかい視線を感じた。方向は前方からだ。
女子からの視線には慣れているが、違和感がある。
そもそもクラスの女子は後ろで固まってテレビの話なんかしていて、オレの前にはたしかななやまさんしか。
顔を上げて、視線の先を辿った。
ばちん、と胸に火花が散ったような思いだった。
顔に熱が集まる。ひたいまで赤くなってるかもしれない。

(ななやまさんと、目があってしまった!)

すぐに逸らされてしまったが、間違いない。間違いであってほしくない。
彼女はオレのことを見てた!
心臓が山を登る時のように脈打った。鼓動が早い。
収めるように手をぐっぱと握るが効果はなく、妙にそわそわして落ち着けない。
自分に暗示をかけながら、教室にいる人間に伝わらないように浅く深呼吸した。
泳ぐ目線を固定するために思い出してようにケータイを取り出した。
たしか、ななこちゃんからメールがきていたのだったな。
癒しを求めるようにメールを開封すると、中には簡単な労いの言葉が綴られていた。
珍しく、使い慣れていないのか今のオレと同じように居心地悪くつけられたうさぎの絵文字がかわいらしい。
ゆるむ口を押さえて返信画面を開いた。
お礼と、話題を広げようと考えて、水滴の拡大写真が目に付き『今日は苦手な生物があるから憂鬱だ』とそれをメールに記した。
ななこちゃんにも苦手教科はあるんだろうか。なんだか頭が良さそうな印象があるから、想像がつかない。
文章がしっかりしているから、意外と理系だったりするのか?
どんな女の子なのだろう。ぼんやり考えてえて、姿を想像したところでななやまさんが浮かんでしまった。
どれだけ好きなんだ、オレは!
ななこちゃんのことを考えるのをやめて、先ほど繋がった視線の跡をなぞる。今はもう、繋がっていない。
ななやまさんは本を読んでいた。視力は悪くないが、ここからじゃ流石にタイトルまでは見えない。
表紙がツヤツヤの加工がされているところから、図書館の本だと見た。

まだ話せない。話しかけられない。
でも、今日は目があった。
それだけで満足感を得ながら、本を読み、時々ケータイを気にして、開いて何かを入力するななやまさんを頬杖ついて眺めつつ、飛んでくるななこちゃんからのメールに返信していた。






相談がある。そうメールが来たのは八くんとメールのやりとりを始めた次の日の夕方だった。
『相談』。言葉にしてみれば重いが、もともと八くんは恋愛相談がしたくてメールを持ちかけたのだ。
まだ日が浅いといえどお互いのことは少しずつわかってきたし、ここで断る選択肢はない。
仲良くなりたいし、なにより八くんの力になりたかったのだ。
八くんの相談は思っていた以上にかわいらしいものだった。
好きな子がいて、同じクラスなのだけれどうまく話しかけられなくて親しくなれない。
中学生の片思いのような甘酸っぱさを感じさせる内容を失礼ながらかわいらしいなと感じた。
共通点はクラスメイトというだけ。
何かして相手に話しかけたいのだが、普段のノリが違いすぎて、話しかけても困らせてしまうかもしれないと不安に思っているのだそうだ。
賑やかで楽しげなメールの内容からして、八くんは人との会話は得意そうだと感じていたけれど、それでも対応できないような気難しい女の子なのだろうか。
私の意見としては、嫌いでもなければ普段話さない男子に話しかけられて困ることはないし、クラスメイトなら話しかけられたら嬉しいものだと思う。
私が八くんだったら…そうだな、私物を見て声を掛けるかな。
このポーチかわいいね、どこで買ったの?…いや、これは男子が使うとあらぬ誤解を受けてしまうかもしれないから、参考にはならなさそうだ。
念のためそれも盛り込み、私の考えをまとめて文章を作った。
このメールが八くんと好きな子の些細な会話のきっかけにでもなればいいのだけど。


140114






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