東堂くんに話しかけられたのは、昼休みだった。
よく考えれば彼と話すのは本の話をした以来だ。
あの本はもう読み終わって、返却期限を待つばかりになっている。
一緒にお昼ご飯を食べていた委員長と目が合い、優しく笑う彼女に胸が痛んだ。

「ななやまさん、少し話があるんだが」

いつも聞くのとは違う声色には軽さがない。その緊張したような面持ちに、私の頭を過ぎったのは「私がななこだということがバレた」ということだった。
話があるなんて回りくどいやり方、言い方からしてきっとそうだ。
それから、オレが委員長を好きなのバラすんじゃねえぞ?なんて脅されるんだろうか。
怯えているのに、八くん、東堂くんに話しかけられたことを心のどこかで喜んでいる自分がいる。
口ぶりからして、ただお話するのではなく、ここから離れて二人きりで話をしようという意味だろう。
自分の精神状態的に、人がいないところで話すのは避けたかった。
二人きりになったら余裕がなくなって何を言ってしまうかわからないから、できることならこの場で穏便に済ませてしまいたい。

「あ、あの、メールのこと、ですか」
「メール?いや、そうじゃない。ここじゃしづらい話だから、少し時間をもらえないかね」
「お」

お断りします。
委員長が物音を立てた。
振り替えれば、箸にはさまれていたウインナーがお弁当のふたに落ちていた。
東堂くんと何かあったの?耳打ちされて首を振った。いえるわけがない。
貴方のことが好きな東堂くんの恋愛相談を、私だということを隠して聞いてました、なんて。
東堂くんに目線を戻すと、断られるなんて考えもしていなかったのだろう、口が半開きのまま固まっていた。
それから手をぐーぱーと動かして、私の肩に乗せた。顔が思ったよりも近くにあって、目が泳ぐ。
近くで見ても違いなく綺麗な顔には焦りの表情が。

「え」
「ど、どうしてだね?やっぱりアレか、ななやまさんだったのか」
「いや、その、あれは私ですけど、えっと」
「じゃあもうオレの思いは知ってるはずだろう?」
「ぞぞぞぞ存じております!」

東堂くんは、私がななこだということにやっぱり気づいていたらしい。
頬は少し赤らんでいる。
オレが委員長のことを好きなの知ってるんだから、委員長の前で話させるな。
誤魔化すために抜かれた主語を自分の中で補完すると、そうなった。

「だったら別の場所で、その方がななやまさんも都合がいいんじゃないか?」
「え、都合!?あの、それだったらもう早く言ったほうがいいんじゃないですか。委員長もいるし」
「委員長?なんで彼女が出てくるんだ。オレが話があるのは君だよななやまさん」
「どうせ告白するんでしょう!?別に今更言いふらす気とかないですから、だからあの、はなして、くださ…い」

後半はもう殆ど音が出ていなかった。
東堂くんの顔は焦りから悲しみに揺れ動いて、噛み締めた唇から涙か何かを堪えているのがよくわかる。
泣きたいのは私の方だし、今こうして言い争っているのをクラスの人たちに見られているがとてつもなく恥ずかしい。
地味なタイプな私と、普段からみんなの真ん中にいる東堂くん。
通りかかった別のクラスの人も廊下から覗き込んでいて、隣の委員長だってほら、固まっている。

「…こ、告白されるのが、迷惑かね」
「めいわく…ではないと思う、けど。あの、それだったら私のことより先に委員長に言ったほうがよくないですか」
「だからなぜ委員長が」
「なぜってそりゃ、八くんが委員長を好きだから」
「…え?」
「…ん?」

お互いに、目をぱちくりとさせた。
だから、東堂くんは、委員長を。指差しても理解できない顔をした東堂くんに、委員長がついに噴出した。
二人一緒にそっちを見ると気まずそうに口を押さえてから、また小さく笑った。

「ななし、多分なんか勘違いしてるとおもうよ」
「え?勘違い?」
「とりあえず、場所変えたら?それから誤解解いていったほうがいいよ」

ね、とかわいく首を傾げられたら言い返せるわけもない。
随分と増えたギャラリー中には自転車部の人もいた。こういうところで東堂くんの知名度を実感する。

「…ななやまさん、今度こそお時間もらえるだろうか」
「はい…」

こうなればヤケだ。
教室を出ると人垣が割れて道ができた。
モーセを思わせるその光景をまっすぐ進んでいく東堂くんは慣れっこなのだろう。
突き刺さる視線に苦しみながらも、ただ三歩前を歩む東堂くんの上履きの背中だけを見て歩いた。


140126






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