オレの住んでる高級マンションの隣には公園がある。
この高級マンションに住むセレブなオカーサマ方が子供を遊ばせているのをよく見かけるそこをいつも綺麗にしているのは、一人の女の人だった。
歳は多分オレと同じくらいか、少し下くらい。
ここに住んでる女の人たちとは比べ物にならないくらいの地味な格好は逆に目を引く。まぁ、仕事だからそれが私服じゃないとはわかってはいるんだけど。
そんな彼女を見るのが、最近のオレのちょっとした楽しみだった。
自転車をやめて大学に行って真面目にやってたはずのオレはいつのまにかホストなんかになっていて、どこでこうなっちまったんだろうな、爽やかな高校生活からは想像もできないような生活をしていた。
この無駄に広くて綺麗な高級マンションはお客さんに買ってもらったもの。水道光熱費も全部お客さんが払ってくれてる。欲しいものがあればちょっとお願いすれば買ってくれるし、売上もいいから金には全く困ってない。
だけど、心のどっかが寂しいんだ。ウサ吉の母さんの死体を見たときのような気持ちがずっと続いてる。
これでいいのか、これじゃダメなんじゃないのかって考えるけれど、夜になって仕事に行って酒を飲んで女を抱けば全て忘れてしまっていた。それからまた朝が来て、自己嫌悪に陥る。こんな生活を何年も続けているせいで、色んなものがダメになっちまってる気がする。
最初スカウトされたときはすぐにやめれるだろと思ってたのに、沼の中ってのは思ったよりもあったかくて居心地がいいんだ。だけどもう二度と、スプリントのゴールを一番最初に切るときの爽快感は得られないんだろうなと思う。

「おはようございます、早いですね」
「……おはよう」

ホウキを持って散らばった葉を集めながら、女の人はオレに笑いかけた。名前は知らない。どういう仕事でここの掃除をしてるのかもよく知らない。
ホテルから朝帰ったときに初めて彼女を見たときから、オレは無駄に早起きをするようになった。深夜まで働いて本当は昼過ぎまで眠りたいところを、この時間だけ起きて家を出る。用事なんて何もない。コンビニ寄ってタバコ買って適当に酒とかお菓子を買うくらい。
それだけなのにちゃんとした服を着て、髪を整える。できるだけ彼女にカッコイイオレを見てもらいたいから。店モードのときのオレを見られるとビビられるかもしれないから、出来るだけ普通にしているつもり。けどこのマンションに住んでるって時点で普通のオトコじゃないってのはばれていそうなものだ。マトモにこの歳で会社員をしていたら、こんな家賃払えるわけがない。

「そういえば」

女の人が空を見上げる。つられて同じ場所を見ると、そこには大きな木があった。先にはぽつりぽつりと白く色づいている。桜、もうそんな季節なのか。

「最近あったかいですからね、もう咲いてる」
「いつごろ満開になるかな」
「さぁ……いつでしょう」

彼女が桜から目線を手元に戻しても、オレはずっと桜を眺め続けていた。桜。可憐で清楚なこの人によく似合う。
桜吹雪に包まれる彼女はきっと美しいのだろう。散った花をかき集めて、いつもみたいにホウキを持っているはずだ。目に浮かぶその光景に、口元が緩む。あと数週間もすれば、そんな夢のような光景が見れるのかもしれない。

「もしよかったら、桜が満開になったらお花見しにきてくださいよ」
「ここにかい?」
「はい、狭いですけど、そこのベンチに座れば綺麗に見えると思いますよ」

指を指したその先は、綺麗に手入れされたベンチがある。公園のベンチなんてガムやら鳥の糞やらで汚れているイメージしかなかったが、汚れのないそれは薄茶色の姿を保っていた。彼女の努力の賜物だろう。
そこに彼女と二人で座って、桜を眺めながら桜餅を食べる……。悪くない光景だと思う。花見なんて、もう何年もやってない。

「じゃあその時は……」
「?」
「君のことも、誘わせて欲しいんだけど、いいかい」

女の人の肩に触れるのにも、唇を合わせるのにも、セックスするのにも、こんなに緊張したことはない。ふわっと笑った彼女は余りにも綺麗で、そんな綺麗な彼女を見ているとオレもいつかに戻れる気がして、そんなはずはないのに、なんだか高校生の頃に戻ったような気持ちになった。
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