大学入試も落ち着き、寮部屋の掃除を始めた日。
2月14日とは知っていたけれど寮生活ではキッチンは共同のため、手作りチョコを作るなんてイベントもごく限られた女子だけに与えられた権限となっている。
限られた女子とは本命チョコをあげる女子のことで、つまりはマキちゃんをはじめとする恋人持ち女子ほか告白を試みる女子たちのことだ。
私にとってバレンタインとは余ったチョコのお零れに預かるイベントでしかなく、コンビニで半額になるのを待つだけの日である。
どことなく甘い匂いの漂う女子寮にいるのは自由登校期間となった三年生だけで、キッチンにはエプロン姿の女子が多数見受けられる。
きっと、午後か明日に渡しにいく人たちなのだろう。マキちゃんは一昨日のうちにブラウニーを完成させ、今日は亮太くんとデートだそうだ。
きっと外に出ても同じようにデート中のカップルばかりだろう。
ていうか寒いし、こんな日に外に出るなんて馬鹿げてる。
布団にこもろうと掛け布団をめくった手を止めたのはケータイの着信音で、仕方なくため息を抑えて電話に出ると相手は隼人くんだった。

「もしもし?ハッピーバレンタイン」
「…最初に言っておくけどチョコとかはないからね!」

隼人くんがチョコを好きなのはよく知っている。電話越しに落胆の声を上げた隼人くんのねらいなんてお見通しだ。
そういうわけだからと切ろうとすれば引きとめられ、外に出てきてくれとこれまた文句を言いたくなるようなリクエストを投げかけてくる。
外に出れるような格好はしていなかったけれど寮の前ならということで、適当にダッフルコートを羽織って女子寮の前に出た。

「やあ」
「…どうも」

帽子に耳当て、手袋にマスクとは完全防備じゃないか。
寒そうだな、と裸の両手を手袋越しの隼人くんに包まれたが、その手袋すらが冷たくて振り払ってしまった。
この凍るような空気じゃ仕方ない気もするが、振り払われた隼人くんが思ったよりショックを受けている。
少し背伸びをして頬に手を当てると肩を揺らして、「冷てえ」と呟いた。

「で、なに。こんな寒いときに呼び出して」
「そうそう、これ」

隼人くんの腕にぶら下がっていた近所のコンビニのビニール袋を差し出され、遠慮なく中を開くとラッピングされたチョコが入っている。
600円くらいする、ちょっといいやつだ。

「なに?もらったの?」
「いやいやいや、この流れでそれはねえだろおめさん」
「?」
「…あげるよ」

我が耳を疑った。あの隼人くんが?まさか。
私が買ってきたチョコを半分こにしようぜ、とか言いながら7割近く食べる隼人くんが?明日は雪でも降るんじゃないか、と思った途端に白いものがちらついてきた。

「うわ、隼人くんが珍しいことするから雪降ってきた」
「あげたのに失礼なこと言うな」
「だって」

へへ。むすっとした隼人くんが面白くて笑うと、すっかり赤くなった鼻の頭を摘ままれ、顔を寄せられる。
どうしたんだと瞬きすると、少し照れた様子で、隼人くんは囁いた。

「それやるから、ホワイトデーは手作りで頼むよ」
「…もしかしてそのための投資?」
「ばれた?」
「ばれたっていうか、自分で言ったんじゃん」

この男、可愛らしいことに手作りお菓子が欲しかったらしい。
きっと私が作ってないことも見抜いてたんだろうな、だからこんな回りくどい真似を。
確かに前日に作ってくれと言われても面倒で作らないだろうし、その点ホワイトデーなら一ヶ月猶予があるからまあいいかとなる。
よくわかってるじゃないか新開隼人、承諾すると、嬉しそうに笑ってみせるところは、子供っぽい。

「そんなに手作りお菓子に憧れるかな、隼人くんもてるんでしょ?女子からもらったりしないの?」
「いや、もらうけど…おめさんまさか」
「ん?いやなに、わざわざ私に言わなくても他にくれる子いるんじゃないのって思っただけで」
「………そうだな」

さっきまで嬉しそうにしてたのに、がっかりした様子でそれじゃあなと手を振る隼人くんを見送り、頃合いを見て自分も寮の中に入った。
コンビニの袋を抱きしめて自分の部屋へ戻り、宝箱を開けるみたいに丁寧に包装をほどく。
最初から記入用についていたのだろう、リボンの通されたメッセージカードには「これからもよろしくな」と丁寧な字で綴られていて、隼人くんはいいやつだなと思った。このカードは捨てられそうにない。


戻る

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -