オレは人間になりたいんだ。目の前の、おおよそ人以外の何にも見えない男が語る。
その男が言う通り、彼は人ならざる者であった。人間で言うところの鬼である彼、新開隼人は私の前に現れては泣き言を溢す。出会ったのは仕事場で、最初はどこからどう見ても普通の、いや、普通より人に好かれているという印象の男だった。共に働いているうちに親しくなり、熱烈な愛の告白を受けたのは早いものでもう二年も前のことだ。それからしばらくは普通のカップルらしく過ごしていたのだが、ある日突然話したいことがあると呼び出され向かったのは彼の一人暮らしのアパートだった。そこに行くのは初めてではなく、もう勝手もある程度分かっている。自宅だと言うのに正座を崩さない彼に自分も気を緩めることができず、張り詰めた空気があまり広くないアパートを包み込む。口火を切ったのは隼人の方だった。冗談としか思えない言葉に最初は苦笑いを浮かべるしかなかったが、様子からして嘘ではないということだけはひしひしと伝わってきた。こんな表情の彼を私はその日初めてみたのだ。自らを鬼だという隼人は、人に紛れ暮らしているという。そこで出会ったのが私で、生まれて初めて人間を好きになってしまったのだと明かしてくれた。私はといえばどうすればいいのかわからず、ただ痺れる脚と格闘しながら眉一つ動かすことが出来ずにいた。鬼とはいうが私は鬼というものに出会ったことはなかったし、目の前の隼人は角が生えているわけでもなく、どこからどう見ても人間だった。出会ってから今までの間人間ではないのかもと疑ったこともあるはずがなく、鬼だと言われたところで何も変化を感じなかった。本心だった。だから素直に、「そんなの関係ない」と伝えたのだ。我ながら男らしいと思う。そんな私を見て、隼人は厚い唇を震わせた。泣いているのだということは、彼の特徴的な瞳から漏れる雫ですぐにわかる。鬼がこんな綺麗な涙を流せるはずがないのだ。私は彼を力いっぱい抱きしめた。それからだ、おかしくなったのは。普段は変わらない。相変わらず飄々としていて何処かつかみどころがないが、手を伸ばせばそのまま握ってくれるような人間だった。だけど、あるときだけ違うのだ。なにが引き金になるのかはわからないが、ある時から、隼人は鬼としての一面を表すようになった。最初に見たのは、二人でテレビを観ていたときだった。隼人に後ろから抱きしめられるようにしてテレビと向き合っている。恋愛ドラマをだらだらと眺めて、いつもと何も変わらない。だけど突然、隼人の私の腹に回された腕が震えた。耳元で呻き声がする。どうしたの、と腕に触れると、爪が伸びていた。丸く切りそろえられていたはずの爪は鋭利な刃物のように尖り、触れるだけで皮膚が裂けそうだった。恐れたのも事実。だけど、どうにかしてやりたいと思ったのも事実だった。呻く隼人の腕を撫で、子供をあやすように名前を呼んだ。獣のような呻き声がやむまで二時間ほどかかったが、正直その間は生きた心地がしなかった。鬼の腕の中、いつ体を八つ裂きにされてもおかしくない。だけど、隼人は一生懸命押しとどめようとしていた。正気に戻ったとき、彼は丸い爪の手で私を力いっぱい抱きしめ、何度も何度も繰り返し謝罪の言葉を口にした。鬼だと知っていたから狼狽えることはなかったものの、知らなかったらどうなっていたことやら。それ以来、隼人が鬼になることが度々あった。それは映画館のなかであったり、二人きりの仕事場の事務所であったり、私の部屋であったり。その度に宥め、その度に隼人は泣いた。鬼の目にも涙、意味は違うが、そのままだ。今日も隼人のアパートで二人夜にゆっくりしていた時、私の体に触れる手が鋭く尖る。収まって何時ものように泣いて、彼は言った。人間になりたいんだ、と。

「いつまでもなまえに迷惑をかけられない」
「迷惑じゃないよ」
「なまえがそう言ったとしても、オレは嫌なんだ。いつかオレが抑えられなくなって、なまえを食っちまうんじゃないかってな」

ぎりぎり、と隼人の歯が音を立てて軋む。首に腕を回し抱きつくと、力いっぱい私の体に同じく腕が回された。鬼の腕だ。力強く、私を決して離さない。捉えられているのだ、この鬼に。




消化不良。新開さん鬼パロかきたーい
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