噂話と空の色 木曜日というのは、日本人のやる気が一番なくなる曜日らしい。 土日休みの学生である私はそれに納得して確かにだるいと頷いていた。 とはいえその木曜日もあと半分で終わり。 今日と金曜日を乗り越えれば、月曜日はPTAのなんとかで休みなので、土日月の三連休が待っている。 今日はマキちゃんと教室で食べていて、私は食堂で朝買ったお弁当を食べていた。 「あ、なまえ。あたし明日休むから」 「へっ?!なんで?」 「なんでって、前言ったじゃん。亮太と大阪行くの。旅行。」 そういえば一週間くらい前にそんなこと言ってたな、なんて思い出した。 つまり金曜日はサボって無理矢理四連休を作ってデートですか、くそう、羨ましい限りだ。 箱根も観光地だけれど、地元に住んでれば特に何も思わない。 東京も言うほど遠いわけでもないし、せっかく4日使うならと大阪にしたらしい。 ん?ということは… 「え、じゃあ明日私ご飯ひとり…?」 「新開くん誘えばいいじゃない」 「いや、明日は無理なんだよ…」 確か明日は、自転車部でIH前の後輩が出場する大会に向けてメンバー決めがあると言っていた。 ミーティングで話し合うより、先にこちらである程度決めておいてから後輩たちと相談するほうがスムーズにことが進む、らしい。 確かにみんな出たいだろうし、後輩同士で言い争うならそれなら先輩が決めたことに従う方がいいのかもしれない。 客観的に見て実力も相性もわかるだろうし。 …まぁ、私は自転車のことを隼人くんからちょろっと聞いただけなので、自転車の相性ってなんなんだ?と思っているけど。 「じゃあ自転車部の人と食べたら?」 「話聞いてた?ちょっとしたミーティングだからお邪魔になるよ!」 「わかんないじゃん。ていうか本人に聞くのが一番早いんじゃない?」 「え」 後ろに人の気配がして振り向くと、噂をすればなんとやら。隼人くんが立っていた。 おやつをサクサク食べながら私たちを見て首を傾げている。 「呼んだ?」 「あのさ新開くん、明日お昼なまえも混ぜてやってくんない?」 「あっちょっとマキちゃん!」 「飯?ああ…オレは勿論いいよ。他のやつに聞いてみる」 「えっ?!」 オレはいいよ、じゃない! 隼人くんはケータイを取り出して、何かぽちぽち打っていた。 ある程度打ち終わるとそれをポケットに仕舞って「聞いたよ」と言う。 ん?聞いたよ? 「まさか」 「寿一たちにメールした」 隼人くんがにこ、と目を細めて笑う。 なにやってんだよ!と突っ込む暇もなく、すぐにポケットからバイブ音が聞こえた。 え、返信早すぎない?!女子高生もびっくりのはやさだ。私、女子高生だけど。 横から覗き見ると新着メールは《尽八》からだった。 「えっと、」 「東堂だよ。いいってさ」 画面をこちらに向ける。 そこには確かに「いいぞ!女子なら歓迎する」と絵文字付きで書かれていた。なんてこった! 東堂くんといえばすごいモテるとかで、ファンクラブがあるとかないとか、そういう噂のある超イケメンで有名な人だ。 そんな人と食べるのか、と気後れする。 ファンの女の子にいじめられたらどうしよう。 あんたみたいなブスが東堂様とお昼なんて一億年早いのよ!バシャッと水をかけられる。 そんなドラマみたいなシーンが頭によぎった。 次に返信が来たのは荒北くんだった。 荒北くんといえば1年の頃は一昔前のヤンキーみたいな髪型をしていて原チャリをブイブイ言わせていた人で、私からすれば怖いイメージしかない。 メールの返信も「どうでもいい」と一言で、せめて「どっちでもいい」とかにしてくれよと思った。 最後は福富くんで、彼も一言「わかった」とだけだ。 同じ一言でも荒北くんとは大違いだ。 彼の一言はなんていうか、不器用さを感じる。態と素っ気ないわけじゃないんだよ、みたいな。 結論を言うと、やっぱり荒北くんは怖い。 …ん?何か忘れてないか? 「よかったななまえ。明日は一緒だぞ」 「えっ?!あっそうだ?!」 返信が全員から来てしまったということは私もあそこで食べることになる。 どうしようマキちゃん、とすがりついたけれど、亮太くんとのメールに夢中で相手にしてもらえなかった。 「楽しみだな、明日」 隼人くんの優しい声色が地獄の囁きにしか聞こえなかった。 それでも非情に明日はやってくる。 マキちゃんの席はぽっかり空いていて、本当に休みやがった!と内心舌打ちした。 休みの理由は風邪ということになっているらしい。 憂鬱な気分のまま4時間を過ごし、昼休みのチャイムが鳴ると同時に隼人くんは私の席の前まで来て屋上まで連行していった。 「遅いぞ隼人!」 「悪い、この子がだだこねて」 こねてない!否定の意味で背中をバンバンたたく。 隼人くんがずるずる引っ張って行くのを一生懸命後ろに体重をかけていたものの、チャリ部の力には叶わず抵抗は無意味だった。 挙げ句の果てには「抱っこして連れて行こうか」なんて言いやがったので、仕方なく素直に歩くことにした。 さすがに18歳にもなって抱っこは恥ずかしすきるし、隼人くんとなんて変な噂が立つこと間違いなしだ。 屋上にはすでに三人揃っていて、屋上のドアから見て左に荒北くん、右に東堂くん、奥真ん中に福富くんが居た。 間隔的に私たちは荒北くんと東堂くんの間に座ることになる。 荒北君の隣は怖いし東堂くんの隣は女子に殺されそうだなと思っていたら東堂くんに腕を引かれて、結局荒北くんの隣に隼人くん、その右隣に私、その右隣に東堂くん、荒北くんと東堂くんの間に福富くんという順番に円の形に座った。 「よし、確かみょうじちゃんと言ったな。」 「は、はい」 「まあリラックスしてくれ。オレのような美形の隣だとご飯が喉を通らないかもしれないが気後れすることはないぞ」 「え」 「尽八、なまえが困ってるよ」 「とりあえず食おうぜ」 「そうだな」 「い、いただきます」 荒北くんの声を合図に全員が昼食を開けた。 今日の私は学食弁当じゃなくてパンだ。 教室で食べるときは大抵学食弁当なのだけど、今日は隼人くんが一緒に買ってきてくれた。 福富くんは学食弁当、東堂くん荒北くんは学食のパンで隼人くんは…両方だ。 「すごい食べるね、やっぱり」 「まぁね」 福富くんが次のレースのことを口にする。 それを合図に各々が自分の押す後輩の名前を口にして行った。 その中に泉田くんもいたけれど、彼はインターハイに出場させるため調節しているので、このレースには不参加だそうだ。 泉田くんと一緒で同じ中学だった黒田くんの名前が出ているのを聞いて、あの人自転車部なんだ、とぼんやり考える。 中学のときはいろんな部活の助っ人に行っていたけれど、自転車一本に絞ったみたいだ。 「ではこのメンバーで仮決定だ」 「リョーカイ」 「うむ、このメンバーなら不足はないだろう!」 「いいと思うよ」 声からして、私がぼけっと食べている間にメンバーは決定したらしい。 やっぱり私お邪魔じゃないか。今更ながらそう思う。 隼人くんは何を勘違いしたのか、真ん中に置かれた部員の名前が並んだ紙から私に視線を動かすとぽんと頭に手を置いた。 「さみしかったか?なまえ。ごめんな」 「すまない、こちらの用でな」 別にさみしくはない!と隼人くんの手から逃れる。 ていうか勝手に来たのは私だし(連れてきたのは隼人くんだけど)福富くんが謝ることはないと思う。 真面目な人だ、と感心した。さすが主将なだけある。 話しているのを聞いていてもみんなの意見を聞いてうまく調節していて、流石だと思った。 「よし、ではみょうじちゃんの話をしようじゃないか!」 「え」 東堂くんが声を上げた。私の話?なんのことだ。 というよりも私たちはほとんど初対面みたいなもので、私は隼人くんを通じていくらかきいているけれど、この人たちは私を全く知らないはずだ。 が、それは早々に東堂くんの言葉で打ち消される。 「いつも隼人から聞いてるからな!気になってたんだ」おい隼人くん、何言ってんだ。 「ゴメンなまえ、つい」 「ついってなに!ていうか変な話してないよね?」 自分の知らないとこで自分の話をされるなんて、怖すぎる。 何の話をしたんだろう、ホコリをゴキブリと勘違いして隼人くんに泣きすがった話?イライラして椅子を蹴ったら脛にぶつけて悶えた話?まさか食堂で躓いてラーメンに顔を突っ込んだ話じゃ…。 「みょうじちゃん、ゴキブリとホコリを見間違えて泣き叫んだというのは本当かね?」 「椅子蹴ろうとして脛蹴ったってダサすぎじゃネェ?」 「ラーメンで火傷はしなかったか」 全部じゃないですか! 思わず隼人くんをグーでぽこぽこ殴る。 当の本人は「いやあ」なんて言ってダメージゼロだ。 にやにやしているのがイラつきに拍車をかける。 「な、なんでそんなこと話したの…」 「かわいかったから」 「バカにしてるでしょ!」 恥ずかしい、恥ずかしすぎる。 何も失敗エピソードばっかり話さなくてもいいじゃないか。 …と思ったけれど、私が隼人くんと友達になってから特に輝かしいエピソードなんてなかったことに気づいた。 く、くやしい! 「全部本当だし脛は足が滑っただけだしラーメンはめちゃくちゃ熱かったですよ…」 「それは災難だったなみょうじちゃん」 「いまここで恥大公開してるのが既に災難なんだけど」 何か一つくらいいいこと言ってないの、と隼人くんの服を摘まむ。 隼人くんは少し考えるそぶりを見せた後に、「ギョロちゃんで金の天使が当たって踊るくらい喜んでた話はした」と言った。 …それも恥ずかしいことじゃないか! 「もういや、隼人くんと友達やめる。なんでそんなことばっかりいうの…」 「ごめんって、なまえ」 「私のこと嫌いなの…私が知らない人にまで言わなくてもいいじゃん…」 「なまえ、」 もういい、隼人くんなんて困ってしまえ。 顔を両手で塞いですんすんと泣き真似をすると、隼人くんは珍しく本当に困ったような声でオロオロしていた。 ざまあみろ、と思っていたのはつかの間、右から腕が伸びてきて突然私の肩を抱く。 思わず肩が跳ねて手を顔から話して見上げると、東堂くんとの距離が近くなっていて、抱き寄せられているのだとわかる。 理解してからすぐに顔が真っ赤になった。 「と、とうど」 「コラ隼人!みょうじちゃんが泣いてしまっただろう!女子を泣かすようじゃダメだぞ」 「尽八、」 「よしよしみょうじちゃん、箱根学園一の美形であるオレが慰めてやろう」 すりすりと優しく東堂くんの右手が私の頭を撫でる。 動きたくても動けない、隼人くんはなんか怖い顔をしているし、東堂くんはにんまり綺麗に笑っている。 頼れそうな福富くんは私が困っているのにも気づいてないのか、見てるだけだし荒北くんは…怖いし助けは求められない。 体が硬直する。 東堂くんは普通かもしれないけど、男子に免疫のない私はこういうのは無理なのだ。 隼人くんのスキンシップですら驚くのに、初対面の人にこんなことされたら心臓が死ぬ。というかすでに死にかけている。 「…あんま触るなよ、尽八」 「拗ねるなよ隼人」 「拗ねてるわけじゃ…」 「どうでもイイけどそのままだとみょうじチャン死ぬんじゃナァイ?」 助けてくれたのは、大きな口でウインナーパンに食らいつく荒北くんだった。 東堂くんが手を離すとすぐに逆側から手が伸びて、東堂くんとの距離が戻った。いや寧ろ、広がった。 後ろには隼人くんの体があり、私の両肩は両の手で掴まれている。 今度は逆に隼人くんとの距離が近くなったけど、この人の距離が近いのはいつものことなので、東堂くんほど緊張はしなかった。 「みょうじちゃん、照れているな?」 「そりゃ照れますよ!」 「ワハハ、すまない。隼人が面白かったのでな」 隼人くんの顔を見上げるとさっき程ではないものの怖い顔をさせてしまっていて、怒らせた、と思った。 謝らなきゃ、口を開いたと同時にチャイムが鳴る。 屋上にもスピーカーは取り付けられているため、間近で聞くチャイムはいつもよりうるさく、私の声など一瞬でかき消されてしまった。 「あ、ヤベェ」 「これは予鈴だ」 「遊び過ぎてしまったな」 「解散にしよう」 また福富くんの声を合図にして、各々片付け始めた。 やっと解放される、私もパンのゴミが入ったビニールの口を結んだ。 隼人くんの人よりたくさん入った袋はそのままで、というか隼人くんは私の肩を掴んだままだった。 「新開、片付けないのか」 「ん?…あ、ああ」 福富くんの声で我に返った、というように私の肩から手を離してゴミを片付け始める。 屋上にゴミがないのを確認してから、みんなで校舎の中へと入り各々の教室へと戻って行った。 「ごめんななまえ」 「え、なに」 教室への道、隼人くんはやけにしんみりしていた。 「や、尽八のこと」 「あぁ…別に隼人くんが謝ることじゃないし、びっくりしただけで嫌ってわけでもなかったし」 「…嫌がってくれた方が嬉しいんだけどな」 ん?隼人くんの意味深な言葉が飲み込めない。 首を傾げていると隼人くんはさっさと残り2mもない距離を歩いて教室へ入ってしまった。 自転車部の人ともそれなりに付き合いができて、連絡先を交換したりするのはそれからまた少し後のことだ。 131220 ← |