さよなら青春! 春、出会いと別れの季節。 今日は卒業式。 桜も咲いてないし、春というほど暖かくもなくむしろ割と寒い。 それでも春と言ったら春なんだとカレンダーのひな祭りの絵が言っている。 春なんてこなければいいのに、そう思い始めたのは冬からで、それでも光陰矢の如しというのか私の意思とは関係なく日付は進んで行った。 高校三年生、私たちは卒業だ。 入学したのは三年前のはずなのに、ついこの間のことのように思える。 確か入学式の時隣の席だったのがマキちゃんで、仲良くなったんだっけ。 中学の友達とはタイプも性格も違ったけれど、私たちは波長があって今では親友と呼べる仲、だと思う。 その後マキちゃんに亮太くんていう素敵な彼氏も出来たけど私たちの関係は変わることはなかった。 3年生になって、初めて男友達ができた。 新開隼人くん。出会ったのはたしか中庭だっけ。 その日は運が全くなくて、めちゃくちゃいらいらしていたのを覚えている。 後にも先にもこんなアンラッキーだった日はないけれど、隼人くんと友達になるきっかけになった。 もしあの日委員の相方の子が来ていれば、私がイライラむしゃくしゃしていなければ隼人くんが私にジャージをかけることはなかっただろう。 そして、二人はただのクラスメイトで終わっていた。 友達になって、と言われた時はびっくりしたけど、すぐに仲良くなれた。 隼人くんのおかげで世界が広がった。 クラスの男子と話すのも今までは怖かったけど、隼人くんと仲良くなってからは気軽に話せるようになった。 ドキドキすることもあったし、高校生活を青春に感じられたのも隼人くんの存在が大きい。 本当に、最高の友達だ。 でも、卒業だ。 「マキちゃん…私やっぱり嫌だよ…もう1年高校いたい…」 「留年するのは勝手だけど、あんた一人でダブっても他みんな卒業よ」 「それはやだー!」 冷たいよマキちゃん。私がうじうじしているのに、マキちゃんはいつも通りからっとしていた。 確かにマキちゃんは大学こそ違うものの亮太くんと同棲を始めるみたいだし、楽しみかもしれない。 でも私とは毎日会えなくなるんだよ、さみしくないのかな。もしかして私だけ? 「だから、連絡取ろうと思えば取れるでしょ。ていうか大学も同じ路線添いなんだし会おうと思えばいつでも会えるじゃない」 「でもマキちゃん忙しくなりそうだし」 「その分あんたも忙しくなるんだってば」 嫌だ、嫌だな。 式場になる講堂への移動はあと15分もしたら行われる。 行きたくない、胸にある花をちぎりとってしまいたかった。 「ていうかなまえ、新開くんはどうしたの」 「福富くんとこ…自転車部で集まってる」 「ああ、福富くんと中学から一緒なんだっけ?」 じゃあ6年の付き合いになるわけね、マキちゃんは言う。 そうか、福富くんと隼人くんは6年来の友達なのか。 だとしたら卒業の重みも違うだろう。 知り合って8ヶ月とちょっとの私とは違う。 …また涙が出てきた。 「わ、私も泉田くんと五年くらい付き合いあるし」 「なんの張り合いよそれ」 マキちゃんが私の頬をつつく。 ぷうとむくれると、綺麗な微笑みを零した。 マキちゃんの時々見せる優しい笑顔、私はこれが大好きだった。 ガラリと音がなって教室のドアが開く。隼人くんだ。 隼人くん、と声を掛けようとしたけれど、その前に担任が来て移動だと言われてしまった。 「ま、まぎぢゃんん…」 「あーもうなまえ汚い!」 式は滞りなく終わった。 在校生座席にいた頃は卒業式なんてつまらないなぁと思っていたけれど、実際に送り出される側になるとしんみりする。 私の名前が呼ばれて卒業証書を授与された時なんかはやばかった。 立ち上がりたくなくて、マキちゃんに背中を押された。 グズグズ泣いていたけれど、誰も笑わなかった。 座席に戻る時に泉田くんと目が合って、微笑んでくれた。 それでまた、視界が滲んだ。 担任からの別れの言葉も終わり、解散となったあと、名残惜しむようにたくさんの生徒が校舎に残っていた。 マキちゃんといつもご飯を食べていた教室、隼人くんと食べる食堂。 花壇の花が踊る中庭は私が隼人くんと出会った場所だ。 自転車競技部部室横のベンチは友達になった場所。 屋上で自転車競技部の3年生とご飯を食べたこともあったっけな。 どこを見ても思い出が蘇る。その全てにマキちゃんと隼人くんがいる。 出て行きたくない。 「みょうじ先輩」 「泉田くん」 きっちり制服を着た泉田くんが後ろに立っていた。 マキちゃんは亮太くんのところへ行くと教室を出て行く。 泉田くんの優しい瞳を見ていると、収まったと思った涙がぼろぼろ零れてきた。 中学の時に親切にしてもらってから、先輩なのに時々世話を焼いてもらったっけなぁ。 「卒業おめでとうございます」 「お、おめでたくないです…」 「えっ?!」 「もう一年やりたいよぉ…」 泉田くんの鍛えられた胸に頭を預けた。 情けない先輩でごめん、最後だからこれくらい許して欲しい。 泉田くんは優しく手で頭を撫でてくれて、やっぱりどっちが先輩だかわからない。 「ボク、来年は優勝します。だから、新開さんと見に来てくださいね。」 「うん…」 言わなくてもわかる、インターハイの話だ。 今年、箱根学園自転車競技部は優勝を逃した。 だから、今度こそはだ。 絶対に行く。今度はコースじゃなくて隣に隼人くんがいるだろうけど。 今から楽しみだ。 「そうだみょうじ先輩、ボク新開さんにみょうじ先輩呼んでこいって頼まれてたんです。行きましょう。」 「うん…」 泉田くんに背中を支えられてのろのろと教室を出た。 階段を降りて自転車競技部部室前へ。 そこには自転車競技部の面々がいた。 「いつまで泣いてンだよテメーはヨ!」 「うるさいぞ荒北!これが泣かずにいられるか!」 いつも通りうるさい荒北くん、ぼろぼろ泣いている東堂くん。 東堂くんの制服は予想通りというべきか、ブレザーなのにボタンが一つもなかった。袖のボタンも一つ残らずなくなっている。 さらに言えばネクタイもないし花もない。 きっとファンの女の子にあげたんだろう。 後ろから東堂くんを慰めていた隼人くんと目があって、こちらへ歩いてくる。 隼人くんのたれ目には泣いた形跡がない。というより、この中で泣いたのは私と東堂くんだけなんだろう。 「悪かったな、塔一郎」 「いえ、ボクもみょうじ先輩と話したかったので」 ユキのとこ行ってきますね、と泉田くんはその場を去った。 自転車競技部は引退の時に一度別れを済ませているから、この光景も二度目なのかもしれない。 「みょうじ、世話になったな」 「ふ、福富くん…」 いや、むしろ世話になったのは私です。高校三年生とは思えない貫禄の福富くんに頭を下げた。 何度福富くんに教科書を借りたことか。 荒北くんに凄まれてびびっていた私を助けてくれたのも福富くんだった。 すごく頼りになる、箱根学園自転車競技部の主将だった。 「みょうじちゃん、オレとの別れはさみしいだろう、これをやろう。」 「え」 東堂くんはそう言うとシャツのボタンの一番上をブチっとちぎった。 シャツは流石にやめた方が、と思ったけど止める前に渡されてしまったので、お礼を言って受け取っておくことにする。 東堂くんは面白くて、女子人気があるのが頷けるようなひとだった。 初めて自転車競技部の人たちを紹介された時、硬くなってた私を解きほぐしてくれたのも彼だっけ。 「なに、みょうじチャンもしょぼくれてんのォ?」 「う」 ポッケに両手を突っ込んだ荒北くんが顔を寄せてきた。 この人はずっと怖かった。年がら年中怖かった。 いつも声が大きいし口も大きい。ていうか口も悪い。態度も悪ければ素行も悪い。 でも優しい人で、お昼ご飯のカツ丼のカツを取り落としてしまった時に最初にくれたのは彼だった。 そのあとみんながみんな乗せてきて倍くらいの数になってしまったのも覚えてる。 隼人くんと喧嘩をしたときに、話を聞いてくれた。 指を切った時に絆創膏をくれたのも荒北くんだっけ。 なんでもってんだとその時は笑ってしまったけど。 「みょうじチャンの匂いは正直嫌いじゃねェヨ」 「う、うん…」 いままでに見たことないような、優しい声と表情。 失礼ながら、こんな顔もできるのかと思った。 わしゃわしゃと雑に撫でられた手が気持ちいい。 「みなさんありがとうございます…」 「なんで敬語なんだヨ」 「メールしてやるからアドレスは消すなよ!」 隼人くんを通して知り合った自転車競技部の人たちも大切な友達だ。 この賑やかな風景も、見納めなのかもしれない。 ぽん、と肩を叩かれる。 後ろにはもう見慣れてしまった顔。隼人くんがいた。 「なまえ、ちょっといいかな」 「お、隼人やっとか」 「とっとと行けヨ」 「頑張れよ」 隼人くんに手を繋がれて、部室から離れた。 自転車競技部の面々の言葉に、隼人くんはいつかみたいに手をひらりと振った。 どこに行くんだろう。 ずんずん進んで行って、辿り着いたのは何度も来た場所だった。 中庭だ。 意外にもそこは人はおらず、私と隼人くんだけだった。 ベンチと自販機、花壇に端にはホース。 出会ったあの日を思い出す。 ベンチに座って、隼人くんが話し始めた。 楽しかった話、恥ずかしかった話、思い出はたくさんある。 そのどれもがキラキラ輝いている。 最中はなんでもないと思っていたことも、振り返れば青春だった。 思い出すたびに隼人くんとの別れが辛くなる。 大学生になって、連絡を取り合わなくなるかもしれない。 自転車競技部の人たちは自転車を続けている限りレースで会うかもしれないし、共通の趣味がある分あって話す機会も多いだろう。 でも私と隼人くんを繋いでいたのはクラスメイトっていう細いつながりで、それを引き合わせたのは一枚のジャージだった。箱根学園の誇らしげな文字。 離れたくない。繋いだ手に力を込めた。 「なまえ」 「…いやだよ」 「え?」 「そつぎょ…したくない…」 ポロポロ涙がスカートを濡らす。 繋いでない右手で拭ってもさっきみたいに収まらない。 隼人くんの左手が私の右頬を包んだ。 こぼれた涙が隼人くんの手を伝う。 「オレも、なまえと離れるのは嫌だな」 「うう…」 「ぶっちゃけさ、高校の友達なんてよっぽどじゃなかったらずっと一緒にいるなんてできないんだろうな」 きっとそうなんだ。 ずっと一緒にいようね、なんて約束した中学の友達も、なんとなく疎遠になってしまっている。 寮生活をしていればなおさらだ。 中学の時一番仲良かった子は彼氏ができて高校2年生になった春から遊んでいない。 こうしてお互いに忘れていって、いつか思い出さなくなる。 大学に入ったらかっこいい隼人くんはきっとモテモテで、すぐに彼女もできる。 私になんて構ってる暇はない。むしろ、彼女がいる分友達でいることさえできなくなるかもしれない。 「いやだ、いやだよ隼人くん…」 「うん」 「彼女つくっても、ともだちでいてほしいよ…」 頭を隼人くんの胸板に押し付ける。 泉田くんより薄いものの、しっかりとしたそれからは、隼人くんの匂いがして落ち着いた。 左手が背中に回されて抱きしめられたんだとわかる。 距離が近い。心臓がうるさい。それでも、それにかまってる暇はない。 「…なまえ、あのさ。名案が…あるんだけど」 名案?顔をあげた。 そこにはいつもと変わらないのに、いつもと違う顔をした隼人くんがいた。 友達でいられるならなんでもいい。名案ってなんだろう。 「なまえが、オレの彼女になるとか、どう?」 私が、隼人くんの彼女に 「えっ?」 「いやだから…」 「え、ちょっと、え?な、なに、はや、はやとく、うわっ」 動揺した。動揺しまくった。隼人くんの真剣な顔。全身が熱くなる。 混乱して、とりあえず立ち上がろうとした。 でもうまくいかなくて、足が絡んでしまった。 こける、そう思って隼人くんに手を伸ばして、というか手をつないだままだったから自然に、地面に肩を打った。 固定されたベンチは揺れない。 私たち二人だけ地面に寝ているみたいになった。 「いった!」 「いて…」 せっかくの卒業式なのに、ブレザーが汚れた。 きっと砂が付いている。お母さんにも怒られる。 でも起き上がる気がしなくて、このままずっと2人で手を握ったまま寝ていてもいい気がした。 「は、はやとくん」 「なに?」 「その、さっきの話なんだけど」 今度は私から切り出した。 「もっかいちゃんと、言ってください」 隼人くんは微笑んで、口を動かした。 「なまえ、オレと付き合ってください。」 春、出会いと別れの季節。 卒業式、さよならの日。 私たちもさよならすべきだったのかもしれない。 もう期日はきた。 友達の隼人くんにはさよならだ。 「よろこんで!」 「で、なんでそんなドロドロなの」 「え、えへへ…」 手をつないで教室に荷物を取りに戻った時に、マキちゃんに言われた。 簡単に事情を説明するとマキちゃんはふわっとわらって、祝福してくれた。 「ていうか、いまさらって感じはするけどね」 「なんで?!」 「だって、新開くん思いっきりなまえのこと好きだったじゃん」 そうなの?と隣を見ると照れた顔で「ばれてたか」と言う。 …もしかして、私結構前から隼人くんに好かれてたの? ていうかマキちゃんはそれに気づいて私は気づいてなかったってこと? 「チャリ部の人たちも気づいてたんじゃないの?」 「えっ?!」 「そりゃまあね」 「なんで?!もしかして知らなかったの私だけ?!」 なんでだ、なんで誰も教えてくれなかったんだ。 どうやら隼人くんの思いは予想以上に知れ渡ってるらしくて、だからこそ周りは付き合ってると思ってたらしかった。 あとで泉田くんに聞くと文化祭の時点で既に付き合ってると思われていたらしい。 私ってそんな鈍い人間だったのか、と一人ショックを受ける。 「まあいいよ、これから嫌ってくらい教えてあげるからさ」 バキュンポーズ、東堂くんが教えてくれた隼人くんの「必ず仕留める」って合図。 「わ、私仕留められるの…?」 「もう仕留められてんじゃない」 マキちゃんのツッコミに笑った。 空は青い。卒業日和だ。 この日私は、高校と友達を卒業した。 131216 ← |