ジェーケースリーラストオータム・下







場所を変えて、今度は泉田くんのクラスに来た。
自分たちのクラスの出し物の時間までは十分に余裕がある。
だから来たのだ。オバケ屋敷!

「うわ、結構雰囲気ある」
「でしょう」
「泉田くんそれなに」
「フランケンシュタインです!」

偶然にも受付係はちょうど泉田くんの時間だったらしく、金券箱の前に座っている。
泉田くんはインターハイが終わって少し伸びかけた髪にネジが刺さっていて、簡単な特殊メイクが顔に施されていた。
服装は汚れた白衣が肌蹴ていて、立派な筋肉が丸見えだ。
結構雰囲気は出てるけれど、やっぱりぴんと伸びたチャームポイントのまつげがなんだか外れていてかわいらしい。

「脅かす係りじゃなくても仮装するみたいで、クラスの人にしてもらいました。」
「似あってんな」
「ありがとうございます!」

泉田くんも憧れの新開さんに褒めてもらうと嬉しいのか、背筋をぴんと伸ばして喜んでいる。
泉田くんのこういう素直でマジメなところが私は凄く好きだと思う。
非常にいい子なのだ、彼は。
とりあえず話しているよりも中に入ろうということで、泉田くんに金券を支払って中に入った。
一人60円。文化祭価格さまさまだ。
入口は教室の前側ドア、出口は後側ドアらしい。
中で道が入り組んでいて、結構暗いので気をつけてと泉田くんから忠告された。

中に入ってドアを閉めると本当に真っ暗で、どこになにがあるのかすらわからない。
かろうじて机で出来た道のようなものがぼんやり見えるくらいで、隼人くんがどこにいるのかもわからなくなってしまった。

「は、隼人くんどこ」
「此処、此処」
「どこ!」

教室に声が響く。おどろおどろしいBGMが流れている。
望んだ声は、おもったより近くから聞こえた。
手を上下左右に振ってみるけれど、それらしいものには当たらない。
声だけ聞こえるけれどそこに隼人くんが居ないみたいで、不安が足を掬った。
おばけが苦手とかかわいいことは言わないけど、こういうリアルな不安が逆に怖いんだ。

「は、はや」
「ここだって」

後ろに一歩下がったとき、背中を誰かに抱えられるのを感じた。
旋毛に息がかかる。後ろに隼人くんがいるんだと理解するのにそう時間はかからなかった。
振り返っても、姿がそこにあるのはわかっても顔は見えない。

「大丈夫?」
「うん…」

まさかオバケじゃなくて暗闇にびびることになろうとは。恥ずかしい。
隼人くんの右腕が今私の右肩を抱えるようにして前後に立っている。
その右腕をすすすと左へ持ってきて、その手は私の左腕を掴んだ。

「流石にあのまま歩くのはな。」
「う、うん」

暗闇が怖くて、隼人くんの手をぎゅっと握る。
道中にはこんにゃくが垂れてきたりとか、青白い光が浮いてたりとか、突然足首を掴まれるとか、そういう脅かしがあったけどあんまり怖くなかった。
どちらかというとぎゅっと握った隼人くんの手が暖かくて、そこばかりに意識がいってしまっていた。
教室一部屋分しかないオバケ屋敷はやっぱり狭い。少し歩くと、すぐに出口についてしまった。
ドアを開けると、一気に光が私たちを襲う。
目が慣れず、辺りがまぶしくてよく見えない。

「やっと出口だ…」
「思ったより短かったね」
「どうでした?」
「暗かった」
「暗かったな」

そういうと泉田くんは苦笑いを浮かべた。だって、暗かったんだもん。

「ボク的には足掴むところで怖がってほしかったんですけどね。あれ提案したのボクなんです。」
「へえ」
「あー、あれは怖いっていうかびっくりした」

ね、と隼人くんと顔を見合わせる。
泉田くんはそれを見てなぜかにやっと笑った。
視線の先には私たちの手があって、繋いだままだったことに今気づく。
先輩たち仲いいんですねと微笑まれるとなぜか照れてしまって、離そうとしたものの隼人くんの手がそれをさせてくれなかった。

「隼人くん」
「もうちょっと」

じゃあな泉田と適当に別れを済ませて、隼人くんはすたすたと廊下を歩いていった。
手を繋いだままだから当然私も着いていくことになり、どこに向かっているのかもわからないまま足を動かす。
隼人くんの顔を見上げると「時間が結構ヤバい」と言われた。
繋いでいないほうの手でスカートのポッケからケータイを出して時間を見る。13時54分。

「白雪姫!」




急いで入った講堂は人がいっぱいだった。
一番前の座席を見るとちょうど二席空いていて、マキちゃんがその横にいる。そのさらに隣には亮太くん。

「ごめんマキちゃん」
「もう、遅いからヒヤヒヤしたわよ。どこいってたの」
「後輩のおばけ屋敷いってた…。」
「ふーんそれで…」

含みのある声、さっきの泉田くんと同じ様な目でマキちゃんは私たちの繋がれた手を見た。
隼人くんを見ても離す気はないらしい。
手汗出てたらどうしよう。気持ち悪くないのかな。
そう思っても、私の力じゃ隼人くんの手を解けそうになかった。

「あ、マキちゃんはじまるよ!」

緞帳が上がる。
劇が始まったことでごまかして、マキちゃんの追及からは逃れた。
劇を見ている間も隼人くんの手は離れなくて、ヒヤヒヤするシーンがあるとぎゅっと力を込めてしまった。
その度に力を入れて握り返してくれるのが、なんだかわからないけどちょっとだけ安心した、っていうのはナイショだ。

「白雪姫、僕が護ってみせます。そして、僕と結婚してください。」
「はい、喜んで」

最後のシーン。棺桶には私とマキちゃんが作った花が散らばっている。
高校最後の文化祭なんだなあ。そう思うとなんだか目頭が熱くなってきた。
練習中の光景を思い出す。舞台監督の演劇部の子が何度も怒鳴ってたっけなぁ。
それを花を作りながら眺めていた。そんな思い出。
まずい、ここで泣くわけには。

「なまえ」
「う」

隼人くんの繋いでない左手が私の頬をつついた。泣いているのがばれたのかもしれない。
寂しい。隼人くんの手に力を込める。
仲良くなったのはつい4ヶ月前なのに、ずっと昔から一緒にいるみたいだ。
隣にマキちゃんがいるのに、つい隼人くんの右肩に頭を預けてしまった。やっぱり私は暗闇に弱い。

「ありがとうございました!」

白雪姫役の子の声が講堂に響く。
劇は終演。無事成功した。
パチパチと周りから拍手があがる。やばい、また泣きそうだ。
ふと左耳に隼人くんの口が寄せられた。
ナイショ話をするみたいに聞き取りやすく耳を傾けると、すごくどうでもいいことを言われて笑ってしまい、涙が引っ込んだ。

…大勢の拍手っててんぷら揚げてる音に似てるよね。

そういわれたらそう聞こえてしまう!
その後はずっと涙より笑いを堪えるほうが必死だった。でも、そのほうがいい。

クラス全員で集まって写真を撮って、感動を分かち合う。
泣いている子もいる。白雪姫の子なんか王子様に抱きついている。
元からカップルなのにそういう格好をしているから余計に絵になるし素敵だなと思う。ちょっとだけ、うらやましかった。

「ラブラブだね」

隣に居るマキちゃんに言う。
亮太くんは別のクラスなので、遠慮して少しはなれたところに行ってしまった。

「いや、あんたに言われてもね」
「!!!」

そうだ、手、繋ぎっぱなしだった。
よく見ると、クラスの人にもチラチラ見られている。あれ、もしかして…

「は、隼人くん離そう」
「え」
「ね、ね!」

ブンブン手を振り回すとしかたなし、という風に隼人くんは手を離してくれた。
久々に空っぽになった手は案の定手汗をかいていて、空気に触れると凄く冷たい。
きっとこれは手汗のせいじゃなくて、普通に熱くなってるからだ!

「違うよコレは、オバケ屋敷で、」
「誰に弁明してんのよあんたは」

デコピンされた額を押さえて、涙目でマキちゃんを見上げる。
マキちゃんのじとっとした目が胸に刺さる。世知辛い…。
でも私は知っている、そういうマキちゃんも私と同じくさっき泣きそうになって、亮太くんに手を握ってもらっていたことを!

「んふふ、マキちゃん、うふ」
「気持ち悪いわよあんた」

…マキちゃんの態度、やっぱり日に日に冷たくなっている。



その後は隼人くんと適当に店を回って、文化祭終了の時間を待った。
東堂くんのクラスお店は東堂くんが人気過ぎて入れなかったし(女子の写真大会と化していたらしい)、福富くんのクラスのたこ焼きは既に売り切れていたらしい。
そうなると文化祭特有の『金券はあるけど買うものがない』状態に陥って、何もできなくなる。
残った時間は中庭のベンチでジュースを飲みながらだらだらしていた。これでいいのか、最後の文化祭。

「たのしかったね、隼人くん」

いや、これでよかったんだ。
中学の文化祭も女の子と一緒に回った。高校も、2年まではマキちゃんと一緒だった。
最後の最後に生まれて初めて男友達が出来て、一緒に回った。
なんだかすごく青春してる気分だ。こういうの、マンガでしか見たことなかったから憧れていた。
男友達だからじゃない。純粋に隼人くんが人として、友達として好きだ。
優しくて、人のことをよく見てる。たまにバカみたいなことを言う。
マキちゃんとはまた違う安心感があって、違う世界を見せてくれる。

「なまえ」
「なに?」
「……いや、うん。オレも楽しかった。」

風が吹く。
シャツは濡れてない。でも、寒い。秋風だ。
もうすぐ冬が来る。冬が来たら、春が来る。

卒業だ。


「…隼人くん、私あんまり卒業したくない。」
「奇遇だな、オレも」

せっかく素敵な友達ができたのにな。
高校を卒業したら二度と会えないわけじゃないっていうのはわかっているけれど、どうしようもなく寂しくなって私はまた泣いてしまった。





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