ジェーケースリーラストオータム・中 そして来たる当日。 箱根学園は学校の規模こそ大きいものの割と山奥にあるので人が来ない。そう、人が来ない。 もちろん一般的な高校よりは来るだろうけど、学校の規模に見合ってるかといえばそうでもない。 まあまあ繁盛している、そんなかんじ。 隣を歩くのは約束した通り隼人くんで、マキちゃんは亮太くんに腕を絡めて去って行った。進展がどうとかいう言葉を残して。 「なまえどっか行きたいとこある?」 「うーん、泉田くんトコと、あと…」 ちょうど目の前にあった、友達のクラスのお店だ。 パンケーキなんて女子力満点な看板付きのお店はそこそこ繁盛している。 「ここ靖友のクラスだな。」 「やすとも?」 「荒北」 荒北くんか。顔を思い出して、パンケーキとのミスマッチに笑ってしまった。 隼人くんも同じことを考えていたようで吹き出している。 教室に入ると友達がかわいいエプロンを着ていた。 手をひらひらと振ってから、私の隣にいる新開君を見て、叫んだ。 「ちょっ、なんでなまえ新開くんと一緒にいんの?付き合ってるの?」 「つ、つきあってないよ友達だよ」 「聞いてないんだけど?マキについでなまえも裏切り?」 「ちーがーうーよー!」 「日笠早く運んでくんナァイ?!」 「はいはいわかったうるさいな荒北声でかい!」 荒北くんは奥でパンケーキの生地をかき混ぜる係りをしていた。 ピンクのにチェックの明らかに女子から借りました、といった雰囲気のエプロンをしていてまた吹き出す。ヤバイ。これはヤバイ。 「っ靖友それはっ…!やばいだろ…っ!」 「っるせェ!帰れ新開!」 どうみても荒北くんが一番うるさい。 隼人くんはツボに入ったのか、私の肩に右手を置いてそれにもたれかかるようにして左手で口を押さえて笑いを堪えている。いや堪えれてない。 ていうか体重をこちらにかけてくるのですごく重い。肩が取れそうだ。 「で、ご注文は?」 「生クリームふた…いや、三つ」 「マキに持ってくの?」 「いや、隼人くんが食べる」 この人の大食いをなめてはいけない。 前に暇つぶしに作ったお菓子を持っていったら人にあげる用にキープしてたの以外全部食べやがった。 食べてもいいとは言ったけど、まさか全部食べるとは思わないじゃん! 「さすがなまえ、わかってる」 「そりゃあれだけ食べてるの見たらね」 「はいそこいちゃつくの禁止!」 「いちゃついてない!」 リア充はでていけ!と背中を押されて教室を追い出されてしまった。 せっかくエプロン姿の荒北くんを眺めながら食べようと思ったのに、残念だ。 適当なところに座って食べようということで、エントランスに特別に設けられた飲食スペースへ向かった。 「人多くない?」 「そうだな。あ、空いた」 生徒の親御さんらしき夫婦が席を空けたのを見て隼人くんはシュンシュン進んで行き席を取った。すごい、はやい。 さすが箱根の直線鬼と褒めるとそれは関係ないと頭にチョップを入れられてしまった。 個人的には好きなんだけどな、直線鬼って異名。 「おいしいな」 「靖友がこれ混ぜてるって思ったら面白くて食えない」 「いや意味わかんないよ…。」 とか言いながらひょいひょい隼人くんは口にパンケーキを運ぶ。 うーん、美味しそうに食べるなあ。 二枚あったはずなのに一瞬で食べてしまった。私のはまだ半分残ってるのに。 「あ、隼人くん」 「何?」 厚い唇の端に白い生クリームがついている。 口ついてるよ、と手を伸ばしてから気づいた。 私、なんて大胆なことしようとしてたんだ。 「い、いやついてるから、その」 「とってくれてもいいんだよ」 「いいです!遠慮します!」 ポッケからポケットティッシュを取り出して隼人くんに投げつけた。ナイスキャッチ。むかつく。 自分のやろうとしていたことを思い出してまた顔が熱くなった。 そんなラブラブカップルじゃないんだから、口についてるよ(ハート)みたいな、そういうことはしちゃいけない気がする! 「やっとなまえにもそういうのの分別ついてきたな」 「やっとって何?!それくらい私でもわかるよ」 どうだか、と首を傾げた。 そんな変なことしてたっけ?隼人くんとの絡みを思い出すけど、特に思い当たらない。 振り向いた隼人くんの肘に私の胸が当たって気まずくなったことくらいしか。 …いやそれも思い出したら恥ずかしくなってきた! 「なまえは前からそういうこと気にしないからな」 「な、なに?ちょっと言ってみてよ」 「初めて飯食った時にズボンに手突っ込まれたこととか?」 そういえばそんなこともあったなぁ。あの時から隼人くんって呼び始めたんだっけ。 ていうか、ズボンに手突っ込むって、それ私変態みたいな言い方じゃないですか? 「ズボンじゃなくてポケットだから!」 「いやでもあれは一緒だろ?あと10cm奥に手突っ込んだら…」 「わーわーやめろー!!」 顔が赤くなる。そういえばその時もなんか言われた気がする。やめとけみたいな。そういうことだったのか。 その時にちゃんと教えてくれたらよかったのに! あれ以来隼人くんくらい仲良い男友達なんてできていないから、隼人くん以外にそういうことをする相手なんていなかったけど! 「ああいうことされると男としては…」 「もう黙っててよー!」 残り半分のパンケーキを自分のフォークで刺して無理やり隼人くんの口に押し込んだ。 もぐもぐ、と咀嚼した感覚が手に伝わる。 「やっぱりなまえはわかってない」 またやってしまった、と思った。 131214 ← |