とびだせ一歩






「みょうじさん一緒にお昼食べない?」
「あれ、なまえ新開くんと仲良かったっけ?まあいいやあたし亮太と食べるしいいよ」

どういうことだ、返事する前に私の昼休みが決まってしまった。


新開くんとお友達になってから、それから特に日常が変わるでもなく普通に一週間を過ごした。
変わったことといえば新開くんがちょくちょく話しかけたりちょっかいかけてくるようになったことくらいで、新開くんとは少しずつ仲良くなってきている。気がする。

4時間目も終わりお腹もなかなかに空いてきて、さてご飯だと食堂に向かおうとすれば後ろから腕を掴まれて、なんだと思えば新開くんだ。
いつも一緒に食べているマキちゃんは彼氏の名前を呼んで何処かへ行ってしまった。世知辛い。


「な、なんで?」
「ダメ?嫌ならオレ一人で食うけど…」
「だ、ダメなことないけど!」

新開くんがあからさまに残念そうな顔をする。
新開くんが一人で食べてるところを想像して、さみしくなって断れなくなってしまった。
マキちゃんが欠席(という名の彼氏とのデートでさぼり)して一人で食べたラーメンの心細さとしょっぱさを新開くんには知ってもらいたくない。
ていうかマキちゃんが言ってしまったから新開くんを断ると私がまた一人になる。それはさみしいから嫌だ。
ついこの間友達になったところなのに、一緒にご飯なんていう上級なかよしイベントをこなしてしまっていいんだろうか?不相応じゃないか?
そう思いながら戦場と化しているであろう食堂へ急いだ。



「みょうじさん何食べるの?」
「ラーメンかな…」
「好きだもんな。じゃあ席とってて、ついでにこれ持ってって」

食堂では食券自動販売機前にたくさんの人が並んでいた。
並んでるはずなのに、人ごみになっている。見ているだけでも気持ち悪い。
私はあまり人ごみが得意じゃない。背が高くないから人に埋れてしまうのだ。
だからいつもは早く行くのに、今日は新開くんに呼び止められて遅くなってしまった。
嫌だなあと思っていたけれど新開くんにパンが入ったビニール袋を渡されて席を取っててと言われたので、もしかしなくても代わりに買ってきてくれるのかもしれない。ラッキー。
ていうかなんで新開くん、私がラーメン好きなの知ってたんだろう。

食券は並んでいるものの座席はまだ空きがあった。
安心して座ると真反対の場所にマキちゃんと彼氏の亮太くんが見える。
美人とイケメンでお似合いだ。釣り合うっていいなぁ。
最初めちゃくちゃ美人なマキちゃんに彼氏が出来たなんて言うからどんな奴だと心配していたけれど、亮太くんはアルバイトに精を出す爽やかイケメンだった。
羨ましい。亮太くんは別に好みじゃないけど、私もあんな素敵なカップルになりたいな。
…相手なんていないけど。


ぼーっと理想のカップル像について考えていると、新開くんが両手に重そうなお盆を持ってやってきた。
椅子を引いて片方のお盆を持つ。重い。
私の注文したラーメンと、新開くんのカツ丼の大盛り。すごい。

「新開くんよく食べるね、パンもあるのに」
「自転車乗ってるとお腹空くんだよな。元から大食いだけどさ。」

そういえば2時間目と3時間目の間にメロンパンを食べていた気がする。
おぞましい胃袋だ。ブラックホールだ。
それだけパンを食べたら、シールもすぐに集まってお皿と交換してもらえそうだ。

「新開くんのお嫁さんになる人は大変そうだね」
「そう?」
「食費が嵩みそう」
「その分オレが稼ぐさ」

ばちん、とウインクされた。でた、イケメンの特権。
私がしてもここまでカッコつかないだろうなぁ。素直にすごいと思う。
ていうか冷める前にラーメンを食べなければ。割り箸を割る。
無視したらちょっと悲しそうな声を出された。


そういえば、と思い出す。お金を渡していなかった。
このまえカルピスも奢ってもらったし、ていうか普通にお昼ごはんをご馳走になるわけにはいかない。
新開くんもなにか言ってくれたらいいのに。
ラーメンは週一くらいで食べるので値段は覚えていた。
三百円。食堂価格最高!

「新開くん、お金」
「ん?いいよ」
「いやダメだよちゃんと払わないと。そのお金は彼女とデートした時のためにとっときなよ」
「300円を?」
「…うん」

300円もあれば彼女とプリクラワリカンで撮れるよきっと。
なかなか受け取ってくれないのでめんどくさくなって無理やり新開くんのズボンのポッケに300円をねじ込んだ。
新開くんは肩をびくっと震わせる。
馴れ馴れしかったかな、見上げると変な顔をしていた。

「おめさん、そういうこと平気でするタイプ?」
「え、ごめんなさい」
「いや謝ることじゃないけど、」

男のズボンに無闇に手を入れるなよ、と新開くんは左手で私の頭を撫でた。
男の友達がいたことがないから、何をしてもよくてなにをしちゃいけないのかがわからない。
もしかしたら男の人のズボンにはタブーがあるのかもしれない。
そう思って恥ずかしくなった。みっともない、次からは気をつけよ。

「ごめんね、もうしないから」
「ん、オレにはしてもいいけどね」

どっちだよ。どっちにしろ新開くん以外男友達はいないのでする相手もいない。
新開くんは遠にカツ丼半分くらい食べ終えていた。ペースが速い。
私も早く食べなくちゃ、ラーメンは伸びるんだ。
つる、と麺を吸うと噎せて、新開くんに背中を叩かれた。

「マキちゃん」
「マキちゃん?」

ラーメンから顔を上げた時、向こう側にいた友達カップルと目が合う。
私はさっき気づいていたけれど、あの二人は今気づいたようだ。
手を小さく振られる。振り返す。

「マキちゃんてあの子か、びっくりした。」
「うんそう、知らなかった?」
「いや、尽…部活のヤツの友達?がさ、マキちゃんてあだ名で。男だけど。」

めんまに箸をのばす。
マキちゃんがあだ名になるってどんな名前だ、マキオ?マキタロウ?イマイチピンとこない。
マキシマだよ、と新開くんは笑った。そうか、苗字というのもあるのか。
マキシマでマキちゃん。素敵なあだ名じゃないか。
ちなみにこっちのマキちゃんは普通に名前が真紀だ。

「みょうじさんはマキちゃんになんて呼ばれてんの?」
「なまえだよ、普通に」
「なまえか」

名前を呼ばれてちょっとどきっとした。
家族以外の男の人にフルネームじゃなく下の名前呼び捨てにされるの、初めてかも。
どんだけ男子と絡みがないんだ私。少し悲しくなる。
いいんだ、マキちゃんちゃんと違って私は美人てわけじゃないから。こんなもんだ。
自分で考えながらしょげてきた。

「いい名前だな。」
「…ありがとう。新開くんは」
「隼人だよ」
「そう、隼人」

はやと、かっこいい名前だ。さすがイケメンだけある。
隼人ね、と呟くと、新開くんがそっぽを向いた。
耳がちょっと赤い。てれてる…の、か?

「新開くん?」
「…ごめんちょっと今は無理」
「え、ごめん違ったらあれだけど照れてる?」
「………ウン」

ぺた、と大きな手が新開くん自身の顔を覆った。
ちょ、なんかかわいいな。新開くん。

「隼人くん」
「やめて」
「あはは、ごめん、かわいくて」
「…。」

いい名前じゃないか、隼人くん。素敵だ。
なんか速そうな感じするし、自転車やってる新開くんにはぴったりだと思う。
ずっと手で顔を隠したままの新開くんの指をつついた。
ちょっとやりすぎたかな、やっぱり私って男子のことが全然分かってない。

「なまえ」
「な、なんですか」
「…いや、そっちのほうがかわいいなって」

呼んでいい?
手を顔につけたまま首を傾げた。それが何かおかしい。
でも名前呼びはだめだ。恥ずかしい。むずむずする。

「恥ずかしい」
「恥ずかしくていいよ」
「よくないよ」
「オレがそう呼びたい」
「ダメだって」
「ダメ?」
「…ダメだよ隼人くん」
「………。」

よし、黙った。
顔を抑えてるから見えてないだろうけど、実は私の顔も真っ赤だ。
人のこと言えない、名前を呼ばれるのってこんなに照れるのか。

「じゃあ隼人って呼んでいいから、なまえって呼ぶよ」
「え!」
「きまりね」

いいよって言ってないのに、新開くんはなまえって呼んだ。
恥ずかしい、恥ずかしい!
誤魔化すようにラーメンを見たら量が増えている気がした。の、伸びている…。
新開くんは手を外して、パンを食べ始めた。
こいつのせいだ。くそ、ぶよぶよだ。

「なまえのラーメン、伸びてるね」
「…隼人くんのせいじゃん」

お互いにまた頬に赤みがさす。
かゆすぎる、恥ずかしすぎる。

…それでもなんだか、仲良くなれた気がして悪くはないのだ。








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