メイクライク








「あれ、みょうじ先輩?」
「…泉田くん」

ふっかふかのふっわふわ、自分のもこんなに綺麗に洗ったことがない位素敵に仕上がったジャージと体操ズボンが入った紙袋を抱えて朝私は自転車競技部の活動場所に来た。
朝7時だと言うのにみんな汗を流しながらペダルをしゃこしゃこ回している。
熱気がすごくて、これが運動部かと圧倒された。

今日は体育があるからと態々早起きして持ってきたのに、お目当ての人には会えそうにない。
正直、あまり話したこともないのでクラスの人の目がある教室で渡したくなかった。
どうしようとうろちょろしていると、後ろにぬっと影が伸びる。
振り返ると同じ中学だった後輩の、泉田くんが居た。
委員の会議で親切にしてもらったので、よく覚えている。
本当は先輩の私が親切にしなきゃいけなかったのに、よくできた子だと感心した。
いや、そんな思い出話はどうでもいいんだ。

「どうしたんです?それは?」
「あの、これ新開くんに…」

渡しといてもらえないかな、と差し出そうとする前に、泉田くんは私の背中に手を添えて

「失礼します、新開さんお客さんです!」

と、大きな声で言った。
真ん中で走っていた人をじっと見ていた視線が私に集まる。
なんだか気が悪くて紙袋をぎゅっと抱きしめた。
泉田くんを見上げるとにこっと笑われたけど、そうじゃない。
気を使いました、みたいな風を出してるけどそうじゃないんだ!
くるり、と黒髪の男子にしては長い髪の人と目があった。
あ、この人知ってる。有名な人だ。トウドウ、とかいう、イケメンの人だ。


「なんだ新開、熱心な女子ファンだぞ?」
「女子ファン?」

トウドウとかいうイケメンは私をつい、と指差して新開くんを呼んだ。
新開くんは細い自転車に乗ったままくるりと私の方を向いた。
目が合うと新開くんは自転車から降りて、変なローラーからも降りて細い自転車を壁に立てた。

「みょうじさん、どうしたの?」
「えと、これ昨日の、」
「ん?オレ名乗ったっけ」
「ズボンに書いてるじゃん…」
「ああ、そうか」

練習中に申し訳ないと言うと新開くんは女の子キラーな笑顔でいいよと言った。
うーん、これだからイケメンはずるい。
あまり時間を取らせるのも悪いと思い昨日のお礼も添えてとっとと帰ろうと思ったのだけど、それは新開くんが許さなかった。

「ちょっと話そうか」
「え?」




気がついたら部室の近くにある自販機と休憩用のベンチの前に来ていて、アルミ缶のカルピスをごちそうになっていた。
どういうことだ?新開くんは朝練をしていて、練習を中断させてしまったはずなんだけど。

「練習は?」
「いいよ、ノルマは終わってる」

よくないでしょ、あんな後輩に見られてたのに…。
カルピスに口をつけた。つめたい。喉に白い塊が絡む。

「それよりみょうじさんと話したくて」
「はぁ?」

びっくりして、素直にそんなことが口を出た。
慌てて取り繕おうとしたけれど遅くて、新開くんは笑う。今度は自然に。

「ごめんなさい、びっくりして。」
「いや、みょうじさんが謝るようなことじゃないよ。むしろオレが謝らなきゃ。」

なにを?
こうやってここまで連れてきたことか?うーん、わからない。新開くんが。
ここにいることについてはカルピスでチャラだと思うし、私にはジャージを借りたという借りが残っている。
もし彼が私と密かにお話をしたいと思っていたのなら、受け入れよう。それで貸し借りなしだ。

「泉田とは仲良いのかい」
「仲良いていうか、中学一緒。委員会で、優しくしてもらって。」
「優しく?」
「私生徒会の書記みたいなことしてたんだけど、その時の会長がすごい早口で学年委員会のときのメモとれなかったの。その時に泉田くんがまとめたメモを見せてくれて。」

そこからいろいろ仲良くなった。
真面目で優しくて努力家でいい子だ。
卒業式には一緒に写真を撮ったなあ。
箱根学園に行くんだよと言ったら「ボクもそのつもりなので待っていてください」って言われたっけ、懐かしい。

そこからぽつぽつ泉田くんの話をした。
新開くんも自転車部の中では泉田くんに特に期待しているらしくって、話は弾んだ。
さすがに冬でもタンクトップはやめたほうがいいとか、たまにプライド高いこと言うよねとか、そんな話。
新開くんとまともに話したのは昨日のをカウントしなければこれがきっと初めてで、それなのにこんなに楽しく話せたのはきっと彼がお話上手だからだろう。
最初の気負っていたきもちはどこかへいっていた。


「…妬けるな」
「え、なにが」

新開くんが小さくつぶやく。
彼の目はじっとつま先を見ていた。
靴、そういえばスパイクじゃなかったな。
自転車の靴だ、ペダルとくっつけられるやつ。
私のは磨り減ったローファーだ。
どちらも使い込んで汚れているけれど、新開くんのは誇らしい汚れな気がした。
私のは踏み潰したり、躓いたり、そういう汚れだ。

「泉田はいろいろ知ってんだろうな、みょうじさんのこと」
「そりゃ、それなりに仲はいいし」
「羨ましい」

羨ましい?
足元から一転、新開くんは空を見上げた。
カルピスのアルミ缶は空っぽで、昨日みたいな風が吹いたら飛んでいきそうだ。

「新開くん、」
「みょうじさんオレと友達になって」

ぱっと手を出される。握手をするときみたいに。
新開くんの手はざらざらしていた。
男子の手をこんなにちゃんと握ったのは初めてかもしれない。
きゅ、と握ると強く握り返された。力が強い。
昨日私の頭を押さえつけた手と同じだった。

「これから、みょうじさんのいろんなとこを知りたい。泉田の知らないようなことも」
「んん?うん…?」
「ヨロシク」

手をほどかれる。
どうやら私と新開くんはお友達になったようだった。
初めての男友達。
友達の彼氏でも友達の弟でも中学の後輩でもない、男友達。
なんだか胸がこそばゆくなった。
新開くんはモテるから、女の子の友達はたくさんいるんだろうな。その中の一人に私もいる。変な気分だ。

そのあと、連絡先を交換した。
自動で登録されたプロフィール写真には茶色いウサギがいた。ウサ吉というらしい。
時計を見ると7時には来たはずだったのに、もう8時になっていた。
まずい、話し込みすぎた、ていうか新開くん練習さぼってんじゃん、ダメじゃん!
「さすがに戻るわ」新開くんは紙袋を持ってベンチを立つ。
私も立ち上がってカルピスの缶を自販機の横の口の丸いゴミ箱に捨てた。

「ありがとうな、みょうじさん」
「こ、こちらこそ……」

不思議な人だ。新開くん。
ぱらぱらと寮生が校門をくぐり始めている。
じゃあ教室で、そう声をかけてから新開くんは部室の方へ足を向けた。


「…あ」
「?」

新開くんが立ち止まって、振り向いた。

「ついでに言っとくけど、濡れてる時はシャツの透けとか気にしといたほうがいいよ」

部室へ足をまた動かして、手をひらひら振った。
水色は可愛かったけどね、風に乗せてそう聞こえる。
顔が一気に熱くなった。

「っばか!!」



131209



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