白い日赤い日 1 卒業して実家に帰って、初めてキッチンに立った。 マキちゃんに「コレおすすめだから」ともらったURLのウェブページのレシピを参考に作ったガトーショコラは、初めてにしてはなかなかの出来だ。 ホワイトデーなのだからチョコレートから離れようかとも思ったが、隼人くんはチョコレートが大好物だから。あと、かわってしまった関係の為に…一ヶ月遅れの本命チョコ、なんて意味もある。 例の電話のあと、ホワイトデーまでに終わらせると超特急で課題を始めた隼人くんだったが、今日、13日の昼には完遂したようだ。 14日まであと数時間、相談した結果、ちょっとした買い物に行くことになった。 百均で買った箱にガトーショコラを詰め、崩れないように紙袋に仕舞う。結構量が多いけれど、ケーキは余裕でホール食いしてしまう隼人くんのことだからなんとかなる…はず。 恋人になってからはじめてのデート、嫌でも緊張してしまって、指が震える。 布団に入ってもどうにも寝付けず、昼に交わしたメールを読み返したりして。 …そんなことをしてしまっていたせいで。 「っごめん!本当にごめんなさい!」 「いや、いいって」 バカだ。そして、ベタすぎる。 肩に挟んだケータイからは、呆れたような声が聞こえる。 約束していた時間は10時、時間になっても待ち合わせ場所現れない私を心配した隼人くんが何通かメールをして、それでも反応がなかったために電話をかけたのが10時半。 待ち合わせ場所までは電車でも最低30分はかかるし、準備だってしなければ。昨晩のうちに着る服を決めていてよかったと心底思う。…まぁ、着る服に悩んでいたから寝坊したというのもあるのかもしれないけど。 「と、とりあえず切るね、あの、本当にごめん…!」 「気にするなよ。ゆっくり来いよ?なまえ、焦るとすぐにすっ転ぶからなぁ」 全く気にしてないとでもいう風に笑う隼人くんの声が、逆に申し訳なさを駆り立てた。 通話を終了させてケータイをベッドに投げ、タイツを履いてワンピースを被った。 背中のチャックがなかなか閉まらずイライラして、化粧も何度も失敗したけれど、どうにかこうにか形になる。 カバンと、忘れないようにときちんとまとめてあったガトーショコラの入った紙袋を持って家を出る。時間は既に通話を終了してから20分が経過していて、結局歩く時間もいれると1時間半待たせてしまうことになっている。 電車に揺られる時間がもどかしく、やっと到着した待ち合わせの駅で紙袋を庇いながら人ごみを歩いた。 大きな駅だから、みんな早足で目的地まで歩いていく。なれない場所に迷いながらも約束した場所までたどり着き、ケータイに視線を落としている隼人くんを見つけた。 「はやっ…きゃっ」 「うお、」 名前を呼んで駆け寄ろうとしたとき、誰かの肩にぶつかり弾き飛ばされるように体勢を崩した。 私の声に気づいた隼人くんが咄嗟に抱きとめてくれたが、せっかく守ってきた紙袋が大きく揺れる。これくらいで形は崩れないのかもしれないが、どうしても心配だった。 「大丈夫か?来る途中怪我とかは…なまえ?」 会っていなかったのは、ほんの二週間の期間だけだった。 卒業式の日に告白されて、それ以来。二週間なんて大したことないって、そう思っていたのに。 「は、隼人く…」 「おい、どうした?どこか痛いのか?」 隼人くんの優しそうなたれ目と、反するように攣りあがった眉、厚い唇と、ふわふわの明るい髪。 全部が懐かしく思えて、その姿を間近で見た瞬間、どうしてだが涙がぽろぽろとこぼれてしまった。 普段より雑な化粧が崩れていく。急いでいたせいで髪型もぐしゃぐしゃだから、今は酷い姿をしているんだろう。 「はやと、く…」 「とりあえず場所を変えよう。ここじゃ…その、人がいすぎるな」 泣いてる女子と男子がいれば、普通の人は「男が女を泣かせた」という偏見を持つように今の日本はできているらしい。 気まずそうに私の肩を抱き、顔が見えないように胸元に寄せてくれた。駅に隣接している建物の、高校生が入るには少しお高い喫茶店へ連れてこられ、奥の席へと通される。 コーヒー一杯がこの値段って。ウエイトレスさんに渡されたメニューを見て、思わず目から涙が止まってしまった。めくったデザートのページのケーキの値段も、普段いくファミレスの値段に比べると倍は違う。 「隼人くん…あの」 「決まったか?」 ちょっと高くないですか、と言おうとしたのに、隼人くんは平然と「オレはこれかな」なんてチョコバナナサンデーを指差す。 なかなかのボリュームがあるらしいそれはお値段もなかなかで、一人で絶対食べられないなと冷や汗をかいた。 …そういえば、隼人くんのおうちってそこそこお金持ちだったような。 一般人代表・私との格差を見せ付けられ、頬が引きつる。 通りかかったウエイトレスさんを呼びとめ、隼人くんがこれとこれを、とメニューを指差して注文する。 かわいらしいウエイトレスさんに酷い顔を見られるのが恥ずかしくて顔を背けていると、隼人くんが付け足すように「あと、メロンクリームソーダも」と言った。 「…隼人くん、いっぱい頼むね」 「そうか?普通だと思うよ」 「だって、飲み物二つ頼んでたじゃん」 「二つ?オレの分はアイスカフェオレだけだけど」 備え付けのナフキンを顔に当てながら、上体を机から起こす。 炭酸苦手か?と頬杖を付きながら尋ねる隼人くんと目があって、お互い同じように理解に苦しんだように瞬きをした。 「…く、クリームソーダ…」 「なまえの分のつもりだったけど…苦手ならカフェオレのほう飲むか?」 「い、いえ、大丈夫です」 そうか、と唇が作った曲線にどきっとする。 さっきまではなんとも思わなかったその唇が、髪が、大きな手が、瞳が。 「は、隼人くん…」 「なんだいなまえ」 「なんか、かっこよくなってない?」 全部がすごく、かっこよくみえた。 140314 ← |