優しさは洗って返すよ











なんかもう、すべてが嫌になっていた。
今日提出の課題を忘れた。
ちょうどピンポイントで解けなかった問題を当てられた。
体育でバレーボールが顔面に直撃した。
昼休みにはお茶をこぼした。
緑化委員会の水やり担当日に限って相方が休んだ。
そしてホースがうねって全身に水をあびた。


「さいっあく」


中庭には人がいない。
イライラを解放するなら今しかない。
「くそったれ!」空に向かって叫ぶ。
障害物にぶつかることなく、その声は消えた。

制服が濡れて気持ち悪かった。
じめじめする。下着までぬれている。
ポッケにケータイを入れてなかったのが唯一の救いだった。

ここまで運がないと泣きそうになる。
いや、むしろもう泣いている。
ぽろぽろと目から涙が滲み出てきて、ついその場にしゃがみこんだ。
土の上だったけど、スカートが汚れるとかはどうでもいい。
丸くなると無駄に元気に輝いている太陽から遮断された気分になる。
真っ暗だ。私の気分のようだ。お先真っ暗だ。


ひぐひぐと情けなく泣いていると、突然、あたりが一段と暗くなった。
でかい雲が太陽を遮った時のような感覚。
腕をほどいて空を見上げようとする。
が、それは叶わなかった。
どうやら私の頭は、上から布で覆われているらしかった。


「な、なに、だれ」
「そのままそのまま」


布越しに声が聞こえる。
そのままってなんなんだ。ていうかお前誰だ。
不信感が募る。
聞こえた声は男子のものだった。
正直、私は男子の知り合いがあまり多くないため、不安で仕方がなかった。

地面に蹲って泣いているところを見られるなんて恥晒し以外のなんでもない。
3年生だから相手にもため口で話すことができる。
実は先輩、失礼しましたなんてことはない、とおもう。
大丈夫ですかの一言も言わないこいつは同級生とみた。
しかし私の数少ない男子の知り合いなど友達の弟とか友達の彼氏くらいなものでで、あとは同中の後輩しかいない。
つまり、泣いててしかも全身濡れ鼠の私に、上からジャージをかぶせるような知り合いはいないということだ。

…マジで誰なんだこいつ。
そのままと言われたけれど、布を剥ぎ取ってやろう。
手を伸ばしたけれど、男のデカイ手で布ごと頭を押さえつけられた。
これじゃ外は見えない。
布に触れると素材的にジャージの類だとわかる。
ボコボコしてるのはどうせ箱根学園、とか書いてるんだろう。
たしか運動部のジャージのデザインがそんな感じだった。つまりこいつは運動部。
余計にわからない。私に同期で運動部に入ってる知り合いはいない。
ジャージを取り除くのは諦めて、また腕を膝に戻した。

濡れてからひゅうと風が吹く度に冷たい。
ジャージのぬくもりが少しだけ心地よかった。
ジャージがシャツに染みた水を吸っちゃうんじゃないか?と思ったけれど、押さえつけてきたのはこいつなので罪悪感は特になかった。

「おめさん、ちっさいなあ」
「なんのはなし、それは縮こまってるからでしょ」

喧嘩売ってんのか、返事をすると男はけらけら笑った。
さくさくと音が聞こえる。何か食べている。音からしてお菓子のようだ。
こんな時間に運動部がこんなとこ来てお菓子食べてるなんて贅沢だな。

ジャージが割と水を吸って、寒くなってきた。
水やりも終わったしそろそろ帰りたい。
もう一度ジャージを除けようとしたけれど、また頭を抑えられた。

「私、もう帰りたいんですけど」
「そのまま?」

…逆に何を着ろと言うんだ。
今日は体育もなかったから衣服なんて持ち合わせてない。
寮までは少し歩くけど、人通りもハコガク生以外はあまりないしまあなんとかなるだろう。さむいけど。

ちょっとまってて、と声が聞こえた。
なんだなんだ?何を待たせる気なんだ?
ぱたぱたと走り去るような足音が聞こえる。変な音だ。変な靴を履いてるのかもしれない。
この隙にジャージをまくってやろうと思ったけれど、少し隙間を入れただけで風が入ってきてめちゃくちゃ寒かった。
ジャージってこんな暖かいのか、だから男子は冬にブレザーじゃなくてこれも着てるのか。納得した。

しばらくして、また変な足音が近づいてきた。
ジャージはめくらないまま足元をこっそり見ると、変なスポーツ用ぽいデザインの靴を履いているのが見えた。
ボコボコ何かがついている。
スパイクとかいうやつか?でもうちの学校には野球部はないはずだ。
サッカー部はあるけど、なんか違う。
考えていると頭にぽす、と新たな重みが増えた。
ジャージの上に手を伸ばすと、今度はざらざら素材の布地で、これには私も馴染みがあった。体操服のズボンだ。
ん?体操服のズボン?

「それ着て帰れよ。トイレならそっちにあるだろうから。風邪引くなよ」

そういうと変な足音は遠ざかって行った。
なんだなんだ?
急いでジャージを剥がそうとしたけれど腕の部分に引っかかって上手く取れない。
私が再び空の下に顔を晒した頃には周りに誰もおらず、やっぱり静かな中庭が広がっていた。
さっきと違うのは手に箱根学園と書かれたジャージと、三年の学年色の体操ズボンがあること。

強い風が吹いて、身震いした。さ、さむい!
ホースは後で片付けよう。中庭近くのトイレに私は走った。
制服をパパッと脱いで、ジャージをパパッと着る。
キャミソールも脱いだので地肌に直接ジャージが触れた。
本当はブラも濡れていたけれど、さすがにノーブラはまずい。
下は脱ぐ前に体操ズボンを履いて、それからスカートを脱いだ。
そういえばあの男は誰だったんだ?
箱根学園の体操服はジャージ、Tシャツ、ズボン全てに名字が刺繍されている。
体操ズボンの腰の部分を見た。そこに名前がある。

「…しんかい」

同じクラスの、割とモテるイケメンだった。
話したことは多分1,2回あるかないかくらい。
…なんて人から借りてしまったんだ!
上のジャージもよく見たら箱根学園のスゴイと噂の自転車部のもので、私は自転車部のナリをしながら女子寮へと帰っていった。



131208



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