喧嘩するほどなんとやら





あの日と同じく、私はイライラしていた。
ご飯の前に先生に呼び出しを食らって理不尽なことで怒られて、プリントを提出し直せと言われて書き直そうとすればお気に入りのシャーペンがない。
仕方なしに別のを使おうとすれば、ちょうどシャー芯が切れている。
補充しようとすれば床にそれらをばらまいてバッキバキ。
無理矢理プリントを提出しなおして、遅くなった昼休みを堪能しようとして教室に戻れば隼人くんが席に座っていて。
イライラしながら学食弁当をあけたら、楽しみにしていたうなぎ弁当のうなぎが一枚減っている。
ここで私の堪忍袋の緒が切れた。

よく覚えてないけどとにかく怒鳴ったと思う。
なんで勝手に食べるの、とか言っていたと思うけど、きっと言葉になっていなかった。
後半は別に隼人くんに対してのことじゃないのに捲し立てた。
隼人くんがぽかーんとしていて、謝ろうとするのも遮って怒鳴った。
一通りいい終わった後いたたまれなくなって教室を抜け出して、やってきたのが荒北くんのクラス。
本当は荒北くんじゃなくて、荒北くんのクラスにいる私の友達・日笠ちゃんに用があったのだけど、残念ながら彼女は席を外していた。
仕方ないのでいつもは怖いはずの荒北くんの前の席に座る。
怒りで頭に血が登っていたその時の私には、荒北くんなんて取るに足らない存在だった。

「…珍しい客じゃネェノ」
「っもー!荒北くん聞いてよ!」

驚いた荒北くんに大声で縋り付くと、うるせえと怒鳴られた。荒北くんの方がうるさいな、と思うのはもういつものことだ。
さっきまでのことを愚痴を交えて荒北くんに吐き出す。
先生ムカつくとか、シャーペンどこいったんだろとか、その辺はもはや隼人くんには関係ない。
荒北くんは私の勢いに負けて、適当に相槌を打って話を聞いてくれていた。

「隼人くんもさあ!普通うなぎ食べるかなあ?!奮発したのにさぁ!」
「みょうじチャンいつもラーメンだもんネェ」

ラーメンは安い。300円。それに比べてうなぎ弁当、600円。倍の値段だ。
ラーメンのチャーシューを1枚食べられたくらいじゃ私は怒らなかったかもしれない。
でもうなぎ。それに比べてあのタイミング。
もう怒るしかなかった。うなぎ、うなぎ、うなぎ…。

「うなぎ…」
「つうか、それじゃ結局メシ食ってネェってことォ?」
「あ」

そういえばそうだ。ハッとすると、腹の虫が鳴いた。
うなぎが食べられているのを見て、怒鳴って逃げ出してきたから結局食べてない。うなぎ。
私の600円!叫ぶとまた荒北くんから文句が上がる。
今頃隼人くんが食べてるに違いない。私の600円。憎い。
お腹は空いているけれど、今更取りに戻れるわけもない。
あんなに啖呵切った後で、「うなぎ忘れてた」なんて言って戻れるような勇気は持ち合わせていない。
弁当を開けた荒北くんをじとっとした目で見ると、眉間にシワを寄せてから、カバンからビニール袋を取り出して、それを私に投げてよこした。

「ホラヨ。2個くらいならやるから」
「あ、あらきたくん…」
「何だヨ」
「かみ…」

神様仏様荒北様。そういえば、東堂くんは山神って呼ばれてるんだっけ。いや、これはあまり関係ない。
私にとっての神、荒北くんは傷ついた私には優しかった。
ビニール袋の中には数個、パンが入っていて、その中からチョコパンと焼きそばパンをチョイスして抜かせていただいた。
前に隼人くんが自転車はお腹が空くと言っていたので、スタミナになりそうなウインナーパンは大事な栄養源だろうと避けたのは、自己満足だ。
人のパンだからから、優しくされたからか、いつもより美味しく感じる。
涙を潤ませながらパンに食らいつくと、「よく食うジャナイ」と驚き半分ドン引き半分な声をいただいた。

「これが食べずにいられるかって話よ?ああうなぎ…」
「まー新開も悪気は無かったんじゃナァイ。多分」
「なに、荒北くん隼人くんの味方するの」
「味方とかじゃないケドォ」

つっかかると、荒北くんがあからさまにめんどくさいオーラを出している。
チョコパンの中のザクザクチョコが美味しい。このパン、食堂にはなかったよなあ。外で買ったのかな。
予想以上の美味しさに、イライラが薄れてきた。荒北くんのおかげだ。
空腹はやっぱり人を不幸にする。お腹が満たされると、マシになるのだろうか。
パンを食べ切ってから、荒北くんの前の席の人の机に突っ伏した。

「うう、荒北くん、優しいね」
「っせほめんな」
「荒北くんのこと好きになったら責任とってね」
「それはやめて欲しいな」

ん?
荒北くんより幾分か低い声が返ってきて、顔をあげる。
キョロキョロと左右に首を振って、右に人影があることに気づく。
そこにはビニール袋を二つを携えた隼人くんがいた。
他でもない、さっき私が怒鳴り散らしてきた相手だ。だらだらと冷や汗が流れる。
なんだか気まずくなって、椅子を動かして荒北くんの後ろに隠れた。
荒北くんはウゼェと言うものの、振り払おうとはしない。優しい。

「やっぱり荒北くんのこと好きになりそう…」
「マジでヤメロ」
「そうだぞなまえ、オレにしときなよ」

隼人くんはさっき私が怒鳴り散らしたことなど気にしていないようで、普通にいつもと同じように話しかけてくる。
気まずくなんてありません、なんて空気を出している。実際にそうなのかもしれない。でも私は違う。気まずさ200%。

「なに、しにきたの」
「謝ろうと思って」

ほら、と隼人くんが荒北くんの机に携えていたビニールを置いた。
中にはうなぎ弁当がある。しかも、うなぎが全部揃っている。
お弁当箱に触れるとほのかに暖かい。
多分、さっき買ってきたんだろう。

「前のは?」
「オレが食べた」

食べたんかい、と心の中で突っ込んだ。
結局、お互いうなぎ弁当を交換しただけじゃないか。それじゃ、私のイライラは収まらない。
不満を前面に押し出して隼人くんを見上げると、それを見越してましたという風にもう一つのビニールを机に置いた。
中を覗き込むと、そこには小さな白い箱が入っている。

「え」
「開けてみて」

箱を開けると、中にはガトーショコラが入っていた。
まさかこのタイミングでガトーショコラが出てくるとは思わなかったので、少したじろぐ。
ケーキなんて学校でどうやって入手したんだ。
学校の外に出て、すこしいけばケーキ屋さんがあるけれど、昼休みに脱走なんて出来ないし、まずこの短期間でうなぎ弁当とケーキを調達するなんて不可能だ。
でも箱のロゴはあのケーキ屋さんのだし、不可能を可能にしたのかもしれない。

「なんで」
「まあ、ちょっと協力してもらってさ」

教室のドアに目配せする。そこを見ると、マキちゃんと東堂くんが顔を覗かせていた。
その後ろには腕を組んだ福富くんも立っている。
なるほど、三人に協力を仰いだらしい。

「流石にヤバイと思ってさ。尽八にうなぎ買ってきてもらって、寿一とマキちゃんに協力してもらって先生ごまかして、ちょっとそこまで、ね」

ちょっとそこまでとは、ケーキのことだろう。
このケーキ屋さんは私のお気に入りのお店だ。特に、ガトーショコラが絶品なのだと話した覚えがある。
隼人くんはそれを覚えてて、買ってきてくれたらしい。
時間を見ても、ロードバイクで全速力で行って帰ってくれば無理な時間じゃなかった。
さすが王者というべきか。

「これで機嫌直してもらえないかな」
「…しょうがないから、ゆるす」

これだけされたら、許さないわけにはいかないだろう。
あの三人に協力してもらったのならなおさら。隼人くんは策士かもしれない。
うなぎ一枚で人騒がせなんだヨ!と言った荒北くんの後頭部を軽くはたいてから、私はうなぎ弁当を開けた。
昼休みはあまり時間がない。はやく食べなくては。

「よかったな新開!」
「まーあれは普通に新開くんが悪かったわよね」
「人のものを勝手に食べるんじゃない」
「ごめん寿一、マキちゃん。でもちょっとヒヤヒヤしたぜ」
「アァ?なんだヨ」
「まさか靖友に持っていかれそうになるとはなー。やらないぜ?」
「いらねーよ!」

そんな会話は、うなぎに夢中になっていた私の耳からは抜け落ちていた。


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