愛執ティラミス

「俺、多分なまえちんのこと好き。まだどこがとか、どんな風にとか、明確にはわかんないけど、多分好き。」

紫原くんが、ゆっくりとした声色で話し始める。
視界は紫原くんの胸でいっぱいだから、どんな顔で話してるのかはわからない。
それでも声は確かに私の大好きな人のもので、夢にまでみた言葉を紡いでいた。

「なまえちん見てると、キスしたくなるし、食べたくなるし、もっと…欲しくなる。他の男と話してるだけでイライラするし、俺にわからないことがあるともっとむかつく。なまえちんのこと、全部俺だけのものにしたい。俺以外にあげたくない。」

ぎゅうう、と頭を抱え込んだ腕に力が入った。
ちょっと苦しいけれど、まだ息ができないわけじゃないので耐える。
紫原くんの背中に腕を回して、シャツをぎゅっと力を籠めて掴んだ。

「だから、俺のになって」

こくん、と腕の中で頷いた。
紫原くんの手が私の頭をなでて、私の目から涙があふれ出た。
シャツが私の涙を吸っていく。ああ、ぬれちゃうなぁ。
背中に回した手の力は涙の量に比例するように強くなり、紫原くんの腕もまた、強く私を抱きしめた。

「紫原くん、私…」
「なまえー!大丈夫ー!?」

窓の外から、大きな声で名前を呼ばれて、びくっとした。
紫原くんも驚いたのか、私を抱きしめる力が一気に抜ける。
とりあえず離れて、ベッドの横の窓を開けてみた。

「おっなまえ!」
「ともちゃん…」

外で私の名前を呼ぶのは、電話をかけた友人のともちゃんだった。
紫原くんが私の後ろからぬっと顔を出す。
するとともちゃんがあー!と近所迷惑になりそうなくらい大きな声を上げる。
…う、うるさい…。

「ちょっ、紫原!あんたなまえに変なことしてないでしょうね!?」
「変なこと…?」
「もー!なまえ入るわよ!」
「えっ、えー!?」

ど、どうしよう!
ともちゃんは何度か私の部屋にきたことがあるから、ここに辿りつくまでそう時間はかからないだろう。
とりあえず洋服の乱れを整えて、ベッドも気持ち綺麗にシワを伸ばした。
何がなんだかよくわかってない紫原くんを立たせたところでともちゃんがドアをぶち破るかのような勢いで飛んできた。

「ちょっとなまえ!大丈夫!?」
「だ、だいじょうぶってなにが…」
「その男に!変なことされてない!?」
「えええ」

変なことのラインが分からずにうろたえる。
さっきの紫原くんの言葉から、私たちってもう付き合ってるってことでいいのかな?
不安げに紫原くんを見つめると、やっぱり理解していないようで首をかしげた。ちょっとかわいい。

「って、なまえ!」
「え、なに…」
「首筋!それ!ちょっ…えええ?!」

首筋?
一拍置いた後に、跡のことを思い出した。
部屋着は割とシャツが開いていたから普通にしていても見えるんだ!
叫んで服の襟を伸ばすけれど、鎖骨から首まではさすがに隠せなかった。
赤面するともちゃんに弁解しようとするけれど、なんと弁解したらいいのか、いや、弁解というか跡をつけられたのは事実だし…!
まだそこまで進んでない、なんて言ったらどこまでやったのよ!なんて言われて説明する羽目になりそうだし…!
私が一人でわたわたしていると、紫原くんが長い腕で私の肩を引き寄せた。

「変なことっていうか、俺ら付き合ってるからなにしてもいーでしょ」

ね、と私を見下ろすようにして、彼はへらりといつもの笑みで言った。
それを聞いたともちゃんはやっぱり動揺しているようで、「え!?付き合ってんの!?うそ!?」と慌てている。
ううん、たしかに私がともちゃんの立場だったら、もっと動揺するだろうなぁ。

「私聞いてないんだけど…!」
「ご、ごめん…」
「だって付き合ったのさっきだし」
「紫原には聞いてないってば!」

ともちゃんが来ることによって一気に賑やかになった部屋。
窓の外から自転車を止める音が聞こえてくる。
お母さんが帰ってきたのか。私に彼氏ができた、なんて言ったらびっくりするだろうなぁ。
それ以前にこの跡どうにかしなきゃなぁ。お母さんがみたらどんな反応するだろう。


「ただいまー」
「あっなまえのおかーさん!お邪魔してまーす!」

お母さんが帰って来て、ともちゃんが部屋から顔だけだして挨拶をした。
そのすきに、と言わんばかりに紫原くんは手早く私の頬を掴んで、口付ける。

「む、むらさきばらくん…」
「したくなったから。いこ、お母さんに挨拶する」

えっ?私服着替えたいんですけど…。
ともちゃんの制止を聞かずに紫原くんはいつものように私の腕を引いて階段を下りていく。


今度は、私に歩幅を合わせて。










120804






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