色艶マフィン

「なまえちんはさぁ、俺のこと、好き?」


問いかけというよりは、確認だった。
なまえちんが俺のことを好きなのは知ってる。
俺が顔を寄せるたび、名前を呼ぶたび、頬を染めて、嬉しそうにするから。
これでいいえなんて言われたら、俺はただの無理矢理迫った男になるわけだけど、そんな心配は恐らくない。
ほら、やっぱり彼女は顔を俯いたまま、小さくうなずいたから。






直接会って、聞きたいことはたくさんあった。
どうしてキスしたの?あんな風に迫ったの?私のこと好きなの?
でも紫原くんの問いかけに対して声が出なかったように、何も言えなくなってしまった。
彼の真っ直ぐな、薄く開いた瞳に捕われたように動くことができない。

好きなら好きだと言ってほしい。
そうでないならどうしてあんなことをしたのか教えてほしい。
都合のいい女が近くに居たから、男の欲を吐くために私に迫ったの?
本当は傷つくはずのその行為も、妄信的な恋の目からは王子様の口付けのようにしか捉えられない。
恋は盲目。そして病。毒のように私をじわりじわりと内側から蝕んでいった彼はきっと紫の恋の毒なんだろう。

彼が私に手を伸ばす。
その手は首筋に伸びたかと思うと、私の部屋着の襟を掴んだ。

「えっ」
「…ちゃんとついてる」

少し開かれた襟元から、昨日の跡と私の貧相な胸が覗いた。
恥ずかしくなって目を背ける。
紫原くんはそれを愛しむように指を這わせる。
それがくすぐったくて、変な声が出そうになった。

「む、むらさきばらくん…」
「もうちょっと」
「もうちょっとって…ふあ、」

ちゅう、と私の鎖骨に紫原くんが吸い付いた。
恋人同士のようなそれに、頭が錯覚しそうだ。
そんなことないのに。紫原くんは、そんなつもりじゃないかもしれないのに。

「…っはぁ…」
「ま、満足ですか…?」
「うん」

熱っぽく吐いた息が色っぽい。
男の人なのに、私の数十倍紫原君は色気があるなぁと思った。

「あ、あの」
「なに?」
「なんで…こんなことをしたんですか」

声は震えていたと思う。
それでもやっぱり聞くべきだと思った。
私のことが好きなんですか?
流石にそれを聞く勇気はない。

「…なんでだろう」
「えっ」

曖昧な答えが返ってきて、こっちが焦ってしまった。
紫原くんは結構真剣に考えているようで、口出しをすることができない。
うーん、なんて形式ばった言葉を吐き出してみても、答えが見つかる気配はない。

「…たべたかったからかなぁ」
「わ、私をですか…」
「うん」

食べる…。
ケーキならいつも食べさせてる。でも私?
なんだっけ、カニバリズムっていうのかな。
紫原君にはそんな趣味があるの?
そこで脳裏に浮かんだのが、いつぞやに友人から借りた雑誌に載っていた『性的な意味で』という言葉である。
変なことを考えて、顔がぼっと熱くなった。

「なまえちん?」
「な、なんでもない…よ」

なんでもないわけない。
紫原くんと、そういうことをするのを想像してしまって、また赤くなる。
何を考えてるんだろう。私って変態なのかもしれない。
そもそも、恋人でもないのに、そんなことするはず…。
いや、キスもして、昨日みたいなことをしちゃったから、ないともいいきれない。
ちょうどよくここはベッドの上。
親はまだ帰ってこない。
…もしも『そういうこと』になってしまったら、どうしよう。

考えて、邪心を振り払うように頭を振った。
一人でもくもくと考えていると、へんなことばっかり頭に浮かんでくる。
私の百面相を見ていた紫原くんが、また口を開く。

「なまえちんはさ、昨日…いやだった?」
「………いや、では…ないです」
「だよね、俺のこと好きだもんね」

また確認するように言われて、恥ずかしくなる。
いつもならスカートを掴むところを、部屋着のショートパンツだから掴むものがなくて、ふとももの上でぎゅっと手を握った。

「俺、なまえちんが俺のこと好きとか、そーいうのはあんまりよくわかんないなぁ」
「…そうですか」
「うん。だって俺、彼女じゃない人にキスとかされたら絶対イヤだし。」

ズキン、とまた胸が痛んだ。
もしかして、嫌々キスしてたのかな、なんて考えが頭を過ぎる。
してきたのは向こうからだけど、私が紫原くんを好きなのがばれていて、せめてものお礼か何かにしたのかもしれない。
そんなことを考えたけれど、それは紫原くんによって打ち消された。

「俺がなまえちんにキスしたのはしたかったから。付き合ってないし、なまえちんのこと好きかはあんまりそのとき分かってなかったけど、なんか…したくなった。」

ごめんね、なんてまたゆるい声で言う。
大丈夫ですという意味を籠めて頷いた。

「…もっかいしてもいい?」
「…はい」

いつもみたいに目を閉じて、紫原くんが私の顎を指で掬う。
優しく、触れるだけのキス。
角度を変えて、何度も啄ばむように紫原くんは私の唇を奪う。
歯をこじ開けるようにして、舌が進入してくる。
こんなキスをするのは、あの日家庭科室で初めてした以来だった。
口を閉じそうになるのを抑えるように紫原くんのシャツにしがみついた。
奥へ奥へと何かを求めるように、紫原くんは私の口内を動き回る。
こんなキスが出来るなんて、紫原くんは過去に彼女でもいたのかなあ。
嫌なことを考えてしまった。
それを振り払うように、私も紫原くんの舌に自分のそれを絡めた。

「んっ…ふぁ」

息が続かなくなったところで、とんとんと紫原くんの胸板を叩く。
理解してくれたのか、紫原くんはゆっくりと口を離した。
はぁ、と一気に酸素を吸い込んで、座っているはずなのに大分上にある紫原くんの顔を見上げる。

「大丈夫?」
「っはい…」

体が大きいからなのか運動部だからなのか、息絶え絶えの私とは違って紫原くんには余裕があるようだった。

「そんな顔しないでよ」
「えっ…」

私そんな変な顔してるかな、とぺたぺたと自分の顔を触る。
やっぱり熱いけど、いつもどおりの見慣れた顔…だと思う。

「すっごいエロい顔してる。」
「うそ!」

エロい顔、ってどんな顔だろう?
ちょっと気になるけれど、自分では見れないような、でも気になる…。
全身鏡のほうに行こうと立ち上がろうとすると、また腕を掴まれて、今度はベッドではなく、紫原くんの胸の中にダイブした。

「見なくていーよ。俺以外誰にもその顔見せないで」
「…っむ、」

胸板に顔を押し付けられて言葉が紡げなくなる。
もとより、たくさん喋ることが出来ないほど私の胸の中はいっぱいだった。


「…今から言うこと、俺の顔見ないで聞いてね」





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