心臓シブースト

あれからどうやってうちに帰ったのかは覚えていない。
はっきりしているのは、制服のまま寝て夕食を摂っていないことと、今がお昼の1時だということだった。
ヴヴヴ、とケータイがスカートのポケットの中で震えている。
ぼんやりした頭の中しわになったスカートの中に手を突っ込んで、買ってから結構経つケータイを開くとメールが3通着ていた。
古い順に開封していく。
一番古いのが、8時半に送られてきたクラスの友人からの「大丈夫?風邪かなんか?ノートとっとくからお大事に」というメール。
二通目が部長からの昨日のことを案ずるメール。
同じクラスで同じ部活の子から私の休みを聞いたらしく、それを心配してくれる文もついていた。
ラストは最初にメールを送ってくれた友達からのメール。ついさっき着たのがこれらしい。
何かあったのかな?と開くと、「紫原がなんかすげー機嫌悪そうになまえのこと尋ねてきたんだけど、あんた何かした?」という文面に、焦ったような絵文字がついていた。
…え?
時計を確認すると、まだお昼休み。今日は水曜日だから午後は教室移動でもなかったはず。
意を決して電話すると、3コール目で友達が出た。

「も、もしもし…」
『ああなまえ?大丈夫なの?』
「う、うん…っていうかさっきのメールだけど…」
『え、なまえちん?』
『あっちょ、紫原!』
『もしもし、なまえちん?』

声からして、友人がケータイを奪われたんだろう。
後ろのほうからかえしなさいよ!と声が聞こえる。

「こ、こんにちは…」
『休みって聞いたからびっくりした。どーしたの?』

メールでは機嫌が悪そうだと書いてあったからもしかして怒られるのでは、と思ったけれど、意外と声は穏やかだった。
怒ってるわけじゃ…ないのかな?
昨日のこともあって少し気まずいけれど、怒っていないならとできるだけ普通に話すように心がけた。

「その…昨日帰ったあと、すぐ寝ちゃって…起きたら1時だったの。」
『へー。そう。跡、まだ残ってる?』

え?
ピシッと、私の体が石のように固まった。
友人が跡?跡ってなんなのよ!と怒鳴っている。
部屋にある全身鏡の前に立って、シャツを少し開けると、昨日を思い出させるように赤い血痕と歯型がいくつもついていた。

「あ、跡…」
『そう。結構つけたと思うんだけど。』

彼はどうやら昨日のアレについて、反省してはいないようだ。
反省、というのは少しおかしいかな。
紫原くんの気持ちがどうであれ、私は紫原くんが好きだから別にアレが嫌というわけではなかったし。

「つ、ついてる…よ」
『そー。じゃあ今日俺なまえちんの家行くから。つけたまま待っててね。じゃ。』

ピッ、と無理矢理通話が切られた。
ケータイの右端に写る時計には、授業開始1分前の時刻が記されている。突然切られたことにも納得がいった。
それにしても、うちにくるって…本当なんだろうか?
でも言うってことは…っていうか私の家わかるのかな?
色々考えたけれど、来たとしても来なかったとしても、とりあえず部屋は片付けておくべきだと思った。
制服のシャツを洗濯機に入れてスカートはかけて、見られても最低限恥ずかしくないような部屋着に着替える。
机の上に広がった参考書や教科書を所定の場所に仕舞って、ぐしゃぐしゃのベッドを整えた。

「…よし」

これでなんとか…なるだろう。
あとはシャワーを浴びて何かお腹に入れよう。
昨日すぐ寝ちゃったからお風呂には入ってないし、お腹もすいた。
母は恐らく5時に帰ってくるから、それまでは自由。
ある意味さぼりかもしれないけど、なかなか快適だと思った。

冷蔵庫を見るとカレーがあります、と淡白にメモが貼られていた。
なるほど、コンロを見るとふたをしてあるカレーの入ったおなべがある。これを温めろと。
どうやら昨日の夕食はカレーだったようだ。

カレーを食べてシャワーを浴びて髪を乾かしながらテレビを見て時間をつぶしていた。
もう4時。部活がない日はもううちに帰っている時間。
そういえば、紫原くんが来るのはいいのだけど…何時になるんだろう?
部活終わりだと両親がいるから、ちょっと恥ずかしいかもしれない。
ウチのお母さん、私が男の子連れてくるたびはしゃぐんだから。


ソファに体を預けるようにしていると、不意にインターホンが鳴った。
アレ、もう来たの?
インターホン用の受話器をとるとやっぱり紫原くんで、顔が映るように設置されているはずのカメラには胴体しか写っていなくて、すこしおかしかった。



「入って」
「うん」

鍵を開けて紫原くんを招き入れる。
玄関の入り口に頭をぶつけていたのが少しかわいい。
昨日の怖い雰囲気はもうなくて、いつものへらへらした紫原くんに戻っていた。
玄関に並べた靴の大きさにどきっとする。
隣に私のミュールが並んでいるけれど、3回りくらい違う。足、おおきいんだなぁ。

「なまえちんの部屋、どこ?」
「えっと…二階の…」
「いこ」
「ぅえっ!?」

また無理矢理、腕をひくようにして階段をたんたんと上っていく。
小さいころに父親に作ってもらったひらがなで名前の書かれたネームプレートを見てココが私の部屋だと悟ったのか、迷うことなくドアを開けた。
部屋はもちろんさっき掃除したので割と綺麗…な、はず。

ドアを開けて真っ直ぐすのまま、私のベッドに紫原くんは腰掛けた。
それに引かれるようにして、私もベッドに勢いよくダイブする。
姿勢を立て直してちゃんと座ると、紫原くんが真っ直ぐ私を見た。


「なまえちんはさぁ、俺のこと、好き?」





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