誘惑アイス

隣のクラスのみょうじちんからケーキを毎週貰うようになったのは数ヶ月前から。
お小遣いをぜーんぶお菓子につぎ込んじゃうくらいおかしが大好きな俺からしたら、タダでくれるなんてラッキーのほかなかった。
しかもめちゃくちゃおいしい。
毎週毎週季節とかに合わせて違うケーキや焼き菓子を持ってきてくれる。
安いからスナック菓子をよく食べるけど、甘いものはやっぱり好き。
いくら食べても足りない。飽きる気がしない。おいしい。
そんなケーキを俺に届けてくれるみょうじちんを一人の女の子として意識しだしたのは割と最近のこと。
ケーキを持って来てくれるときのそわそわした足元や、おいしいと感想を伝えたときの笑顔がものすごく…おいしそうだと思った。
俺がちょっと微笑めば頬を染めるし、どきどきしてるのは少し触れた指先だけでわかっていたから、きっと彼女は俺のことが好き。
みょうじちんは好きな人にケーキを食べてもらえる。俺はケーキを食べて幸せ。
そんなギブアンドテイクの関係だったのに、それが崩れ始めていた。

…ねえみょうじちん、俺、みょうじちんも食べてみたいな。


昼休みに連れてこられたのは家庭科室。
今日はアイスケーキらしく、常温で置いておくと溶けてしまうので先生に話して家庭科室の冷蔵庫を貸してもらったらしい。
いつもは騒がしい教室で食べるけれど、今日はみょうじちんと二人っきりだった。
少し暗い家庭科室の照明スイッチをパチンと押して、真っ直ぐに冷蔵庫へ向かうみょうじちん。
彼女にばれないように、俺は後ろ手に鍵をかけた。

「はい、コレがアイスケーキです。」
「あんまりかわんないね」
「でも中身はアイスなの」

夏場だから、その魅力的な響きに胸が躍った。
アイスケーキ、美味しそう。

「食べていい?」
「どうぞ!」

家庭科室の銀のフォークを勝手に拝借して、少し水を通してからケーキにそのまま切り込みを入れた。
中から冷気が伝わってきて、やっぱりアイスなんだー、と関心する。
やっぱり美味しい。
料理評論家じゃないからどんな風にとは言えないけど、ひんやりした感覚が夏場にちょうどいいなと思った。
俺のケーキを求める手は止まらない。

「おいしーね、これ」
「ほ、ほんとに?」
「うん」
「よかった…アイスケーキって初めてつくったの」

えへへ、なんてふにゃふにゃの笑顔で笑うみょうじちんに、なんだかよくわからない感情が流れ出てきた。
それはケーキが褒められて嬉しいの?俺が褒めたから嬉しいの?
なんだか少し面白くなってきた。

「みょうじちんも食べなよ」
「え、いいの…」
「作ったのみょうじちんだし。べつにいーよ」

他の人には絶対あげないとおもうけど、作った本人だしあげる。
そういうとみょうじちんはくすくすと上品に笑った。
フォークを取りに席を立とうとしたところを、呼び止める。

「…?なに?」
「フォークいらないよ。はい。」

一口サイズにフォークでケーキを切り分けて、みょうじちんのほうに差し出した。
すると、みょうじちんの顔は真っ赤に染まっていく。…わかりやすいなぁ。
いらないの?と首をかしげると、宙に視線を迷わせて、見るからに戸惑っていた。

「口あけて」
「ん、と…む、むらさきばらくンむっ!」

俺の名前を呼んで、口が開いたところに無理に突っ込んだ。
あ、フォークささってないかな?
顔を真っ赤にして口をつぐんだままなのでわからない。
フォークを口内にねじ込んで、ぐりぐりと上下に動かした。

「食べて」
「や、やめ…」
「ちゃんと食べてる?」
「たべる…からっ!」

どうやらフォークが邪魔みたいだ。
しかたないなぁ、とフォークを引くと、ケーキをもぐもぐと咀嚼した。
アイスだから噛むほどじゃないとおもうんだけど。

「ね、おいしいでしょ」
「うん…」

顔をやっぱり真っ赤にして、少し俯いて言う。
それがなんだかかわいくて、それでちょっといじめたくなる。
なんだか、ウサギみたいだなあって思った。

「ほら、もう1回。」
「い、いいよ!」

もう1口分ケーキを取ってみょうじちんのほうに向けるけど、頑なに拒否をする。
口を手のひらでおさえてしまってて、コレじゃとてもじゃないが食べさせられそうにない。
ふーん、そっかぁ。
ちょっと自分でもわかるくらい意地の悪そうな笑みを浮かべた。
ホラ、こうするとみょうじちんは目に見えて焦るんだ。

「みょうじちん、ケーキ好き?」
「…っす、すき…だけど…」
「俺も好き」

態と勘違いしそうになるようなトーンで、よくわかんないけど、恋愛モノのドラマにでてくる俳優みたいに気取って言った。
ほら、また真っ赤になる。
これ以上ないくらい赤面して、どうしようどうしようなんて頭の中で考えてるみょうじちんはほんとにかわいい。
そんな顔をされたら、もっとしたくなる。

家庭科室の丸椅子から立ち上がって、机の向こう――みょうじちんが居るほうに身を乗り出した。
ケーキを一口、多めに口にいれる。
みょうじちんは頭の上にはてなを浮かべていた。どうしたの?なんて。そんな顔で。
まだ顔は火照っている。そんなみょうじちんにさらに押し付けるように、俺は唇を合わせた。

「っ…!?」

動揺して薄ら開いた口に俺のくちのなかのどろりと溶けたアイスをねじ込んだ。
薄ら目からみょうじちんの真っ赤な頬が見える。
俺の口の中のアイスがなくなって、口を離すと、みょうじちんはフリーズしていた。

「だいじょーぶ?」
「っ…………」
「じゃ、なさそーだね。いきなりゴメン。でも、みょうじちんが美味しそうだったからさー。」

にへら、と笑う。
みょうじちんの目は焦点が合っていない。俺のこと、みえてるかな。






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