自分の顔をかわいいって思ったことは生まれてこの方一度もない。
初めて化粧をしてもらった時は、少しはマシな顔になったじゃないかとは思ったが、かわいいとは思えなかった。
それでも、18年も一緒にいれば愛着が湧いてきて、好きになる。
絶対に変えられない、私が両親から貰った顔だ。かわいいわけでも美人でもないけれど、嫌いにはなれないのだ。
だからこそ否定されるとやっぱり悲しい。
慣れたような口喧嘩。売り言葉に買い言葉。
周りももう気に止めなくなった何度目かの言い争いは、荒北のある一言で終止符を打った。

「私って、そんなブスかなー…」

気にしているつもりは、なかったのだけど。
面と向かって言われると、傷つくものである。
花柄の手鏡で自分を写すと、特に代わり映えのしない顔が写っていた。
肌は一応気を使っているから汚くはないと思う。
眉もそれなりに整えてはいるし、リップだって塗っている。
派手な化粧はしないけど、みすぼらしくないようにはしているんだけどな。
確かに荒北の周りにはかわいい子がいるんだろうし、箱根学園の美形代表東堂くんもいるから目が肥えているんだろうけど、何も直接言わなくても。
予想以上にショックを受けている。友達に化粧習おうかなと考えるほどに。
トイレから帰ってきたつけまつげの長い友人に声をかけた。
考えすぎだってわかってる。荒北のこと意識しすぎだって。
だけど、かわいいとは言われなくても、せめてブスって言われないようになりたいんだ。だって、好きだから。



普段よりも1時間早く起きた。
髪を巻いてアイプチをしてマスカラもつけまつげもしてアイラインも普段より濃く、肌も時間を掛けて仕上げた。
気持ちスカート丈も詰めてみたりして、友達とお揃いで買ったブレスレットをつけてみたりして。
昨晩のうちにネイルを整えて、桜色に染めた。
やってみれば意外と簡単だった。
早起きは堪えるけれど、たったそれだけで結構見違えるものだ。
姿見に写る自分はあの子と変わらぬおしゃれな女子高生に見えた。
並くらいにはなっただろうか。荒北にブスと言われない位には。
髪の乱れを気にしながら登校した。気持ち、周りの視線を感じながら。
きっとこれは流石に自意識過剰。


と、思っていたらそうでもないらしい。
学校に来てからそれは顕著になった。
後輩とか同期とか、知らない人にもチラチラ見られている気がする。
あまりに見られるので、おかしなところがあるのかとトイレの鏡で一回転してみたが特に気にはならなかった。
登校してきた友人にはどうよと見せる前に声をあげて褒められた。
かわいいと。すごくいいと。イケてると。
友人の声にクラスの女子たちも集まってきて、みょうじさん珍しいねとかそっちのほうがいいよとかたくさん褒められて、どうにもこうにも嬉しくなってしまった。
浮かれた気持ちのままでいるとぴしゃんと勢い良くドアが開けられる。乱暴な手つきで荒北がやってきた。
私の意識はそちらにいくけれど、女子たちは私のブレスレットに夢中らしい。これどこに売ってるの、駅ナカの雑貨屋さん。
なんか言ってくれないかな。ちらちらと荒北に視線をやるが無視。
いいよ、今更期待してない。それに今日はまだ始まったばかりだもん。
まつ毛と一緒に気持ちも上がったのか、昨日のマイナス思考が嘘のようだ。
少しでも見てもらえたらいい。私でもましになるんだって。
きらきらした気持ちのまま私は一日を終えようとしていた。


結局その日は放課後まで荒北と会話することはなかった。
そんな日はちょくちょくあるし、気にすることでもない。
だけど、ちょっとくらい気にしてほしかったと思うのも事実。
1時間早起き頑張ったのにな。まぶたが重い。
帰ろう。せっかくだし、一人で寄り道しようかな。
カバンを指に引っ掛けて教室を出ようとすると呼び止められ、振り返った。
焦げ茶色の髪のクラスの男子。話したことは…ちょっとだけ、あるかも。
話を聞けば、自分で要約するのも恥ずかしいが今日の君は魅力的ということだ。
男子にそんな風に言われたのは初めてで、興味のない男子だったけれど思わずときめいた。
照れ臭くてそっけなくお礼を言うと手を掴まれて、さすがにそれはとやんわりどけようとしたけれど、力が強い。
今度でかけないかと言われても私にその気は全くない。
早く帰りたいなと伝えても引いてくれなくて、困っていたら手がちぎれた。私と男子の。

「あ」
「荒北」
「田口、こんなブスデートに誘ってんの?」

手をちぎったのは荒北だった。
ブスという言葉がよく研がれたナイフのように胸に刺さる。
じわじわと体液が流れ出た。痛みに変わるのに時間はかからない。
お前の1時間は無駄だと言われた気分だった。
塗りたくった肌が苦しい。
せっかくしてきたのに、意味はなかった。
みんな褒めてくれたのに、かわいいとも言われたのに、何をしても荒北にはブスとしか写らないんだ。
どうしようもなく悲しくなって、まだ話したままの男子と荒北をおいて逃げ出した。
後ろで制止の声がする。
それを振り切って階段を駆け下りたけれど、振り切ったはずの声は付いてきて、階段の一番上からよく響いた。
振り返りはしない。
ブスと言われたのが悔しくて、努力したのに。
階段を一段一段降りてくる音。
私と同じ高さに立つと無理矢理体を反転させられた。

「逃げてんじゃねーよ、ブス」
「…ブスに話しかけるのやめたら」
「あ?」

自分で自分をけなすのは存外勇気がいるものだと初めて知った。
思ってもいないことでも痛い。痛い。
震える手を抑えるように拳を作った。
一生懸命巻いた髪はもう解けている。

「おめー、まさか昨日の、気にしてたのかヨ」
「…」
「バァカチャンがヨ」

思った以上に優しい手つきで髪をすかれた。
もうストレートに戻っているのに、すかれたことでさらに波をなくす。
いつもハンドルを握る手だ。ボコボコして、女子の髪を触るのにはおよそ向かない。

「それくらいで気にしてんじゃねーヨ」
「…」
「突然ンなことされたら、コッチだって焦んだよ」
「荒北…」
「髪は巻くなよ。コッチのが、似合ってる」

そんだけ、と言うと荒北は階段を上って行った。
一人取り残された私は荒北が撫でた髪の名残を確かめている。
髪を巻かなければ、30分で済むだろうか。
アラームの時間をすこし早めることにした。


(もっとこう、何か言えねェのかヨ)
(カワイイとか、似合ってるとかヨ)
(ったく、めんどくせェな!女ってのわ!)



140310



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