*バカっぽいタイトルの神様パロ
その名の通り山神がガチの山の神
もはや夢小説ですらないし恋愛要素もない。
ただの趣味です。それでもよろしければどうぞ!










都会生まれ都会育ち。
コンクリートジャングルで育った女、みょうじなまえは田舎というものが嫌いだった。
ケータイの電波は入らないし、コンビニまで車で行かなきゃいけないし、電車は少ないし、遊びに行く場所もない。
年に一度の帰省。父の故郷はそんな彼女の大嫌いなド田舎だ。
外を出れば山。どこを見てもバックには山。
何が悲しくてこんな青々とした景色を見なければいけないのかと。
ケータイを片手に、ぶんぶん振ってみるものの圏外は変わらない。
イマドキケータイの電波はいんないって、どうなってるんだよ!
ここの住人はどうやって生活しているんだ。SNSも見れなければメールも出来ないなんて。
一刻も早く此処を立ち去りたい。一泊二日の帰省はなまえのストレス値を上昇させていった。


1日をなんとか乗り越え、やっとやっと2日目の昼だ。
あとは適当に過ごして、夕方には父の車で帰る。
もう部屋に篭っていよう。暇つぶしに持ってきた雑誌は読み飽きた。
電波が入らないため無駄に充電の残ったスマホを開く。普段は1日で消費するそれは、2日たってもなくなる気配はない。
ため息をついたとき、変化は起きた。
ぴくぴく、と表示が変わる。ずっと圏外と記されていたそこに一本電波が立った。
やった!電波だ!
なまえは立ち上がり、スマホを色んな方面へ向けてみせる。
動いてみると、東の方角に強く反応するようで、部屋に角にぺたっとケータイを付けると、一瞬だけ二本立った。
電波は全部で五本。全部立てとは言わないが、一本二本じゃ心もとない。
あの方向へ行けば電波がもっと立つかも。
コートを着て、なまえは家を出た。
親戚のおばさんに山を見てくると適当に言って、ムートンブーツを履く。
東のほうへとゆっくり歩いていった。田んぼやら空き地やらばかりのそこはなまえの歩みを邪魔しない。
二本立つ。歓喜のままに真っ直ぐ進んでいった。
三本たったあたりでSNSの通知が舞い込む。
四本目で漸く辺りが暗くなっていることに気づいた。
時計を見る限り、まだこんなに暗くなる時間じゃない。
2時。まだまだ日は真ん中を少し過ぎたところにいるはずだが。
森の草木が日光を遮っている。ちょっと奥まで来過ぎたかとなまえは少し不安な面持ちで辺りを見渡した。

「ここ、どこよ…。」

道がないためなまえの歩みはここまで遮られることはなかった。
逆に言えば、帰り道も残っていないということだ。
無心に歩いてきたなまえは、くるりと回ると自分がどこから歩いてきたのかもわからなくなる。
気づかないほど緩やかな山になっていたのか、少し登って草木の切れ間を見ると行く途中に見た川が遠くの下に見えた。

「なんだ、そんなに遠くないじゃん…。」

戻ろう。SNSで田舎で迷ったなう、なんてのんきに書き込んでから、ケータイを握ったまま歩み始めた。
が、山の地面は湿っているらしい。水はけがやけに悪く、数日前に降った雨水がいまだに残っている。
凹凸のないムートンブーツはそれにとられ、ずるりとなまえの体を体重のままに滑らせた。

「やだ、ちょ、まっ」

なまえの悲鳴は一人山に響くだけで、誰の耳にも届かない。
滑ったままに転げ落ち、木にぶつかった。
ヤバイと直感したときにはもう遅く、何かに体を引っ掛けながらもゴロゴロと山を転げ落ちていく。
やっと平面に来たのか、木がつっかえになってこれ以上転がり落ちることはなかった。
木の枝か何かで切ったのか、鋭い痛みが顔を刺す。
レース柄の奮発したタイツは土に汚れ裂けていて、うっすら赤色が滲んでいた。
散々だ。なんで私がこんな目に。
ケータイはしっかり握り締められている。コレをなくしたら本当にヤバイ。
コートの内ポケットに仕舞って、なまえは傷を撫でた。

「ったぁ…なんなのよ、これ…」

あたりは茶色と淀んだ緑に覆われている。
木、土、葉、たまに怪しげな花。
遭難、という二文字かみょうじの頭を過ぎった。
いやいや、そんなまさか。ケータイもあるし、ね。
仕舞ったばかりのケータイを取り出す。
黒いディスプレイには酷い顔をした自分が写っていた。
ボタンに力を込めるとそこに光が点る。
時間はあまり過ぎていない。が、電波は先ほどと打って変わって圏外を示していた。

「うそ」

何のために此処まで来たと。随分滑り落ちて、電波からは離れてしまったらしい。
とりあえず帰らないと。幸い斜面があるため、どちらが下かはわかる。
それなりに大きな山だけれど下っていけば看板なりなんなりあるだろう。
立ち上がろうとしたが、それは叶わなかった。
予想以上の激痛が足を襲う。立ち上がれない。
思わず地面に着いた手のひらに何かがささって思わず声を上げた。木の枝が刺さっている。
イラつきながらも引っこ抜き、遠くに投げた。
投げた方向を見ると、何十年前に立てられたのかわからない看板がある。

「おおかみが、でます…」

いやいや、そんなわけないだろう。
狼って、100年くらい前に絶滅したんじゃないの。
クマの間違いじゃ。クマがここで出てこられたら、もっと困るけれども。
その看板の真偽は置いておいて、なまえは全身から血の気が引くのを感じた。
狼が生きてようが、クマが出ようが、そんなのは関係ない。
このままこの場所にいれば間違いなく死ぬ。
なだれが起きるかもしれないし、見つからなくて餓死するかも。寒さのあまり、凍死だって有り得なくもない。
17年余りの人生。まだまだしたいことはあった。それがどうしてこんなことに。
お父さんお母さんごめんなさい。私がケータイばっかり気にしてるばっかりに。
此処に来た日、ケータイばっかり見ないのと注意されたことを思い出す。
暖かい涙が冷えた頬を伝った。
それから程なくして、なまえは眠るように意識を失った。








ほのかに体が温かい。
意識はぼんやりとした場所にあった。
体の自由は利かず、瞼すら持ち上がらない状態だ。
ただ、どこかで微かな音がして、それから冬の山にしては暖かすぎることだけは分かった。
――死んだ、のだろうか。
指先の感覚もない。
少しずつ力が戻ってきて、瞼が薄らと開いた。
視界は霞んで、ほのかに茶色と紺色のようなものが見える。
さっきまで自分を囲っていた山色ではない。
意識が少しずつはっきりしてきて、茶色は畳のようなものだとわかった。
それから、紺色。肩から上は見えないが、人が座っているように見える。
胡坐のかき方からして、男だ。
助かったのだろうか。指先と足先が動いた。ぱち、と目がしっかりと開く。

「お、起きたか」
「…あ、」

喉がかすれて声が出なかった。
男は水だな、と言うと立ち上がり、お椀に入った水を持ってきた。
今すぐにでも飲みたいが、体は動かない。
飲めんか。男はお椀を畳に置くとなまえの背後に回り、肩を掴んだ。
ゆっくりと持ち上げられ、上半身が男の胸に凭れ掛かるようになる。
首が動かないため、男の顔は見えない。ただ、綺麗な手をしていることが見えた。
お椀を再び手に取ると、それをなまえの口にあてがう。
ゆっくりと注がれたそれは少しなまえの頬を伝ったが、大半は上手く口の中へ運びこめたようだ。
それをエネルギーにするようにして、なまえの体が動くようになった。
首をゆっくりと動かして、化け物だったらどうしようと思いながらも恐る恐る見上げた。
期待は大いに裏切られた。化け物なんかじゃない。綺麗な顔立ちをした、人間の男だった。
美しすぎて逆に人間じゃないんじゃと思うくらいに整った顔の男は優しく笑う。
体が動くようになり、この男に支えられていることが申し訳なくなり距離をとった。

「え、あ、あの」
「動けるようになったようだな。それはよかった!心配したのだぞ」

男は立ち上がると、先ほど座っていたなまえの向かい側に移動する。
なまえの上体は右腕で支えたままで、ぽかんと口を開いていた。
ずる、と布が肩から落ちる。条件反射でそれを掴んで戻すと、着ていたコートではないことに気づいた。
深緑色のそれは、どうみたって浴衣だ。
なまえは此処に来るとき、ダッフルコート、セーター、キュロット、タイツ、ムートンブーツを装備していたはずだが。
前の男を気にせずに浴衣の中を覗き込むと、下着を付けていなかった。
浴衣越しに腰に手を当てる。滑るようになぞっても、凹凸はなく。

「っ!?」

思わず自分の体を抱いた。脱がされた。脱がされた。脱がされた!
17歳。男と付き合ったことはあるが、交わったこともない。
10を超えた頃から親類であろうと男に裸体を見せたことはない。それが、どういうことだ。
目の前の、異常なほどに綺麗な男に暴かれたというのか。思わず涙が出そうになった。
助かった途端これなのだから、混乱する。
命を助けたお礼に処女を奪うとは。確かに助かったが、あんまりではないか。
相談くらいしてくれても。相手が気持ち悪い人外でなくてよかったとは思うけれど。
うっすら涙を浮かべたなまえをみて、男は動揺した。

「ち、ちがうぞ!脱がしたのはその、風呂に入れたんだ。勝手にみて悪いとは思ったが、冷えていたし、手当ても、しなければいけなかったから!そんなふしだらなことはしていない!」

男は必死だった。必死すぎて、逆に泣きそうになっていた。泣きたいのはこちらだというのに。
そのあまりの必死さに、本当にしていないのだなということがなんとなく伺い知れた。
それから、でも裸は見たのかよ、と突っ込んだ。自分の中で。
信じてくれたか、と男はほっと息を吐く。表情はまだ穏やかとは言えない。

「…ありがとうございます」

なまえはようやくマトモな言葉を吐いた。
本来は体がどうだの、処女がどうだのと考える前にこれを言わなければいけなかったのだ。
自分の行動を恥じた。動くようになった体を正して、正座をして、三つ指ついて頭を下げた。
すぐに頭を上げてくれと焦った声が聞こえて、顔をあげた。

「その、なんだ。最初は驚いたんだ。この辺りには年寄りしか住んでいなかったし、君くらいの若い女の子なんて何十年も見てなかったから。しかも死にかけていたからな。こんなに焦ったのは百年ぶりだ。」

元気を取り戻したようでよかったよ。こっちが恥ずかしくなるくらいの、綺麗な笑みで言った。
それから、疑問を抱いた。百年とか何十年とか言っているが、男の容姿はどう見積もってもなまえと同じか、それより少し上にしか見えない。
ただの中二病なのか、それとも本当に。
一度頭から振り払った人外という考えがはっと浮いた。

「…貴方って」
「はは、気になるかね?」

纏う空気が変わった。目が爛々と輝いている。
深い青のそれに吸い込まれるようだった。

「山の神。それがオレの正体だよ」

自分の耳を疑った。
妖怪でも狼でもなんでもない。彼は正真正銘の神様だった。









隣で歩く男を見上げた。
あれだけ足をとられていた山道は、この男と歩くと不思議と平面を歩いているかのように楽だ。
時間もあれから大分過ぎて、日が落ちかけているというのに不安はない。
しばらく歩くと看板が見えた。ケータイを持ちながら歩いていたあの時に、見た気がする。
同じ日のことのはずなのに、随分と昔に感じるのはなぜだろう。
民家が遠くに見えてきて、畑がちらほらと出てきた頃、遠くに父方の祖母を見つけた。

「おばあちゃん!」

思わず駆け寄った。ムートンブーツは底が随分磨り減ったように思う。
祖母はなまえを見ると目をまん丸にした。思わず抱きつくと、年齢の割に強い力で抱きしめる。
本物か、と何度も確かめるようになまえの頬を触り、なぞった。
数時間前には家に居たというのに、反応が強い。
もしかして、大事になってしまったのだろうか。

「お父さんたちは?まだ帰ってないよね、7時くらいに車って言ってたし」
「…あんた何言ってるの」

お父さん達は一昨日帰ったわよ、と。
なまえは思わず固まった。祖母は言葉を続ける。
一週間前、なまえは行方不明になった。
最後の目撃情報は、フラフラと山のほうへ歩いていくのを見たという近所の住人の証言。
警察にも届け出て、山で遭難しているのかもしれないと捜索を要請した。
なまえが居なくなって5日経った頃、学校や大きな警察、会社に連絡するために両親は家へと戻った。
ほぼ死んだと断定されていたそうだ。特に、居なくなった次の日は酷い吹雪に見舞われ、山は真っ白になったという。
勿論なまえはそんなもの見ていないし、冷えていたものの雪はなかった。

「とにかく、もう家に戻ろう。それから、話をしましょう」

祖母に肩を抱かれ道を歩きだした。
思い出して振り返る。

「おばあちゃん、私山神様に助けてもらったんだよ。」
「山神さま?」
「そう、今そこまで連れてきてもらって…」

振り返る。そこには山しかない。
疲れておかしなことを言っていると祖母は判断して、なまえの話を聞かずに家へと連れ帰った。
その後なまえを待っていたのは両親との再会、事情聴取、話を聞いた友人からの涙の電話、その他諸々。
家に帰って、漸く一息つけたのはそれからまた一週間後のことだった。
ケータイの電波は勿論よく入る。
まるで、嘘だったみたいに怪我は治っていた。
この一週間で治ったのではない。警察の事情聴取で気づいたのだが、帰って来たその日には布を裂いたような包帯が巻かれてはいたものの、傷一つなかった。
枝で深く切ったはずだと説明したし、あの山で遭難して怪我一つないというのはおかしいと近隣住民も言う。
最初のうちは妄言だと何度も言われていた山神様の話が、現実味を帯びてきた。
体重を背中にかけたときの感覚や、水を飲まされたときの感覚。
確かにあったことなのに、思い出せない。
なまえの手に残っているのは、細い布キレだけだった。

祖母から電話がかかってきたのは次の日だった。
またあの日のことだろうと思い何も考えず出たのだが、今回は少し違った。

「なまえちゃんね、昔同じ様なことがあったのよ」

曰く。
3歳だか4歳の頃、なまえは同じように山で行方不明になった。
その時は3時間だかそこらで戻ってきたため、山でひとり遊びしていたのだということでこっぴどく叱られただけで済んだそうだが、その時もしきりに「やまがみさまがたすけてくれたの」と言っていたという。

「だからあの話、案外本当かもしれないわね。感謝しておきなさいよ、山神様に」

それだけだから、と通話を終了して、みょうじはぼんやりと壁を眺めた。
山神様。一人きりの部屋に声が響く。
ありがとうございました。あの山がどの方角にあるのか、はっきりとは知らなかったが、直感した方角を見た。
布キレを握って目を閉じる。少しだけ、田舎の山が好きになった、そんな気がした。




140106



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