周りの女子になまえちゃんかわいいねと撫でられること代償に、私生活に支障をきたす属性、低身長。
神様がそれを私にセットしたおかげで、読書が趣味の私はすっかり困ってしまっていた。
市民図書館の隅には利用者用の脚立がある。
が、箱根学園の図書館にはそれがない。
不親切だなと思ったけれど、人並みに背があればきっと背伸びすれば届くのだろう。
わたしのようなチビには対応していないというわけだ。
そんなわけで、届く気配もない本に必死に手を伸ばす。
恥を承知でぴょんぴょん跳んでみたりもしたが、本の頭には手が届かない。
第一この本の置き場所はここじゃないのに、一体誰がこんなことを!
推理小説が並ぶこのコーナーだからきっと同じ推理小説好きなんだろうけど、返却くらいはちゃんと揃えて欲しい。この本はもう一段下だ!
そろそろ腕の血が無くなってきて痺れてきた。
生憎と図書館の司書の先生は席を外していて、委員会の子も不在である。
生徒は他にもちらほらいるが、後輩と見知らぬ勉強中の同期がほとんどで、とてもじゃないが助けてくれとは言えそうにない。
せっかく前からこの本の返却をずっとずっと待ち望んでいたのに。
早く読みたいとこの一週間ずっとうずうずしていたのに!
先生が帰ってくるまで待つしかないのだろうか。
ため息を着いた頃、後ろから影が落ちた。

「これかい?」
「!」

後ろに立っているのに、下を向いた男子と目があってしまった。
この人見たことある、たしか自転車の人。
前に大きな大会で優勝したって、春休み明けの部活表彰式で前に立ってた…ような。
私の返事を待つ彼はじっと私を見下げている。
そうですと慌てながら噛みながら伝えると、にこと笑って本を抜いた。

「はい」
「ありがとうございます…」

ようやく向き合う。
背の高い、180cmには至らないくらいの彼は見上げてやっと顔が見えた。
普通にしてたら、胸までしか見えない。
30cm物差しが余裕で入る身長差の彼の脇には私が前に読んだ少し分厚い推理小説が挟まれている。
作者はこの本と同じで、私がこの本を知るきっかけになった本だ。

「あの、推理小説、すき、なんですか」

人見知りが手伝って、随分片言になってしまった。
普段男子と話さないのに、その本を見てつい話掛けてしまったのだ。
その男子は脇に抱えた本の角を持って表紙を見せた。

「好きだよ。君も?」
「う、はい!好きです」

やけに声が大きくなってしまい、勉強中の人や後輩が振り返る。
やってしまった!顔が赤くなった。
ぺちぺちと頬を叩くと、男子が声を抑えるようにして笑った。

「なんか告白みたいだな」
「え!」

言われてみれば。余計に恥ずかしくなる。
こんなことを図書館でして、照れない彼はよっぽど女子に耐性があるのだろう。
もぞもぞしていると、「その本」とさっきとってくれた本を彼は指差した。

「前に借りたのオレなんだ。一段間違えてたみたいで、悪かった」
「い、いえ、とってくれましたし、次から気をつけてもらえたら」
「そうするよ。まあかわいいところも見れたし、こうやってきっかけもできたし。オレ的には得したな」

男子にしてはよく伸びた前髪をつついと触る。
クセのある髪は天然だろうか、人工だろうか。
爽やかな笑顔で口を開く。

「みょうじなまえさん。D組の…前期図書委員だったよな。後期は別の人になったらしいけど。推理小説が好きで、よくえげつないの読んでる」

こいつはストーカーかと思った。
クラス、委員会、本の趣味。全部当たっている。
えげつないのとは、多分人がバンバン容赦無く死んでいく本を読むからだろう。
余計な恋愛要素より、不審な死が欲しい。
委員会は、クラスの女子が別なクラスの好きな人が図書委員らしく一緒になりたいと譲った。
もともとなりたい人がいなくて、どうせ図書館篭りをしているのだからとなった委員会なので特に気にしてはいなかったが、まさか知られているとは。
私は彼のことを表彰式で見かける自転車ボーイとしか知らないのに、随分彼は私を知っているようだ。

「みょうじさん、耳すま見たことある?」
「ある…けど」
「本の貸出カードとか気にしないタイプかな」
「?」

彼は私が脇に抱えた、届く場所にあった本を指差した。
開いて、一番後ろのページ、背表紙の裏を見る。
刺さっているのは昔ながらの図書カード。
今はデジタルでやっているそうだが、一応書いている。
最後に借りた人の名前は『新開隼人』となっていた。
その下に私の名前を書くのだ。

「もしかして、新開隼人さん?」
「ご名答」

さっきとってもらった本の背表紙を開くと、そこにも新開隼人と綴られている。
そりゃそうだ、さっきオレが借りたと言っていたから。

「前から気になってたんだよ。でもクラス違うしきっかけもないからさ。だから、耳すま方式でいってみたんだけど、なかなか気づかないから。今日やっと話せてよかったよ」
「え…」
「推理小説好きな友達いなくてさ。どう、みょうじさん。オレと語ってみる気ない?」

撃ち抜かれた場所が熱を持った。
自転車を二人乗りするシーンを思い出す。
彼の自転車には荷台はついていない。
オーバーヒートして、図書館のじゅうたんの敷かれた床にへたりと座り込んだ。



140205



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